いつのまにか意識は眠りに落ちていたようでした。ゆっくりと目を覚ますと、肩に掛けられた黒いローブが視界の端に映りました。
もぞもぞと身を起こすと、ソファに腰をかけて食事をしているスネイプ先生の姿が見えました。まだまだ半分以上夢心地の私は首を傾げます。

「おはようございます?」
「良く眠れたようで」

起きた私に気が付いて声を返すスネイプ先生に、意識が徐々に覚醒していきます。
そして校長先生の椅子に座って居眠りをしてしまったことに気がついた私は、若干慌てて身を起こしました。

「あ、お帰りなさいです! すみません。寝ちゃったみたいで…」

校長室の窓から見える空は暗くて、既に日は落ちているようでした。私は随分長いこと眠りに落ちていたようです。
肩から滑り落ちそうになるローブを下ろしていると、スネイプ先生が変わらず食事を続けながら問います。

「夕食は?」
「まだです…」
「では、こちらへ」

立ち上がり、スネイプ先生が新しく出してくださった料理の前に移動しつつも、寝起きであまりお腹が減っていないことに当惑します。
悩みつつ手を止めていると、先生は動かしていたナイフを少し止めて小さく声をかけました。

「食べられるものだけでも摂取したまえ」
「ありがとうございます」

苦笑を零しながら私は野菜ジュースに手を伸ばします。喉を潤しながら、前に座るスネイプ先生の姿をちらりと見ました。

「今お帰りになったんですか?」
「我が君が不在で時間がかかった」

小さく溜息をついたスネイプ先生はお疲れのようでした。
「お疲れ様です」と苦笑と共に言葉をかけると、スネイプ先生は聞こえていなかったかのようなふりとしていました。彼は意地っ張りさんです。

「じゃあ、『卿』はまだ海外にいるんですね」
「我が君は海外にいるのか?」

ヴォルデモートさんの所在を知らないらしいスネイプ先生が静かに問います。
ヴォルデモートさんはスネイプ先生にも居場所を伝えていなかったんですね。失言でした。

「え、えっと…はい。そうなんです」
「問いただす気はない」

本当に興味がないというように短く答えるスネイプ先生に苦笑を零します。
深く問われても答えることのできない私は、それに感謝しつつ、会議で何を話したのかが気になってしまいます。

「……その、会議で何かありましたか?」
「特には。
 …いや、ルーピンを見たという死喰い人がいたな」

思わず息をのむ私に、スネイプ先生は食事の手を止めます。じぃと私を見て、私を落ち着かせるかのような静かな声を出しました。

「ルーピンに怪我はない。返り討ちに遭ったようだ」
「………そうですか」

安堵の溜息を零す私を、スネイプ先生はずっと見ているようでした。
視線に気付いて誤魔化すようにはにかみます。リーマスさんに執着している姿を、あまり見られたいとは思いませんでした。
あまりにもリーマスさんばかりを気にかけていると、スネイプ先生は意地でも私を騎士団の元へと帰してしまうような気がしたのです。

やがて食事を終えて、のんびりとしているとあんなに眠ったというのにまた眠気が襲ってきます。
スネイプ先生の傍は酷く安心してしまって、居心地が良いのです。

今日は帰って談話室で眠らなければと思う私と、まだこの空間でまどろんで居たいと望む私と。心がぐらつきながら、ふわふわとした意識のまま私は動けずにいました。
スネイプ先生はそんな私を視界に入れ、静かに言葉をかけました。

「眠るのならば談話室へ」
「……はーい」

そう言われてしまえば帰るしかありません。もぞもぞと背伸びをしながら立ち上がります。
いつもより時間をかけて帰り支度をしていると、スネイプ先生は私から視線を逸らしたまま再び声をかけました。

「……または、戻るのが億劫ならば休んでいけばいい」

ふわふわとしていた意識が少しだけ覚醒し、スネイプ先生の方を見つめます。スネイプ先生は一瞬だけ私を見たあと、手を指し示すように寝室の方に向けました。

「……でも、いいんですか?」

立ち上がった私は足を止めます。自身の足元を見つめて、進むべきかを迷います。
ちくちくと胸の辺りが締め付けられているかのような痛みを訴えています。

戻るべきなのでしょうか。お誘いを受けるべきなのでしょうか。
それすらもわからなくなってしまって、息が苦しくなります。

また、スネイプ先生の過去を見てしまったら――?

