その時、何やらガリガリという音が耳に入ってきました。全員が上を見上げると、シャンデリアが軋んだ音を立てながらバラバラと落ち始めました。
その真下にいたレストレンジさんは悲鳴を上げて、ハーマイオニーを放り出して飛び退きます。
飛んでくるガラスの破片をリドルくんが盾の呪文で防ぎます。私が素早く周りを見ると、屋敷しもべ妖精であるドビーが扉の前で細長い指をシャンデリアに向けていました。
レストレンジさんの怒りが爆発します。
「ドビー!! お前が!! よくも主人に歯向かったな!!!」
「ドビーは自由な妖精だ! ドビーはハリー・ポッターとその友達を助けにきた!」
ドビーの手が振られて、ドラコくんの手から杖が飛びます。それを素早く捕まえたハリーはロンやハーマイオニーに「逃げろ!!」と叫んでから、ドビーの手を握ってその場で『姿くらまし』をしました。
逃がすものかと、レストレンジさんが握った小刀を投げつけます。
息をのんだ私はその小刀に必死に手を伸ばしますが、リドルくんが目を大きく開いて私の手を引っ込めさせました。
空間に吸い込まれるように消えていくハリー達。そしてそれと一緒に小刀も空間から消えていってしまいました。
レストレンジさんが怒りの声を上げます。それは意味を持たない言葉で、遠吠えのようにも思えました。
そして恐ろしいことに、その瞬間に私達の間に真っ黒い霞が現れたのです。
「俺様を呼び出すだけの理由があるのだろうな」
怒りを携えたヴォルデモートさんが私達の目の前に立っていました。
怒りの声を上げたレストレンジさんは、今は青ざめた表情で頭を下げ続けていました。
ヴォルデモートさんは倒れているルシウスさんや、床に落ちたシャンデリア。リドルくんに守られている私を見て、深い怒りを抑えるように静かに語りだします。
抑えられた怒りは真っ黒いタールのようにドロドロとしているかのように思えました。すぐにでも、爆発してしまいそうな。
「何が起きた? 俺様はポッターのこと以外で俺様を呼び出すことを禁じた筈だが?」
「ポッターです! 私達はポッターを捉えたのです!」
レストレンジさんが恐縮といった態度でヴォルデモートさんの目の前で膝をつきます。
ですが、見下ろすヴォルデモートさんの視線は酷く冷め切ったものでした。
「では、そのポッターは何処だ?」
質問に答える声はありませんでした。レストレンジさんは恐怖に目を見開き、冷や汗を流しています。
部屋の隅で怯えるドラコくんやナルシッサさんもそれは同じでした。
怒りを滲ませているヴォルデモートさんの目の前に立ったのは私でした。
ヴォルデモートさんの赤い視線が私を見下ろします。その瞳がリドルくんと同じであることを確認しながら、私は小さく口を開きました。
「ついさっきまで、ハリーはここにいました。でも逃げてしまったんです」
「逃げた? リクがポッターを逃がしたのか?」
ヴォルデモートさんの怒りに満ちた赤い目が爛々と私を睨んでいました。
私は彼と一定の距離を保ちつつ、首を左右に振ります。
「いいえ。フェンリール・グレイバックが連れてきた人達がハリーだとは気付いていました。
ですが、私はハリーに何もしてません。ハリー達は自力でここを逃げ出したのです」
言葉と同時に私の息が一気に詰まりました。距離を保っていたはずのヴォルデモートさんがいつの間にか目の前にいて、私の首を掴み上げていたのです。身長差が作用して私の足が軽く浮きます。
呼吸が困難になり、私の視界が歪みます。それでもヴォルデモートさんの赤い両目だけは視界に入っていました。息も絶え絶えに私は怒りに満ちている彼に言葉を掛けます。
「貴方に、嘘は、吐き、ませんよ…」
ヴォルデモートさんは暫く私の首を絞めたあと、パッと手を離しました。地面に足をつけた私は咳をしながらよろけます。
転びかけた私を、すぐに駆けつけてきてくれたリドルくんが支えます。ヴォルデモートさんを睨み上げるリドルくんの瞳も怒りに満ちて、爛々と輝いていました。
「リク。部屋に来い」
背を向けたヴォルデモートさんが滑るように歩き出し、部屋から出ていきます。彼が部屋から出た瞬間に、威圧感が一気に無くなるのを感じました。
私は支えてくれるリドルくんの胸を軽く押して、真っ先にドラコくんに駆け寄ります。
ドラコくんは青白く怯えた表情で私を見ていました。そんなドラコくんに私は微笑みかけます。
「大丈夫ですか…? ハリー達に杖を奪われて…?」
「僕は大丈夫だ。でも、リクが…」
「細かいキズは治して貰えますよ、きっと」
小さく微笑んで、私は振り返って立ち尽くしているリドルくんに視線を向けました。
リドルくんは静かに私を見下ろしていました。彼も相当怒っているのでしょう。それでも私が言葉を発すると、怒りを抑えて呆れたように溜め息をついていました。
「ここを任せてもいいですか?」
「1人で行く気かい?」
リドルくんはあまり気乗りしない声を出します。苦笑を零しながら自分のお洋服の形を軽く整えて身なりを揃えます。
「あんまり大人数で行っても怒られてしまうだけですから」
何も恐怖を感じてない様子の私を見て、リドルくんは困惑した表情を一瞬だけ浮かべたあと、近寄って私の頬に手を伸ばしました。
昔とは違って優しく触れられるその手を感じつつ、心配してくださるリドルくんを見つめていました。
「……相当、血が昇っている。気をつけて」
「はい。わかっています。
リドルくんはレストレンジさん達の治療をお願いします」
私はちらりとレストレンジさん達を見ます。レストレンジさんはシャンデリアのガラス片などで細かい怪我をしていました。
リドルくんは酷く嫌そうな顔をしたあと、僅かに頷きました。本当に嫌そうに。