「……この前、1度だけリーマスさんからお手紙が来ました」
「え?」

私達は歩くのを止めません。ですが、トンクスさんの視線が私に注がれているのを感じていました。
私は思い出すように言葉を続けました。

「私のお誕生日に走り書きでしたけれどお手紙が届いたんです。
 それは勿論大変でしょう。でも、リーマスさんは無事ですよ」

隣のトンクスさんの驚く顔を見ながら、私は微笑みをかけました。

「ダンブルドア校長先生には、リーマスさんのことを聞きに来たんですよね?」
「なんで…?」
「勘です。
 ……と、いうよりも、私もリーマスさんのことが大好きですから。きっとトンクスさんもそうだろうと思いまして」

トンクスさんは大きく開いた目を少しだけ伏せて、自虐するかのような笑みを浮かべました。
長い廊下では窓から日の光が差し込んでいて、外がとてもいい天気であることを必死に伝えていました。

「リクは…、リクは私のことを嫌っているんじゃないかって思ってた」
「嫌いではありません。本当ですよ。むしろトンクスさんはとっても素敵な人だと思ってます。
 でも、……あんまり素敵な人ですから、リーマスさんを取られてしまうのではないかと心配してしまって」

私が『この世界』に来て初めて出会った人。私を助けてくれた人。私が大好きな人。

そんなリーマスさんを取られたくなくて。

「でも今はトンクスさんを応援してますから」
「………今のところ望み薄なんだけれどね」
「そんなことありませんよ。なんたってトンクスさんはとっても綺麗な人で、リーマスさんを大好きでいてくれるのですから」

にっこりと笑うと、少しだけトンクスさんは元気が出たのか、からかうように私に意地悪な笑みを浮かべました。

「リクは?」
「え?」
「リクは好きな人はいないの? その年だし…リーマスには内緒だとしても、実は恋人がいてもおかしくないなぁって」

好きな人。私は聞かれて深く黙り込みます。ほわほわと浮かんできたその人物の名前を私は静かに口にしました。

「……シリウス…」
「えぇ!? シリウス!?」
「――と、ハリーと…ロンと、ハーマイオニーと!」

「もちろん、リーマスさんも」と続けると、隣のトンクスさんは酷く呆れた表情をしていました。
私は指折り数えて『好きな人』を上げていきます。トンクスさんはお母さんみたいな顔をして私を見ていました。

そして、指折っていた動きを止めて、私は小さく息を吐きました。本当は真っ先に名前が浮かんでいたのに、何故か躊躇っていた名前でした。
軽く目を伏せて、自身の指を見つめながら私は名前を紡ぎました。

「――それと、スネイプ先生」
「…………」
「意地悪ですけれど…、優しい人なんですよ?」

トンクスさんが急に黙り込んで私の顔を覗き込んでいました。私はそんなトンクスさんを不思議に思って彼女を見つめ返します。
小さく微笑みを浮かべたトンクスさんは半分持ってくださっていた本のタイトルをちらりと見て、目を細めて笑いました。

「…リクって魔法薬学が好きなんだね」
「はい」

私はにっこりと笑って抱えた本をぎゅうと抱きしめました。本はお日様のような紙の匂いと、少しだけ薬草の匂いを漂わせていました。

「1番大好きなんです」
「そっか。それはよかった」

トンクスさんはにっこりと微笑み返してくださいました。
そして少しだけ考えるようにしてから、トンクスさんは言葉を続けました。

「…リクの守護霊って、小さい狼だったよね? 最近、守護霊を見た?」
「えーっと…、ここ最近は守護霊の呪文を使う機会があまりなかったので、久しく見ていませんね」
「もしかしたら変わっているかもよ?」
「…守護霊って、術者の心情によって形が変わるんでしたっけ…。でも、私、何も変わっていませんよ?」

私は首を傾げます。トンクスさんは柔らかく微笑んでいるだけでした。私は『?』を浮かべ続けていました。

そしてたどり着いた図書室で本の返却を済まします。ここまで手伝ってくださったトンクスさんは「またね」と微笑んで護衛のお仕事に戻っていきました。

今日はまだ空き時間が続きます。宿題もまだ鞄の中に入っています。

「……ついでに」

私の足は自然とDADAの教室に向かっていました。なんだかとってもスネイプ先生にお会いしたくなったのです。
きっとまた意地悪なことを言われてしまうでしょう。でも、それでも私は先生の傍にいると酷く落ち着くのでした。

「…好きな人」

小さく呟いた時、また遠くの方で小鳥が鳴いている声が聞こえた気がしました。


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