「なら我輩も落ちるところは決まってますな」

皮肉げな声にいつの間にか下がってしまっていた顔をはたとあげて、スネイプ先生を見つめます。反論する声は思わず大きくなってしまいます。

「でも、先生はダンブルドア校長先生との約束で――、」
「同じだ。何も変わらない。何も」

左右に首を振ったスネイプ先生はいつのまにか自身の左腕を抑えていました。
左腕には闇の印が刻まれていることを私は知っています。先生はどこを見るわけでなく視線を遠く彷徨わせて、言葉を紡ぎ続けました。

「我輩も選択するタイミングは幾度となくあった。それでもずっとこの印を受け続けていた。
 君とは比べきれないくらいに昔から、ずっと」

深く黙り込んだあと、スネイプ先生はふと顔を上げて私を見ました。私もスネイプ先生を見つめ返します。
先生は左腕を押さえたまま、怪訝そうな顔をしていました。彼の声は囁くようでした。

「後悔しているのかね」
「ついてきたことを?」
「………」

聞き返すと先生は黙り込みました。無言は肯定です。私は真っ直ぐにスネイプ先生を見つめたまま、左腕を抑えるスネイプ先生の右手に静かに触れました。
真っ黒な瞳を覗き込みながら私は言葉を紡ぎます。先生はどこか怯えているかのようにも見えました。

「『ついていく』という選択をしたのは私ですから。後悔はしていません。
 私はあの時、心から先生の傍にいたい、って思ったんです。それは今も変わっていません。そしてこれからも」

本心からの言葉を告げるとスネイプ先生は黙り込んだまま、私の手を優しく離して大鍋の上で1度だけ杖を振るいました。この最後の工程で翻訳薬が完成しました。
スネイプ先生の白く、細い指が出来上がった金平糖型の薬を透明な瓶へと詰めて私へと手渡しました。

受け取ったあと、私は瓶を光に照らします。キラキラと輝いているかのように見えるそれらはまるで星のようでした。

「相も変わらず綺麗ですねぇ」

差し込む光を瓶に当てて眺めていると頬が緩んできます。
スネイプ先生と顔を合わせないままでいると、視線を感じて私は苦笑を零します。きっと私を見ているであろう先生に静かに声をかけます。

瓶を両手で持ちながら、私の視線はずっと手元に注がれていました。

「……あんまり憐れまないでください。悲しくなりますから」

その時、不意に私の髪に触れる手。その手はとても冷たいというのにどこか暖かい気がしました。
いつもだったら驚いてスネイプ先生を見上げる私は、頑なに両手で包んだ金平糖型の薬を見つめ続けていました。

「憐れだ。君は」

聞こえてきた声にきゅうと心のあたりが締め付けられるような思いをします。身体のどこかから寂しさが湧き上がってきます。
私は私の望んだ道を歩んでいるのです。それをスネイプ先生にだけは憐れんで欲しくないと、唐突にそう思っていました。

ですが、先生はただひたすらに優しい声で、優しげな手つきで私の髪に触れながら、言葉を続けるのでした。

「君は知っていただろう。どうすれば、楽かを。
 我輩になど…、ついてくるべきではなかったのだ」

声が遠くなるようにしぼんでいきます。そこでやっとスネイプ先生の方を見ると、先生は顔を俯かせていました。
私の視線に気が付いて、先生も顔を上げます。じとと見つめて、私は躊躇いながらも思いついたことを問いかけました。

「後悔しているのは、先生?
 私を連れてきてしまったことを後悔してるんですか?」
「……」

先生の閉じた口からギリと歯を食いしばるような音が聞こえた気がしました。私は視線を下げて少し頭を下げます。

「すみません。言葉が過ぎました」

生意気な口をきいてしまったと後悔しつつ、気分を入れ替えるためにも深呼吸をします。
その様子をスネイプ先生はずっと見ているようでした。

深呼吸すると私の手元へと伸びる手。手は翻訳薬の瓶へと伸びていました。
先生は私が握っていた瓶から1つだけ薬を取り出し、透明な緑色をしたそれを先生は私の口の前に差し出しました。

「味見を」

声に誘われるかのように顔を近付けて薬を口にします。口に広がる優しい甘さに頬が緩みます。
気丈ににっこりと笑顔を浮かべて、私はスネイプ先生を見上げました。

「とっても甘くて美味しいです」

スネイプ先生は微かに口元に笑みを浮かべます。静かに伸ばされた手がまた私の頭を撫でていきます。
それが優しくて心地がよくて、そしてどこか寂しくて、酷く私を切なくさせました。

少し頭を下げてスネイプ先生がもっと私の頭を撫でて下さるように彼へと寄り添います。
スネイプ先生も私を拒むことなく、ぎこちないながらにも頭を撫でてくださいました。

私も先生も言葉を発しません。私もスネイプ先生も自分が行ってきたことには後悔はしていないとしても、戸惑いはしているのでしょう。

今はいいけれど、これから先を考えてしまうと先には暗闇にしかなくて。
私は、スネイプ先生は光の中を歩いて欲しいと思っていて。…もしかしたらスネイプ先生も私は光の中を、と思っているのかもしれません。

2人とも無言のまま、何をするでもなくただ一緒にいました。

私達に未来はあるのでしょうか。

答えは、少なくとも私達にはわかりませんでした。


†††


なんとなく湿っぽい空気が流れてしまったまま、私も先生もいつのまにかお互いの傍を離れ、言葉数少ないままに片付けを終わらせて、それぞれ別々の作業をしていました。

変わらず死の秘宝についての本を読んでいる私と、何やら大量の手紙に目を通しつつサインをしているスネイプ先生。
本の内容は私にはなかなか入ってきませんでしたし、先生もいつものようにスムーズに作業が進んでいないような気がしました。


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