月日は簡単に流れていくようでした。

私は無事に『姿現し』の試験に合格し(リドルくんの素晴らしい教鞭の賜物です)、外はまだ寒いながらも春の兆しを見せていました。

私は夕食前の空き時間に部屋に戻ってきていました。そしてベッドの上でふわと欠伸を零します。ベッドの淵には実体化したリドルくんがいつものように何か難しそうな本を読んでいました。
今は同室のメンバーが誰もいないにしても、極々自然に日記から出てきているリドルくんを咎める気力はもう残されていませんでした。
これで今まで誰にも見つかっていないのだから、リドルくんは本当に策士家なのでしょう。悪知恵が働くとも言いますけれども。

「眠たいのならば、眠れば?
 今寝ると、夕食を食べ損なうけれど」

先ほどの欠伸を見ていたのでしょう。リドルくんは本から視線を逸らさないままそう言いました。私は眠たい目元を擦りながら言葉を続けます。

「うーん、眠たいですけど、夕食は口にしたいですねぇ…。…あ」

急に声を上げた私に、リドルくんが本から視線を外して私を見ました。
私は彼にベッドサイドに置いてあった中身の少ない翻訳薬の瓶を見せました。

「そうです、忘れていました。スネイプ先生に補充分のお薬を頂かなくてはいけなかったんです」
「まだ夕食までは時間がある。行っておいで」
「リドルくんは?」

問うと、彼は持ったままの本を軽く持ち上げました。そんなに面白い本なのでしょうか。覗き込むように彼の肩に頬を寄せると、リドルくんは見やすいように本を傾けてくださいました。
ぱっと見、何のことについて書かれているのかわかりません。が、少し読むとそれが『死の秘宝』に関するものだと気がつきました。

私は不意にヴォルデモートさんが『死の秘宝』と呼ばれる3種類の道具に興味を持っていることを思い出しました。

「…リドルくん、それ、面白いです?」
「少しはね。
 ほら、僕はいいから早く行っておいで。ついでに夕食も食べてきたらいい」

そう言って手を振るリドルくんを見つつ、私はベッドから立ち上がります。空の瓶とフェインを抱えて私はグリフィンドールの談話室を抜け出しました。

夕食前のためか混雑し始めている廊下を歩いていると、突然、断末魔のような女の子の金切り声が遠くから響いてきました。
生徒達は一斉に足を止めて、隣の友人と意見を交わし合います。野次馬として声が聞こえた方に向かう人達がちらほらと見え始めました。

私は肩のフェインを抱え直して、声が聞こえた方へと走ります。廊下を曲がった瞬間、現れたのはなんと血まみれのドラコくんを抱えたスネイプ先生でした。

思わず悲鳴を上げた私をスネイプ先生がじとりと見つめます。そして先生は口早に私に声をかけました。

「7階の男子トイレにポッターがいる。ポッターに自分の『上級魔法薬』を我輩の研究室に持ってこさせろ。
 我輩は医務室に向かう」
「これはハリーがやったんですか!?」
 ドラコくんは大丈夫ですか…!?」

私は力なくだらんと垂れているドラコくんの手を握ります。スネイプ先生は私を安心させるように、静かな声を出しました。

「この呪文に対する反対呪文はかけてある。大事には至らぬ。
 …急げ」
「わ、わかりました…」

私はスネイプ先生に言われた通り、急いで7階の男子トイレの前に向かいました。
少し躊躇いつつも扉を開けるとそこには呆然としたハリーが立っていました。足元には大量の血が広がっています。私の手先が一気に冷えていくのがわかりました。

「リク…?」
「ハリー。スネイプ先生がハリーの『上級魔法薬』の本を持って研究室に行くようと言っていました」
「僕…、あんなことになるなんて…」
「詳しい話はゆっくりしましょう、ハリー。
 大丈夫ですよ。ドラコくんは生きています」

彼を安心させるために微笑んで、ハリーを連れて1度グリフィンドールの談話室に向かいました。

ハリーは「リク、ちょっと待ってて!!」と叫ぶと、急いで駆け出していきました。
私は首を傾げつつも、追いかける途中でハリーを見失ってしまいます。あれ、今確かにあの廊下を曲がっていったと思ったんですけれど!

