ヴォルデモートさんの私室の扉の前、どうしても緊張してしまってノックが躊躇われます。
それでもいつまでも待っているわけにもいかなくて、私はノックをしてから声を掛けました。

「リクです」
「……。入れ」

扉の先から声が聞こえてきて私はゆっくりと扉を開きました。

中にはヴォルデモートさんだけが執務席の近くに立っていました。おずおずと近付いていくと、ヴォルデモートさんは振り返って私の方へ手を伸ばしました。
そして再び首を掴むように触れられました。ですが先程とは違って苦しくはなく、それは本当にただ触れるだけのものでした。

「痛むか」

質問に私は苦笑を零します。彼はほんの少しでも後悔をしたのでしょう。
撫でられる首元を擽ったく感じながら、私は言葉を返しました。

「少しヒリヒリするくらいです。びっくりしたんですから、もうやめてくださいよー」

にっこりと笑うと、目の前のヴォルデモートさんは目を細めて私を見つめていました。
先程のような怒りは抱いていないようでした。少なくとも私には。

だから私は言葉を続けます。言葉で彼の怒りが静まるとは思えないんですけれどね。

「レストレンジさんやルシウスさん達を責めないであげてくださいね」

言うとヴォルデモートさんは見るからに不機嫌そうな顔になりました。幾分予想していたその表情に私は苦笑を零します。
確認するかのように喉元に触れている手を両手で取って、真っ直ぐに彼の赤い目を見つめます。彼の目はやっぱりリドルくんと同じ赤い目でした。

「そんな顔をしないでください。私もお世話になっている人なんですから」

変わらず不満そうな顔をするヴォルデモートさん。そして小さく口を開きました。

「ベラトリックスと不仲だと思っていたが?」
「………好きにはなれないかもしれません。彼女はシリウスを殺す気でいたのですから。
 でも、貴方が意地悪をするのを見るのはもっと嫌です」

お願いします。と続けるとヴォルデモートさんは不満そうに鼻を鳴らしました。彼は不機嫌そうなまま、私が掴んだままの両手を振りほどきました。

そしてヴォルデモートさんはまた何処かへ行こうとします。私は思わず声をかけました。

「またお出かけですか? 折角帰ってきたのに」
「邪魔が入ったからな」

ヴォルデモートさんは私に振り返ることなくただ短く答えます。急に不安が私を襲って、私は一歩踏み出しヴォルデモートさんに問いかけていました。

「どちらへ?」
「ホグワーツに」

告げられた場所に私は酷く覚えがありました。動きを止めた私をヴォルデモートさんは軽く振り返ってじぃと見つめていました。
ヴォルデモートさんは独り言かのように言葉を続けます。彼は楽しそうな、悪そうな笑顔を浮かべていました。

「在り処はわかっている。在り処はわかった。
 大人しく待っていろ」

彼の声が近づき、ヴォルデモートさんは再び私の喉に手をかけながら私の頬にキスを落としました。
その仕草は私のご機嫌を取ろうとするリドルくんと一緒に思えて、私は咎めるような声で、止められていたヴォルデモートさんの名前を呼びました。

「ヴォルデモートさん」

声に反応してヴォルデモートさんの顔が少しだけ離れます。赤い瞳を真っ直ぐに見つめながら、私は彼に確認するように問いかけました。

「『それ』は絶対に必要なものですか?」
「あぁ。俺様にこそ相応しいものだ」
「今のままじゃ駄目ですか?」
「何が言いたい?」

問い返したヴォルデモートさんはどこか楽しそうにしているようにも思えました。
私は眉根を下げて、ヴォルデモートさんの胸元に手を置いて少しだけ頭を振りました。

「私は今のままがいいです。それか、少し前の状態がいいんです。好きなんです。
 私はヴォルデモートさんと一緒に暖炉の前でお話していたいんです」

それは私が4年生の時の記憶。ほんの僅かしか動けなかった赤ちゃんの様な姿をしたヴォルデモートさんと、幽霊のような状態の、魂だけだった私の2人でただのんびりと過ごした日々。

今は触れ合える距離にいます。私の大切な人達も生きています。みんなで一緒に、平和に。
血も何も流れない平和な日々を過ごせたのなら。

「高価な宝石のついたピアスも、豪華なドレスも、とっても不思議で綺麗な家具も、地位も名声も強さですら、本当は何もいらないんです。
 私は、私の大切な人が傍に居てくれればそれでいいんです。ただ、それだけでいいんです」

大切な人の中にはヴォルデモートさんや、ハリーや…、スネイプ先生も混ざっていて。

「…大人しく待っていろ、リク」

ですが、ヴォルデモートさんは私の願いを聞き入れることなどなく、私の手を振りほどいて歩き出していきました。

追いすがろうとして扉の方へ歩いていくと、扉は無情にも私の目の前で閉まってしまいました。


†††


そして、不安は決して消えないまま夜が訪れました。ホグワーツに向かったヴォルデモートさんは、既にダンブルドア校長先生の墓から最強の杖とされる『ニワトコの杖』を手に入れたのでしょう。
ニワトコの杖を彼が手に入れたことに重要性はさほどありません。問題は杖の『忠誠心』が今誰にあるか、ということです。

ヴォルデモートさんはダンブルドア校長先生の墓から杖を奪い、忠誠心も移ったと考えるでしょう。

でも。

「……スネイプ先生」

私の口から不安げな声が溢れます。杖の忠誠心はスネイプ先生に移ったわけではありません。ですが、ヴォルデモートさんもそう思うかどうか…。
ダンブルドア校長先生を殺害したのはスネイプ先生だということはどうしようもなく事実なのですから。

不安が身体を包んだまま、私の意識はゆっくりと眠りに落ちていきました。


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