最近の私は気絶したり、眠ったりが多いです。しかも肝心な時に限って。

今回も私が気が付くと、鏡の前で作業をするクィレル先生がいました。

ここは既に賢者の石がある部屋の中のようです。

私には猿ぐつわが噛まされ、言葉が話せる状態ではありませんでした。
手足も縛られ、芋虫みたいに惨めな私が転がっています。

「んっ、んー…」
「目覚めたのか、Ms.ルーピン」

吃った様子など見せないクィレル先生に、私は恐怖を覚えます。
なんとか身を起こして彼から距離をとりますが、先生は数歩で私の目の前に迫りました。

「全く。大人しくしていればいいものを」

十分、大人しくしていたと思うんですが。
負けそうになる心を奮い起こして、私はクィレル先生を睨みます。

その時、誰かの足音が聞こえてきました。
私が扉に目を向けるとハリーくんの声が聞こえます。

「リク!? ……あなたが!」

ハリーくんが息を呑んで私に駆け寄ろうとしますが、間に立ったクィレル先生の前で止まります。
クィレル先生は私から視線を外してハリーくんを見つめていました。

「ポッター、君にここで会えるかもしれないと思っていたよ」
「でも、僕は…スネイプだとばかり…」
「セブルスか? 確かに彼はまさにそんなタイプに見える。スネイプのそばにいれば、誰だって、か、かわいそうな、ど、どもりのク、クィレル先生を疑いやしないだろう?」

いつものクィレル先生に戻る時に私は普段は抱かない他人への悪意を感じました。
眉を潜めて、クィレル先生を睨みます。彼がくるりと私を見ました。

「そこのMs.ルーピンは逆に私しか疑っていなかったようだがね」
「リクが?」
「不思議な事に彼女とスネイプは仲がいいように見える」

スネイプ先生と私が仲がいい? 冗談ですよね、それ。
こんな時でも私は「んー」と猿ぐつわ越しに否定の声をあげます。

ハリーくんが声をあげました。

「でもスネイプは僕を殺そうとした!」
「いや、いや、いや。殺そうとしたのは私だ。
 スネイプが私のかけた呪文を解く反対呪文を唱えてさえいなければ、もっと早くたたき落とせたんだ」

クィレル先生の言葉にハリーくんが目を丸くしています。

ハーマイオニーちゃんがスネイプ先生の元に走っていった時に、クィレル先生に当たり、視線が外されてしまったそうです。

私はクィレル先生が話しているうちに縄を解こうと身を動かしますが、中々外れません。
それどころか、クィレル先生が指をならすと同時に縄が現れ、ハリーくんも縛り上げられていました。

「君はいろんなところに首を突っ込み過ぎる。生かしてはおけない。
 ハロウィーンの時もあんなふうに学校中をチョロチョロしおって。
 『賢者の石』を守っているのが何なのか見に私が戻ってきた時も、君たちは私を見てしまったかもしれない」
「貴方がトロールを入れたのですか?」
「さよう。
 ……だが、あの時、皆がトロールを探して走り回っていたのに、私を疑っていたスネイプだけが、真っ直ぐに4階に来て私の前に立ちはだかった。
 Ms.ルーピンに至っては妙な場所で倒れていて、スネイプにさらに疑われる事になるし、トロールが君を殺し損ねたばかりか、三頭犬はスネイプの足を噛み切りそこねた」

ハロウィンの日、私はいつのまにか気絶していて、それをクィレル先生のせいにしていたんですが、どうやら濡れ衣を着せていたようです。
でも、じゃあ私はどうしてあの時…?

私の疑問なんかには誰も気付かず、クィレル先生が大きな鏡の前に立ちました。

「さぁポッター、大人しく待っておれ。このなかなか面白い鏡を調べなくてはならないからな」

そういうクィレル先生の後ろには『みぞの鏡』がありました。
私の角度からは丁度、鏡の中が見え、芋虫みたいに縛られた私が見えました。

そして映るのは今この場にいるはずのない私の本当の両親。

私の両親は心配そうに、鏡の中の私に手を伸ばして私の髪や頬を撫でていました。
やっぱり、私が『のぞむ』のはリーマスさんじゃなくて…本当の両親……?

