そしてクィレル先生の後頭部に現れたもう1つの顔に、私は声が出ませんでした。
蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔は蛇のような裂け目――。

ヴォルデモード卿の顔でした。

「ハリー・ポッター…」

ハリーくんの足が止まっています。

「このありさまを見ろ。ただの影と霞にすぎない…。誰かの身体を借りて初めて形になることができる…。
 …さて、ポケットにある『石』をいただこうか」

『あの人』は既にハリーくんが『石』を持っていることを知っていたようです。
私はぴょんぴょんと跳ねてから、ハリーくんの前に立ちました。『あの人』が低く笑います。

「馬鹿な真似はよせ。小娘」
「んーっ」

口は塞がれたままでしたが、私はそのまま叫びます。
ハリーくんが私の猿ぐつわや縄を解いてくれました。

「リク!」
「ハリーくん、逃げて!!」
「さあ『石』をよこせ!」
「やるもんか!」

ハリーくんが私の手をとって、さっき入ってきた扉に向かって駆け出します。
後ろで『あの人』が叫んでいます。

「捕まえろ!」

クィレル先生が私を突き飛ばし、ハリーくんの手首を掴みます。ハリーくんが苦しそうに呻きましたが、クィレル先生もハリーくんから手を離しました。

クィレル先生の指には無惨にも火ぶくれができています。

「捕まえろ! 捕まえろ!」

『あの人』の声に、クィレル先生がまたハリーくんに飛びかかります。
突き飛ばされた私は壁に身体を打ち付け、小さく呻いていました。痛い。

ハリーくんの首を絞めようとしていたクィレル先生がすぐに手を離していました。
手が真っ赤に焼け爛れて、皮が向けています。

「ご主人様、ヤツを押さえていられません…手が……私の手が!」
「それなら殺せ、愚か者め、始末してしまえ!」
「駄目!!」

クィレル先生が杖を振り上げます。杖の先からは今にも緑の閃光が走ろうとしています。
私はクィレル先生の身体にしがみつきました。クィレル先生は私を剥がそうと暴れます。

ハリーくんが素早く手を伸ばしているクィレル先生の顔を掴みました。

「あああぁぁァァァ!!」

クィレル先生が転がるようにハリーくんから離れます。
ハリーくんがまたクィレル先生の腕を捕まえて強くしがみつきます。
クィレル先生は悲鳴を上げつづけて、『あの人』は叫び続けていました。

「殺せ! 殺せ!」
「ハリー! ハリー!」

私の耳に更に声が聞こえてきました。
ですが、それよりハリーくんの身体が横に倒れていきます。ハリーくん、気絶してます!

ハリーくんが地面に倒れる前に私はハリーくんを抱き寄せました。
クィレル先生が私達に手を伸ばします。ぎゅっと私は目をつぶりました。

…痛みなどはきませんでした。

代わりに私の肩に優しく、誰かの手が置かれました。

私が目を開くと、そこにはキラキラとした目をするダンブルドア校長先生がいました。
目の前には倒れたクィレル先生も目に入ります。
後頭部には『あの人』の顔はなく、綺麗に戻っていました。

私はぶぁっと音もなく涙を溢れさせました。こ、怖かった…!!

「もう大丈夫じゃ、Ms.ルーピン」
「…っひっく…、い、石は…ハリーくんが…」
「それはわしが預かっても?」

コクコクと頷いてから私はハリーくんのポケットを探って、中から石を取り出しました。
赤い、ルビーのような輝きが一瞬煌めきますが、ダンブルドア校長先生の手に握られ、見えなくなりました。

あぁ、これで『石』は安全です。

その時、扉からもう1人入ってきました。苦い顔をしたスネイプ先生です。

「おぉ、セブルス、いいところに。
 Ms.ルーピン達を医務室に」
「あの、クィレル先生は…」

私が声を出すと、2人は驚いた顔をしました。
私、変な事を言ったのでしょうか。

「…クィレル先生は聖マンゴに送られる。話は意識が戻ってからじゃろう」
「……よかった、です」

たとえ、『あの人』に操られていたとしても、死んでしまっては寂しいから。
スネイプ先生は不思議そうな顔をしていましたが、ダンブルドア校長先生は優しく微笑んでいました。

私はハリーくんの顔を覗き込みます。スネイプ先生が魔法でハリーくんの身体を浮かしました。
私も立ち上がってスネイプ先生に並びます。少しふらふらしますが、大丈夫。

振り返るとダンブルドア校長先生と、その後ろの『みぞの鏡』が見えました。

もちろん鏡には変わらず両親が写っています。
もうこの鏡に会うこともないでしょう。

「バイバイ。パパ、ママ」

呟きは、私に言い聞かせるようにも聞こえました。

部屋を出て、長い廊下をスネイプ先生と一緒に歩きます。

「それで、何か弁解はあるかね?」

医務室に向かうまでの間、スネイプ先生が先に口を開きました。私はおどおどと視線をさ迷わせます。

今日1日で私はいくつの校則を違反したのでしょう。
スネイプ先生の顔は見れません。怖い。

「わ、私、最初はスネイプ先生の所に行こうと、したんです。…でも途中でクィレル先生に見つかっちゃって、その…あとは……気絶してました…」

私がそういうと、スネイプ先生は長い溜め息をつきました。怖い!

「全く。減点しようにも、グリフィンドールには減点される余裕すらない」
「げ、減点は勘弁です…」

このままではマイナスに入ってしまいますから!

むーと呻きながら歩いていると私は階段で小さく躓いてしまいました。咄嗟にスネイプ先生の服の裾を掴みます。

先生が私を睨んでいるのに気付きましたが、私は視線を反らしてごまかしました。
足元がふらついているんです。今日だけは許してください!

また溜め息をつくスネイプ先生でしたが、何も言いませんでした。

「……ありがとうございます。助けて、頂いて」

私が小さく呟きましたが、何も、言いませんでした。


辿り着いた医務室ではマダム・ポンフリーの怒った声で、ハリーくんと2人、即入院を通達されました。


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