踊っているトロールのタスペリーを通り過ぎ、私は不安顔で廊下を行ったり来たりします。少しの時間そうしていると、いつの間にかハリーが私の後ろに現れていました。
急に現れたハリーに驚きつつも、私は彼と一緒にスネイプ先生の研究室の前に向かいます。

「………私は一緒に中には入れません。ハリー、大丈夫ですか…?」
「……うん。ありがとう」

1人で青白い顔のまま中に入っていくハリー。私は不安顔のまま、研究室の前で立ち尽くしていました。

何が起きたのでしょう。何が起こったのでしょう。何故、ハリーがドラコくんを傷つけるようなことを…?
確かに2人は犬猿の仲ではあります。ですが、命に関わるような怪我をするだなんて…。

私はすとんと研究室の隣の壁に背を預けて腰を下ろしました。膝を抱えながら底冷えするような不安に静かに息を潜めました。

数分。私にとっては長く感じられた時間をそのまま過ごしていると、研究室の扉がゆっくりと開きました。中からハリーが出てきます。
私はぴょこんと立ち上がって青白い顔をしているハリーに駆け寄りました。

「ハリー、大丈夫ですか!?」
「Ms.、いるのか」

ハリーから何か言葉をもらう前に、扉の奥からスネイプ先生の声が響いてきました。私の動きがぴたりと止まります。スネイプ先生の声がもう1度聞こえてきました。

「いるなら入って来い」
「は、はい…」

ハリーは変わらず呆然とした様子です。不安になりながらも私は先生に言われた通りに扉を開いて中に入りました。
中に入ると、机に座っているスネイプ先生は少しだけ疲れているようにも思えました。私は駆け寄って、机の真ん前にたちます。

「何があったんですか!? どうしてハリーが…、ドラコくんが…、ハリーを退学処分にはしていないですよね!?」
「落ち着け。…紅茶を」

不安を抱きつつも、私は紅茶が入っている奥の部屋に向かい、缶を開けて紅茶を作り始めます。そして完成した紅茶を持って私はスネイプ先生の元に戻りました。
私も近くの椅子を引き寄せ、2つの温められたカップに紅茶を注ぎます。私は再び小さく聞きました。

「何があったんです?」
「ポッターはドラコが何かを計画しているのを感づいているようだ。
 それ以上は何故戦いになったのかはわからない。だがポッターは自分の『上級魔法薬』の教科書を持っては来なかった」
「…元はスネイプ先生のだった、あの教科書ですか? どうしてあの教科書を?」

スネイプ先生は紅茶のカップを握った自分の手を見つめていました。答えは静かに溢れます。

「ポッターがドラコにかけたのは『セクタムセンプラ』という呪文だ。
 ……我輩が考案し、あの教科書に記した」

……。スネイプ先生はもしかして、今回のことを自分のせいだと思っているのでしょうか。
いつものよりも上弁な気のするスネイプ先生を見つめて、私は静かに目を伏せました。
肩に乗っていたフェインが滑り出し、スネイプ先生の手に頭を乗せていました。

「…それで、ハリーは」
「ポッターを退学処分には出来ん。…闇の帝王が目を光らせている今は。
 今学期一杯、土曜の10時に罰則だ」

私はその罰則の内容を酷いとは思いませんでした。確かにスネイプ先生を毛嫌いしているハリーからすれば最悪の罰則でしょうが、ドラコくんは死にかけたのです。私の表情は暗いままでした。

「私、帰りにドラコくんのところによっていきますね」
「明日にしろ。いくら回復が早くても、今日は目覚めないだろう」

きっぱりと言い切るスネイプ先生に私はまた顔を俯かせます。
スネイプ先生は不意に私の頭に手を伸ばしました。驚いて私は顔を上げます。一瞬先生は手を引こうとしましたが、手は乗せられたままでした。
私はふにゃりと表情を緩ませます。本の少しだけれども私は安心を感じていたのでした。先生は静かに言葉を続けます。

「…夕食を食べ損ないましたな」
「え。あ、もうそんな時間でしたか…。残念です。お菓子でも食べます…」
「…軽食ならば用意出来るが?」
「本当ですか?」

私はにっこりと笑って目を輝かせます。無言のままのスネイプ先生が用意してくださったサンドイッチに、手を合わせていつものように「いただきます」と言葉をかけます。

そんな私の様子を、スネイプ先生は少しだけ呆れたような表情を浮かべてみていました。

「子供は気が変わるのが早いようで」
「…先生は私の事を子供だって言いますけれど、私だって来年で成人するんですよ?

少しだけ頬を膨らませてそう言うと、スネイプ先生は思い出したかのような驚いた顔を作りました。
わざとらしい表情に少しだけむっと来て、私はふいと横をむいてスネイプ先生から視線を逸らしました。

小さく小さく私の口から言葉が溢れます。

「……成人したら、大人として見ていただけるんでしょうか」

言葉がなんだか自分でも不貞腐れているように聞こえてしまって、私はすぐに口を噤みました。

どうかスネイプ先生に聞こえていませんように。


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