ぼんやりと進まない本のページを見つめていると、不意に私の耳に時計の針がかちりと鳴った音がやけに大きく聞こえました。
時計をぱっと見ると就寝時間を大きく過ぎていました。そんなに長い時間いた気はしなかったのですが、いつの間にか時間が経っていたようです。
私が驚いた表情で時計を見ていると、スネイプ先生の視線も時計に向けられ、そして彼も少しだけ驚いたかのように見えました。
「じゃ、じゃあ、戻りますねー」
「久しぶりに減点をしておきますかな」
「や、やめてくださいよ…。大目に見てください」
さらりと言われた減点という響きに私はしょんぼりと肩を落とします。
苦笑を零しながら私が立ち上がって鞄を手にすると、いつものようにスネイプ先生も合わせて立ち上がります。
今日も寮の前まで送っていただけるのを期待していると、立ち上がったスネイプ先生は何故か躊躇うかのような表情をしていました。私はそれを不思議に思いながら先生を見上げます。
「先生?」
小さく言葉をかけると、やがて先生はたった一言だけを口にしました。
「…戻るのかね」
「? はい」
就寝時間を過ぎてしまいましたし、長い時間ここにいるわけにはいきません。
そこで私ははたと思い至ったことに表情を暗くさせつつ先生の顔色を伺います。
きっとスネイプ先生もお忙しいのでしょう。何も言わないのに送ってもらえると思っていた私はおずおずと言葉を零します。
「あ、あの、私、1人で帰りますね。今のホグワーツなら誰もいないでしょうし」
「そうでは、なく」
珍しく戸惑いながらの言葉を紡ぐスネイプ先生に、私もきょとんと首を傾げてしまいます。
じとと私を見つめているその視線を気恥ずかしく感じて、誤魔化すようにはにかむと先生は手を伸ばして私の頭を撫でてくださいました。
今日の彼はよく私の頭を撫でてくださいます。嫌な気は全くしないので私はふわりと笑みを浮かべます。
スネイプ先生は黙って私を見つめていました。そして、彼は1度視線を伏せると、私に背を向けてゆっくりと歩き出しました。
「…………こちらに」
「先生?」
私が声をかけますが、先生は少し歩き、奥の扉の前で立ち止まっていました。私は先生の後ろに続きます。
奥の部屋は寝室のようで窓際にはベッドが置いてありました。降り出した大粒の雪が窓の外に見えていました。
スネイプ先生は私を見ないままに言葉を紡ぎます。
「眠っていきたまえ」
「でも」
「2度は言わない」
スネイプ先生の寝室に案内された私は、先生を静かに見つめます。スネイプ先生は決して私を見ようとはしませんでした。
きっと先生は私を気遣ってくれているのでしょう。憐れんでいるのかもしれません。
先生は私が自宅にいた時はリーマスさんと一緒に眠っていたことを知っています。シリウスの実家で過ごしていた時もそうだったのですから。
確かに誰もいないグリフィンドールの談話室より、スネイプ先生が傍にいるここの方が遥かに魅力的でした。
「……先生って、意外と優しいですよね」
私は小さくそう呟いてベッドの淵に腰をかけます。
羽織っていたコートだけを脱いで、私は微笑みを浮かべて目の前の先生の手を静かに取りました。先生は寝室から出ていこうとしていました。
先生を引き止めた私はぎゅうとスネイプ先生の手を握ります。私の目線は繋いだ手に注がれていました。
「…スネイプ先生も、一緒に」
手を取られたスネイプ先生はこの時、やっと私を見たあと、静かに黒い瞳を閉じてゆっくりと私の隣に腰をかけました。
2人で横になって、広いベッドの中、私はスネイプ先生に近づいて、以前リーマスさんにしていたようにスネイプ先生の胸元に顔を埋めました。
微かに身じろいた先生でしたが、私を突き放そうとはせず、軽く抱きしめるかのように私の肩に手を乗せました。
「おやすみなさい、スネイプ先生」
薬草と紅茶の香りが私を包みます。顔を埋めながらぎゅうぎゅうと抱きしめると、先生は迷うようにゆっくりと私の髪を撫でてくださいました。
「…おやすみ。Ms.」
声はまどろみの中でゆったりと聞こえてきたのでした。
急に溢れ出しそうになった想いをひたすら隠して、私は幸せの中、目を閉じたのです。