「この鏡が『石』を見つける鍵なのだ」

私が絶望していることなど気付く訳もない、クィレル先生が呟く声に、私は鏡から視線を反らしました。
両親が視界から外れます。

「ダンブルドアなら、こういうものを考えつくだろうと思った…」
「僕、あなたが森の中でスネイプと一緒にいるところを見た」

ハリーくんが急に話し出しました。きっとクィレル先生が鏡に集中できないようにしているのでしょう。

「あぁ。スネイプは私に目をつけていて、私の事を疑っていた。私を脅そうとしたんだ。
 私にはヴォルデモード卿がついているというのに…それでも脅せると思っていたのだろうかね」

私は昔に見た映画の内容を思い出しながらクィレル先生を見つめていました。
正確には、クィレル先生の後頭部を。

早く、ここから逃げ出さないと。

「あぁ…『石』が見える……ご主人様にそれを差し出している……でもいったい石はどこだ?」

クィレル先生には絶対に見つけだせやしない石。
私は静かにハリーくんの様子を伺っていました。

「でもスネイプは僕のことをずーっと憎んでいた」
「あぁ、そうだ。まったくそのとおりだ。
 お前の父親と彼はホグワーツの同窓だった。互いに毛嫌いしていた。だが、お前を殺そうなんて思わないさ」
「でも、2、3日前、あなたが泣いているのを聞きました」

その時に、クィレル先生の顔に初めて恐怖がよぎりました。

「時には、ご主人様の命令に従うのが難しいこともある……あの方は偉大な魔法使いだし、私は弱い……」
「それじゃ、あの教室で、あなたは『あの人』と一緒にいたんですか?」
「……私の行くところ、どこにでもあの方がいらっしゃる」

クィレル先生が静かに言います。私の肩がいつのまにか震えはじめていました。

「ヴォルデモート郷は私がいかに誤っているかを教えて下さった。善と悪が存在するのではなく、力と、力を求めるには弱すぎるだけなのだと……。
 それ以来、私はあの方の忠実な下僕になった。
 もちろんあの方を何度も失望させてしまったが。だから、あの方は私にとても厳しくしなければならなかった」

否定やらなんかの声を上げたいのに、くぐもった音しかこぼせなかった。震え出すクィレル先生を私は見ていた。

「過ちは簡単には許してはいただけない。
 グリンゴッツから『石』を盗み出すのにしくじった時は、とてもご立腹だった。私を罰した。…そして、私をもっと間近で見張らなくてはならないと決心なさった……」

投げ出された石の床が冷たい。炎に照らされた鏡の中にいる私の両親は不安そうで、私はまた目を反らしていました。

「この鏡はどういう仕掛けなんだ? どういう使い方をするんだろう? ご主人様、助けてください!」

クィレル先生の声に、別の声が答えました。
しかも声はクィレル先生自身から出てくるようです。
恐さで涙目になる私の横で、ハリーくんが鏡を見ようと少しずつ動いていました。

「その子を使うんだ……その子を使え……」

クィレル先生が突然ハリーくんの方を向きます。
手を叩くと、彼を縛っていた縄が落ちます。
私の縄も外して欲しかったのですが、もちろん駄目なようです。

「ポッター、ここへ来い」

ハリーくんはのろのろと立ち上がり、ゆっくり、ですが大人しく鏡の前まで歩いていきます。

「鏡を見て何が見えるかを言え」

私はハリーくんをじっと見つめていました。
少しだけ目を見開いた気がしますが、すぐにそれはなくなりました。

「僕が、ダンブルドアと握手をしているのが見える。
 僕…僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」

ハリーくんの言葉にまたクィレル先生ではない声が響きます。

「こいつは嘘をついている……嘘をついているぞ…」
「ポッター、ここに戻れ! 本当のことを言うんだ。今、何が見えたんだ?」

もしかしなくても、ハリーくんは既に『石』を手にしているのでしょう。

私はまだ縛られたままでしたが、壁伝いに立ち上がります。
両足も縛られていて、歩くことは出来ませんが、クィレル先生の邪魔をすることぐらいは出来るでしょう。

「俺様が話す……直に話す…」
「ご主人様、貴方様はまだ十分に力がついていません!」
「このためなら……使う力がある……」

ゾクリ、と何かが私の背を駆け巡ります。
知っている事と、見るのでは全く違います。今は指1本も動かせません。

クィレル先生はゆっくりとダーバンを解き始めました。


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