12月24日。暇を持て余した私は校長室の前で合言葉を告げ、慣れたようにたたたと校長室に入っていきました。
姿が見えたスネイプ先生に満面の笑みを向けて声をかけます。

「メリークリスマスですね、スネイプ先生」
「今日はまだイヴだがな」

軽く返された言葉に苦笑を零しながら先生に近づいていくと、先生は校長室の一角で魔法薬の調合を行っていました。
久しぶりのその光景に少し驚きつつも大鍋の中を見てみると、どうやら私が使っている金平糖型の翻訳薬を調合しているようでした。

色とりどりの小さな金平糖型を見つめて、私は頬を緩ませます。

「先生は去年、DADAの担当でしたけれど…、やっぱり魔法薬を調合している姿が1番似合ってますね。しっくりきます」

地下牢教室でただ言葉もなく調合していた記憶が思い浮かびます。改めて見る彼の調合は無駄がなくて、見ていても飽きません。
頬を緩ませながらスネイプ先生の調合を見ていると、先生はちらりと私を見たあとに皮肉の言葉を紡ぎます。

「Ms.は物を洗っている姿が1番似合いますな」
「……今は私もお掃除が好きですからなんとも言えませんけれど…、最初はスネイプ先生から頼まれたお手伝いだったんですからね!」

抗議の声を上げると、先生は人差し指を立てて私の口の前に言葉を封じるかのように置きます。先生は私を見下ろしてどこか楽しげな目をしていました。

「違うだろう。Ms.が自主的に行っていたものに、我輩の分が追加されただけだろう」
「同じですよー!」

否定をすると先生は少しだけ微笑んだような気がしました。それも一瞬で消え、調合を再開してしまいました。
ちゃんと確認すればよかったと心の端でもやもやとしたものを抱きながら、先生が調合する様子が見える位置に座って、スカートの裾を気にしつつ膝を抱えます。

じぃと見つめていると私には到底真似できない手際の良さで調合が進んでいきます。それはもうまるで魔法のようでした。

「先生はどうしてDADAの教師になりたかったんです?」

先生の長い指を見ていた私は不意にそう問いました。
スネイプ先生はずっとDADAの教師になりたいという噂がたっていましたし、実際に毎年席が空くこととなってしまうDADAの枠に応募し続けていたと聞きます。
それはずっとダンブルドア校長先生によって拒まれていたのですけれど。

「……学生の時、熱中していたのは魔法薬学ではなく闇の魔術に対する防衛術だったからな」

スネイプ先生は数瞬黙ったあと、そう答えをくださいました。私はふにゃりと笑ってまた大鍋の中に視線を移しました。

「意外です。先生は魔法薬学の方が得意そうでしたから。
 ほら、以前見せていただいた5年生用の『上級魔法薬』の教科書には書き込みが沢山ありましたし」

沢山書き込まれた教科書は当時5年生だったとは思えないほど正確で、文字の読みづらさを除けばとってもわかりやすい教科書となっていました。
頬を緩ませている私の横、スネイプ先生は何故か表情を僅かに落としながら静かに言葉を返してくださいました。

「…得手不得手だということと、『やりたい』という思いでは意味が異なる」

得意なものというのは好きなものということではないのしょうか?
好きだから得意になるのではないのでしょうか?

「うーん。難しいです?」

首を傾げていると、僅かに落ちていたように見えたスネイプ先生の表情が呆れたようなものへと変わりました。

「Ms.は得意イコール『やりたい』ですからな」
「苦手なことはあまりしたくありませんもん」
「いつまでたっても英語が覚えられないわけだ」

痛いところを突かれてしまいました。着々と出来上がっている翻訳薬を前にして私は誤魔化すようにはにかみます。

「う…。だって、とっても便利なんですもん、この薬」
「苦味を無くすべきではなかったですな。…あぁ、いや、今ならまだ苦いままの薬が出来るが?」
「先生! 後片付けは私がやるので、甘くしてくださいね! 絶対ですよ?」

暫く甘い翻訳薬ばかりを食べていたので、またあの苦いものを食べたら今まで以上に苦く感じてしまいそうです。
私はピシと手を伸ばして後片付けの提案をして、スネイプ先生が顎を引くように小さく頷くまで彼を見上げていました。

甘い翻訳薬を作っていただくことを約束していただいてから、私はふと寂しさに目を細めました。
声を少しだけ潜めて疑問を零します。

「………私も先生になれると思います?」
「Ms.がなろうと思えば」

スネイプ先生は昔、私に答えてくれたかのようにさっぱりと答えてくださいます。
信用されている気になってしまって嬉しくなりますが、少しだけ湧いて出てきた不安をかき消せずに口に出してしまいます。
先生ならば不安を拭って下さるような気がして言葉を口に出してしまいます。

それは頭のどこかでは考えていたはずの、『物語』が終わったそのあとのことでした。

「ほら、今、こんな状況じゃないですか。
 全てが終わった時…、どうなるんだろうって」

私は今年が終わったあとの物語を知りません。今までもよく知っていたわけではありませんが、それでも少しは知っています。
全てが終わったあと、私の知らない物語が始まった後、『私』という存在はこれからも『この世界』に存在し続けるのでしょうか。それとも。

スネイプ先生は作業していた手を止めて、私の方へと見ました。彼の声はいつも以上に真剣でした。

「…。
 『服従の呪文』をかけられていたと言えばいい」
「ふふ。嘘は付きたくありませんよ」

冗談話のように軽く笑いつつ言葉を返すと、目の前の先生は調合の手を止めて私の頬に手を添えて、真正面に顔を向かせました。
先生の目を真っ直ぐに見た私ははたと悟ってしまいます。スネイプ先生は怒っているようでした。私は彼を怒らせてしまったようでした。

「ならば我輩が君に『服従の呪文』を唱えて、嘘を真実に変えよう」

声は静かでした。私は微笑みかけて、私に触れる先生の手を抑えて逸らします。
この話題を出すべきではなかったと後悔しつつも、後悔を悟られないように私は微笑みを浮かべ続けます。あくまで冗談のように。全てがまやかしだとでも言うように微笑み続けていました。

「やめてくださいよ。…ほら、先生。怖い顔してますよ?」
「わざわざ将来を棒に振る気かね」

それでもスネイプ先生は話を逸らそうとはしませんでした。話の結論を付けるまでは彼は逃してくれないでしょう。
そんな雰囲気を感じ取って私は浮かべていた微笑みを少し外して、先生から視線を逸らして言葉を紡ぎ出しました。

「…教師にはなりたいです。これは本当です。
 でも、私は…、その、たとえ先に待つのがアズカバンだとしても、覚悟はできていますから」

私が今までにやってきたことは完全に白というわけではありません。
闇の陣営にいて、助けられた筈の命もあったでしょうに…。私はそれでもヴォルデモートさんと一緒に居続けたのです。

「私が選んだのは騎士団ではなく闇の陣営です。……彼らの酷い行為も見過ごしてきました。
 それ相応の罰は下るべきなのです」

与えられるであろう罰を、私はそのまま受けようと思っていました。そこに悲しさはありません。

そんなことで、今までの償いが出来るというのならば。


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