「まだ確信はしていないようだけどね。あの用心深い爺のことだ。確信できるまで行動は控えるだろう」
「……全部の分霊箱が壊されてしまったら、リドルくんはどうなるんです?」
「さぁ? 消えるんじゃない?」

あっさりと答えを与えられて私は月から視線を逸らして隣のリドルくんを見つめました。
リドルくんは私を見ていませんでしたが、じぃと私が見つめ続けていると、1度だけ溜め息をついて私に向き直りました。

そして伸ばされた手が私の頭を撫でます。私は大人しく撫でられながらリドルくんの声を聞いていました。

「言っているだろう。リクが心配することは何もない。リクは何も心配しなくていいんだ」
「でも心配ですよ。不安です。怖いです。
 誰かが死んでしまう。殺されてしまう。…もう、会えなくなってしまうんです」

誰も死なないで欲しい。それは簡単なように見えて、酷く難しいものでした。

リドルくんは私の肩を引き寄せながら深い溜め息をつきました。

「それは君が全てを救おうとするからだ。僕のことも『ヴォルデモート卿』もハリー・ポッターもダンブルドアも救おうとする。
 リクは1人しか居ないのに、リクは何人救おうとしているの?」

リドルくんのその言葉は随分と意地悪に聞こえました。でも、私は反論をすることができず、深く深く黙り込みました。
彼は少しだけ寂しそうな顔をして、私の頬に手を伸ばしました。リドルくんの手はとても冷たい手でした。

「…リクには手は2つしかない。守れるのは精々1人しかいない」
「……それでも諦めきれるものじゃないですよ」
「諦めが肝心さ」
「……。
 リドルくんは諦めたことあります?」
「あるよ」

聞こえてきた肯定の声に、私はリドルくんを見つめました。リドルくんが何かを諦めるだなんて絶対にそんなことしないイメージですけれど。
私が見上げたリドルくんはほんの少しだけ寂しげな表情をしていました。

「初めて諦めたよ。でも、諦めてみたら…それはそれで悪くなかった。
 これまでだったら絶対にしなかったことも、やってやろうと思える」
「……リドルくんは何を諦めたんです?」

リドルくんは何も言わずに私を見ていました。私もリドルくんを見上げていました。

「もう、帰るよ。リク」

リドルくんは突然そう言いました。私は驚きつつも素直にリドルくんに従いました。

再び私に目くらまし術をかけると、リドルくんは私の手を引いてグリフィンドール寮に向かいました。
長い廊下を歩いている最中、リドルくんは日記に戻っていってしまいましたが私の肩で同じく透明になっているフェインに私は頬擦りしました。

…諦めることはまだ私には出来そうにありません。ですが、もしもたった1人だけを選ぶことになってしまったら。

私が選ぶのはきっと。


†††


ピッピッと小鳥の鳴く声がして私は思わず足を止めました。ここは城の8階の廊下の真ん中です。

少しだけきょろきょろと辺りを見回しますが、廊下の端に重たそうな秤をもった女の子が1人居るだけでした。小鳥の鳴き声は私の気のせいでしょうか。

首を傾げつつも私は両手に抱えた本を持ち直して、止まっていた足をまた進ませました。
私が持っている本のラインナップは『最も強力な魔法薬』や『実践魔法薬』等、どれも魔法薬関連のものばかりでした。

暫く空き教室で魔法薬の勉強をしていたのですが、どうやら本を借りすぎたようです。図書館までの道のりは酷く長いものでした。
重たい本を抱え直していると、前から普段はあまり見かけない姿を見かけました。

「トンクスさん?」
「リク?」

目の前に歩いてくるのはくすんだ茶色の髪色をさせたトンクスさんでした。
トンクスさんは今、騎士団の任務で学校の周りの護衛をしているはずです。それが城内にいるだなんて、何かあったのでしょうか。

私は表情に不安を浮かべて、トンクスさんに駆け寄ります。

「何かあったんですか?」
「いや、何かあったわけじゃないんだけれど…、ただ、ダンブルドアに会いに来たんだ。
 でも今は出かけているみたいでいなかった」

私は校長先生が不在と聞き、前にリドルくんが行っていたことを思い出します。
校長先生は今、リドルくんの過去を探して、しいては分霊箱を探しているんでしたっけ。

「……重たそうだね。半分持つよ」
「わ。す、すみません。ありがとうございます」

トンクスさんは私が抱えていた本を見て、半分持ってくれました。私はトンクスさんにお礼を言いつつはにかみます。

2人で廊下を歩いている最中、私はちらりと隣のトンクスさんを見ました。
トンクスさんは以前に見た活発な様子はなく、どこか落ち込んで元気がないように思えました。

私はふとリーマスさんのことを思い出します。トンクスさんは、リーマスさんが大好きなのです。
でも、リーマスさんは頑なに自分が狼人間だといってトンクスさんを拒み続けていたのでした。

抱えた本を見つめてトンクスさんから視線を逸らしたあと、私は静かに言葉を零しました。


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