そしてカロー兄妹が完全に見えなくなったあと、リドルくんは私の方へと振り返ります。そして先程までの威圧的な雰囲気を一切消して、彼はいつものように微笑みかけてくださいました。

「もういいよ」
「やっぱり気が付いていたんですね…。助かりました」

苦笑を零しながら杖を振るって壁の幻覚を消します。リドルくんは喉の奥でくつくつと笑っていました。

「いや、まぁ確かにぱっと見はわからないだろうけれど…、本当に君は変身術が苦手だね。…いや、これは呪文学かな」

笑いながらも「お疲れ様」と言って、彼は私の髪にキスを落とします。
私は少しだけ頬を膨らませながら、無事にロングボトムくんを逃がせたことに安堵の溜息をつきます。そして提案するようにリドルくんへと言葉をかけました。

「リドルくん。『必要の部屋』を避難所にしましょう」
「……」

私の提案にリドルくんは黙り込みます。私は言葉を続けました。

「ロングボトムくんが今、中に入っているはずです。確か中に誰かいる限り『部屋』は姿を変えないんですよね?」
「…。うん。そうだね。
 でも、あの部屋はなんでも用意してくれるけれど、食事だけは部屋からは生み出されない。
 長期的な籠城には向かないと思うけれど」
「大丈夫ですよ。ホグワーツは彼らを助けてくださいますから。
 それでも辛そうでしたら私がどうにかします。
 ……何かあれば『必要の部屋』に逃げ込むように知らせなければ」

今まで、行き過ぎた体罰を私が引き止めていました。気が付いていたことでもありましたが、私1人の力では全てを止めることが出来ていません。
これまでと同じようにホグワーツ内で暮らすことが難しいというのならば、あとは匿うしかありません。

本当ならば国外へと逃げて欲しいという思いはあります。ですが、

「………きっと『DA』のメンバーは国外に行くより、ホグワーツの中で戦っていたいでしょうし…」

どこか私達の知らないところでハリーはヴォルデモートさんに対抗する力を…、正確にはヴォルデモートさんの分霊箱を見つけ、破壊していっています。
ホグワーツに残って、カロー兄妹に反乱を続けている生徒は、きっと、きっとハリーと同じように闇の陣営と戦っていこうとしているのでしょう。

それが例え、危険なことだとしても。

「リドルくんもお手伝いしてもらっていいですか?」

私はリドルくんへとそう問いかけました。リドルくんは少しだけ固い微笑みを浮かべたまま、私の腰辺りを抱き寄せて小さく溜息をつきました。

「……僕が勧誘しても罠と疑われるだけだよ。リクに頑張ってもらわないと。
 直接的な支援はできないけれど、サポートはしてあげる」
「ありがとうございます」

ふにゃりと微笑んで、彼の腕の中から逃れます。宙を彷徨ったリドルくんの手を掴んで、私達は廊下を歩き出しました。彼の心配そうな声が私にかかります。

「頑張りすぎて倒れないでよ」
「リドルくんで充電するんで大丈夫ですー」

今の私は1人ではなく、リドルくんや、そしてスネイプ先生もいるのですから。
浅く微笑みを浮かべていると、リドルくんは足を止めて真剣な表情で私を見つめていました。

「……スネイプはさ」

ゆっくりと話しだした彼にあわせて私も足を止めます。振り返ってリドルくんの言葉を待っていると、彼は静かに話しだしました。

「スネイプはそのままでいいとリクに言ったけれど、僕はそうは思わない」

突然の言葉に私は困惑を浮かべます。クリスマス休暇が終わったあの日に告げられたことを言っているのでしょうが、何故急にリドルくんがその話をするのかを理解できていませんでした。
そして、あの日、スネイプ先生が何故私にそう言ったのかも、いまいち理解しきっていませんでした。
私はゆっくりとリドルくんに問いかけます。

「……私にはスネイプ先生が私に「そのまま」と言った意味がよくわかっていないんです。
 どうして彼は私に「そのままでいい」と言ったんですか?」
「リクは、優しすぎるんだよ」

答えはあっさりと返って来ました。じぃとリドルくんを見つめていると、彼も赤い目を爛々と輝かせて、私の両手を包み込むように手に取りました。
取られた両手はリドルくんの両頬を覆うように誘導されていきます。リドルくんの両頬に触れていると、彼はゆっくりと瞳を閉じてしまいました。

「前も言っただろう。リクは1人しかいないのに、リクは何人も救おうとしている。
君の手はこんなに小さいのに、騎士団も闇の陣営も、生徒も教師も、『アイツ』すら…本当に全部を救おうとしている」

静かに赤い目が私に向けられました。何故か少しの恐怖を感じて手を引こうとしますが、リドルくんはそれを許してはくれませんでした。

「リク。切り捨てなければいけないところは切り捨てないと。
 果樹を傷つけたくないからって剪定を怠れば、果実は育たない。そればかりか病害虫だって集まるんだ」

まっすぐ、リドルくんの目をそらすことが出来ずに私は彼を見つめ続けます。リドルくんの声がじわじわと私の中へと届いてきていました。

「何を助けたいのか、ちゃんと決めなきゃ」

私に諭すような声、仕草。逃げられないと気が付きつつも、私は嫌々と首を左右に振っていました。

「私には、難しいです」

選ぶことなど、何かを諦めることなど私には出来ません。ヴォルデモートさんもハリーもリーマスさんや、スネイプ先生、リドルくんも。全部全部。
何かを切り捨てることなど出来なくて。何かを見捨てたりはしたくなくて。諦め切れることではなくて。

「助けるんです。全部」

ディゴリー先輩を助けられなかった私がぼんやりとリドルくんに言葉を返していました。

暫くの間、2人見つめ合っていると、ゆっくりとリドルくんが手を離してくださいました。
それでも視線をそらせない私に、リドルくんはいつものような優しい微笑みを見せてくださいました。

「夕食を食べに行こう。リク」
「………はい」

戸惑うように返事をすると、リドルくんはにっこりと笑って、子供をあやすかのように再び私の髪にキスを落としました。


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