悩んでいた足はやがてゆっくりと前に動き出しました。心底自分に甘いなぁと思いながらも、甘美な誘惑に勝つことは出来ませんでした。

顔を上げると既にスネイプ先生は寝室の入口のあたりで私のことを待っていてくださっていました。
視線が合ったと同時に背を向けてしまうスネイプ先生を、今度は少し駆け足で追いかけます。

「待ってくださいよー」

声はなるべく明るく聞こえるように。

ベッドに寝転んで彼の胸元に顔を埋めて、きっと悲しげな顔をしてしまっている私を悟られないように、苦しい幸せの中に沈んでいきました。

幸い、夢は見ることはありませんでした。


†††


そしてある日突然。物語の進展は訪れたのです。
その日はいつものように私が校長室で休んでいた時でした。歴代の校長先生の肖像画が沢山飾られた部屋から、大声が飛んできたのです。

「校長! 連中はディーンの森で野宿しています! あの『穢れた血』が――」

声の主はナイジェラス・ブラック校長先生。シリウスの遠縁である校長先生のものでした。

「その言葉を使うな」

スネイプ先生の鋭い言葉。同じく『穢れた血』である私は表情を険しくさせながら、ナイジェラス校長先生の肖像画がかかる壁を見上げました。

「――あのグレンジャーという女の子が、バッグを開く時に場所の名前を言うのを聞きました」

どうやらシリウスの実家にかかっていたナイジェラス校長先生の肖像画を、ハリー達は持ち歩いているようでした。
そのことを知らされていなかった私はちらりとスネイプ先生を見ますが、先生は私の視線を無視してダンブルドア校長先生を見つめていました。

ダンブルドア校長先生は報告を聞いて急かすように声を少し大きくさせました。

「おう、それは重畳!
 セブルス、剣じゃ! 必要性と勇気という2つの条件を満たした時のみ、剣が手に入るという事を忘れぬように…。
 君がハリーにそれを与えたということも知られてはならぬ。もしも君がハリーのために動いているとヴォルデモートが知ったら……」
「心得ています」

スネイプ先生は温度の感じない声でそう言うと、ダンブルドア校長先生の肖像画に手を掛けました。
ガチという音がして肖像画がずれます。その中には私がいつか見たグリフィンドールの剣が入っていました。
ここまで隠しているということは、きっと贋作などではなく本物の剣なのでしょう。

「そこにあったんですか」

思わず呟くと、閉じた時に再び見えたダンブルドア校長先生がお茶目っ気に微笑みました。私も思わずにっこりと微笑み返します。

「Ms.はこの剣の意味を知っているのかね」

スネイプ先生はグリフィンドールの剣を布で包みながら、そう聞きました。私は少し驚きつつも頷きます。

「え? あ、はい」
「……」

深く黙りこんだスネイプ先生はきっとこの剣が何を出来るのか知らないのでしょう。

きっと分霊箱の存在もダンブルドア校長先生から教えられていないのでしょうね。
それでもダンブルドア校長先生のために動いているスネイプ先生は、本当に心からリリーさんを。

きゅうと胸の辺りが痛くなって私は自分の手で胸の辺りを強く掴みます。私は急いで校長室から出ようとしているスネイプ先生に声をかけていました。

「……私も行っていいですか?」

私に何が出来るのかはわかりません。それでも、スネイプ先生と離れたくなくて、何か、なんでもいいからお手伝いがしたくて。
スネイプ先生の負担を少しでも減らしたくて。…断られてしまうかもしれないとしても。それでも。

「リク、君は行っては――、」

ダンブルドア校長先生の静止の声が途中で止まりました。大きく目を見開く私。

スネイプ先生は扉の前で静かに足を止めていました。そして無言の彼は私に向かって差し出すかのように手を伸ばしていたのです。
私は微かに震える手でスネイプ先生の手を握ります。スネイプ先生はずっと無言のまま、私の手を握り返してくださいました。

スネイプ先生に手を引かれつつも、私は振り返って慈愛に満ちた表情をしているダンブルドア校長先生に小さく微笑みかけました。

「行ってきます」
「気をつけるのじゃぞ」

前に向き直って廊下を歩きつつも、私はスネイプ先生の手をぎゅうと握りました。先生の手は冷たくて、それでも私には心地よいものでした。


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