スネイプ先生と『付き添い姿くらまし』をして現れた場所は深い雪に包まれた森の中でした。
暗闇の中に夜行性の動物達が蠢いている気配がして、私は思わずスネイプ先生の手を強く握ります。
人気など全くない空間を見渡しながら、私は先生を見上げます。
「ハリー達はここに?」
「人よけを張っているに違いない。
……『エクスペクト・パトローナム』」
スネイプ先生が守護霊の呪文を唱えると、杖先から銀色の帯が溢れてそれはやがて牝鹿の形に変化しました。
「牝鹿の、守護霊…」
思わずその守護霊をじぃと見つめて、牝鹿がぱたぱたと耳を動かすのを見つめます。
きゅうと胸のあたりが締め付けられるような痛みを感じつつ、私はその痛みを必死に無視しようとしていました。
「ぼんやりしていないで、Ms.も手伝いたまえ」
声が思ったよりも近くに聞こえて私はびくりと肩を震わせます。怪訝そうな顔をしたスネイプ先生にはにかみを返して、私も杖を振るいました。
「すみません…。『エクスペクト・パトローナム』」
唱えると私の杖先から、霞のような白銀が漂って、そしてすぐに消えてしまいました。
「あれ…?」
もう1度唱えてみても、私の守護霊は白い靄のような球体になるばかりで、一向にいつもの小さな狼の姿になってくれません。
こんなことは今までありませんでした。うまくいかない守護霊の呪文に私は顔をしかめ、先生のお役に立てなくなってしまうのかと不安が私をじっとりと包みます。
スネイプ先生は杖を何度も振る私の手を止めて、言葉を紡ぎました。
「……。守護霊の形は術者の精神状態に大きく左右される。Ms.は未だ不安定なのだろう。
そこまで創り出せているならばきちんと機能はする。むしろ好都合だ。
Ms.はウィーズリーを探せ。近くに居る」
慰められているような言葉に私はむぅと顔をしかめます。
でも、どうすることも出来ませんでした。そして言葉を聞きながら思いついた疑問を口にしていました。
「ロンはハリーと一緒に居ないんですか?」
「………少しの間、単独行動をしている。時期、戻るだろう」
私に沢山の隠し事があるように、スネイプ先生も私に伝えていないことが沢山あるように思えました。
それに不満を言っても仕方がないので、私は大人しく頷いて杖先を生み出された銀色の霞に向けました。
「はい。わかりました…―――え?」
きっとその時、私はスネイプ先生を泣き出しそうな表情で見上げたのだと思います。
スネイプ先生もいつもの無表情に少しだけ驚きを混ぜて、私の目の前に立つ守護霊を凝視していました。
白い靄でしかなかった守護霊が、突然形を変え、そしてあろうことか仔鹿の姿へと変化したのです。
仔鹿は跳ねるように私の周りを飛んだあと、求めるかのようにスネイプ先生の牝鹿の守護霊の傍にかけていきました。
スネイプ先生の牝鹿の守護霊と並ぶ、仔鹿の守護霊。
それはいつもよりもずっとずっと薄いものではありましたが、確実にスネイプ先生に影響されて変化したものでした。
仔鹿は牝鹿に擦り寄り、甘えるような行動をしています。
牝鹿の方は数瞬動きを止めたあと、親鹿がそうするかのように頬を擦り寄らせていました。
スネイプ先生は寄り添いあう鹿達を見つめたあと、ゆっくりと1度だけ目を閉じました。そして小さく口を開きます。
「Ms.。君は、」
「何も、聞かないでください」
ですが、私はスネイプ先生の言葉を遮りました。今はどんな言葉も聞きたくはなかったのです。
私は杖を振るって仔鹿の守護霊を遠ざけるようにして杖を振るいます。
仔鹿は戸惑うように牝鹿の傍を離れ、再び私の周りを数回跳ねたあとに森の中へと入って行きました。
スネイプ先生は私の希望通り、何も問うことはありませんでした。今は無言が救いのようにも思えました。
「……こちらへ」
守護霊を飛ばしたスネイプ先生が私を呼びます。手はいつのまにか解かれていましたし、今は私も再び手を繋ごうとは思いませんでした。
片手に剣を持った先生は深い森の中を歩み、やがて見えた深そうな湖にたどり着きました。
湖に張った分厚い氷の上を歩いて、中央あたりまで進むと先生はゆっくりと氷の上に剣を置いて、杖を振るいました。ゆっくりと剣は氷を透かすように落ちていき、そしてやがて水底で止まりました。
先生がしようと思っていることに少しだけ気が付いて、私は顔をしかめます。
「……氷の上では駄目ですか? ハリー達が凍えちゃいますよ」
「剣を獲得するためには、必要性と勇気がいる」
スネイプ先生は短くそう答えました。そして少しだけ目を閉じてすぐに私を見下ろしました。
「……ポッターが来る。ウィーズリーは?」
私も意識を守護霊の方へと集中させます。はっきりとはわからないながらにも、守護霊がロンを連れてきてくれているような気がしました。
「…もう少しで来ると思います。きっとハリーの方が早いでしょうけれど」
そう答えると、スネイプ先生は短く頷いてまた歩き出しました。雪に残る足跡は全て消して、私もスネイプ先生のあとを追いかけます。
そして不意にスネイプ先生が私に振り返って、杖先を頭に触れさせます。とんと身体を氷が流れる感覚がして、私の姿は透明になっていました。『目くらまし術』をかけられたのでしょう。
やがて、すぐ傍に居たはずのスネイプ先生の姿も見えなくなり、私は急に孤独感に襲われて手を彷徨わせます。
と、同時に私の手を包む何か。すぐにスネイプ先生が手をとってくださったのでしょう。私はほっと息をついて見えない先生の傍に寄り添いました。
そして湖が見張れる場所に移動して、ハリー達が来るのを待ちました。
まずハリーが先に湖にたどり着き、少しするとスネイプ先生が湖に沈めた剣を見つけました。
ハリーは数分躊躇ったあと、白い息が凍りつきそうな寒さの中、上着を脱ぎ始めました。見ている方が寒くなる光景です。
彼は長く息を吐いたあとに、湖へと飛び込んで行きました。これで無事に剣を手に出来ればいいのですが…。
ハリーは潜ったあと、暫く姿を見せませんでした。不安が私を包み、ぎゅうとスネイプ先生の手を握っていると、先生は安心させるかのように私の手を握り返してくれました。
そして、突然湖に飛び込む影。ロンでした。
すると彼ら2人が湖から出てくる前に、姿の見えないスネイプ先生は私の手を引いて立ち上がらせました。
「でも、」
「見つかってはまずい」
小さく囁くと、声はすぐに返ってきました。私は後ろを気にしつつも、先生が手を引くままに身を任せて歩き続けます。
そのまま手を引かれるまま暫く歩き、あの湖も、森の木々さえ少し変化してきたあたりで、ようやくスネイプ先生は私たちの『目くらまし術』を解きました。
私はスネイプ先生を見上げて、小さく微笑みます。先生のお仕事は無事に完了したのです。
「帰るぞ」
「はい」
短く返事をして、私は繋いだ手を握り直しました。
スネイプ先生は白い息を零しながら、『姿くらまし』をする直前に声をかけました。
「帰ったら紅茶を」
「私はココアの気分です」
軽口を返すと、スネイプ先生は瞳を閉じて、口元に笑みを浮かべたように見えました。
ですが、またしてもその笑みをちゃんと確認する前に、先生は私を連れて『姿くらまし』をしたのでした。