そして次の瞬間、目の前に広がったのは蝋燭の明かりだけが灯る薄暗い一室でした。

見覚えのない部屋に私は驚きます。そして横からかけられた声に私はもっと驚くことになりました。

「Ms.?」

スネイプ先生の声でした。そちらに視線を向けると、先生は読んでいたであろう本を横において、険しい表情で立ち上がり私のすぐ傍に立ちました。

「何かあったのかね」

真剣な表情に戸惑いながら、私は首を左右に振ります。

「い、いえ。いいえ。ただ、スネイプ先生のことを考えていたらいつの間にか…」
「………」
「す、すみません。何の変な意味ではないのです!」

魂だけの姿でありながらも頬を染める私を、スネイプ先生は静かに見つめていました。私は両手を振りながら先生が話し出すのを待ちます。
先生は深く溜め息をついて、ソファに座り直していました。

私はちらりと周りを見ます。初めて見る部屋の中はどうやらスネイプ先生のご自宅のようでした。
スネイプ先生もイースター休暇中に自宅に戻っていたのでしょう。私は物珍しさについつい視線を彷徨わせてしまいました。
そして不意にスネイプ先生と目が合って私は誤魔化すようにはにかみました。

「…来るなら生身で来たまえ。それでは紅茶も飲めないだろう」

先生はそう言いながら、テーブルに並んでいる1人分の紅茶セットを示します。私は目を輝かせながら反対側のソファに腰を下ろしました。

「やっぱりご自宅の方が美味しい紅茶があるんですか?」
「ここには普段戻ってこない。茶葉はあまりないが、ティーポットなどはこちらにある物の方が質がいい」

透明なガラスでできたポットを眺めながら、私はスネイプ先生ににっこりと笑いかけました。

「じゃあ、もし、私がここに来る時には、私が新しい茶葉を買ってきてもいいですか?
 先生のいれる紅茶は私が淹れるよりもずっと美味しい気がするんです」
「……。ほう。我輩の気に入るものを見つけられますかな」
「そこはカンで頑張るしかないですけれど…。任せてください」

ふふと笑うと、スネイプ先生は元から用意してある紅茶を一口飲んでいました。私も飲みたいです。が、確かにこの姿では飲むことは出来ません。

「菓子類は甘くないものでお願いしたいものですな」
「えぇー。でも、この前食べた苺のドライフルーツ、とっても美味しかったですよ!」
「甘すぎる」

今日のスネイプ先生は特段機嫌が良いのか、声はとても落ち着いたもので、私はそれに少しの違和感を覚えつつも胸に広がる嬉しさを静かに受け止めていました。
会話をしながら、私は幸せを感じて表情を緩ませます。スネイプ先生はそれを小さく笑ったかのようにも思えました。

そこで突然、スネイプ先生が怪訝そうな顔をして、手がぴたりと止めます。私は首を傾げました。
先生の綺麗な指が私の首元を指しました。その先には今日、ヴォルデモートさんが私の首を絞めた時に出来た痣がありました。

「…それは?」

あの時は気付きませんでしたが、思ったよりもキツく絞められたようで、喉には指の痕が残っていました。
私は苦笑を零し、襟元を少し引っ張って、痕を隠します。あまり気持ちのいいものではありませんから。

「これは…、ヴォルデモートさんが…」
「………」

私が視線を逸らしつつそう言うと、スネイプ先生は険しい顔をします。私は再び苦笑を零して、軽く事情を話しだしました。

「今日、ハリーが人攫い達に連れられてきたんです。それで、色々あって結局ハリーに逃げられてしまって。
 …それで、怒られてしまったんです。ハリーを逃したんじゃないかって。
 あ、でも、もう怒っていないみたいでしたから、大丈夫ですよ」

私は両手を振って笑います。本当にヴォルデモートさんは私に対してあれ以上怒りをぶつけることはありませんでしたし、きっと突発的なものだったのでしょう。
ヴォルデモートさんの突発的な怒りで『死の呪文』が飛んでこなかったのですから、やはり、ヴォルデモートさんは私を殺す気は無いのでしょう。

スネイプ先生は険しい顔のまま、私の首元に手を伸ばしました。
驚く私ですが、手はいつも通りにすり抜けていってしまいました。

スネイプ先生はすり抜けた自分の手を見つめてから、緩く拳を作っていました。

「…あまり不遜な態度ばかりをとるものではない。今は良くてもいつか殺されるかもしれんぞ」
「大丈夫ですって。『卿』は私に呪いをかけたり、殺したりしませんから。
 今回だけです」

私は絶対的な自信をもってそう言い切りました。スネイプ先生はじとと私を睨むように見つめていました。

「何故、そう言い切れる?」
「殺す気ならば既に殺しているでしょうし、それにリドルくんは私を守ってくれますから」
「日記と卿ではもはや別のものだ」
「だからこそ。ですよ」

意見はすれ違うばかりでした。
スネイプ先生は未だに不服そうにしていましたが、討論する事を諦めたようで、私の頭に手を伸ばしました。そして手は再びすり抜けます。先生の溜め息。

「……やはり生身で来たまえ。触れることすらままならない」

その言葉にきゅうと心臓が縮まるような思いをします。
今、触れて欲しいと一瞬でも考えてしまう私は、やっぱり、おかしくて。

「……先生、1つ聞きたいことがあるんです」

きっとこの質問をしてしまえば、楽になるのでしょう。でもその質問をするのは酷く恐ろしくて。
私は質問しようとしても躊躇ってしまいます。その躊躇いをスネイプ先生は察しているようでした。

「次にしたまえ。
 また剥がれてもしらんぞ」

彼は私から視線を逸らして淡々とそう言いました。俯いて膝に置いた自分の手を見つめながら、私ははにかみます。

「………そう、ですね」

私は大人しく頷いて立ち上がっていました。スネイプ先生は私を見て、一瞬だけ何故か悲痛そうな顔をしていました。
そんなスネイプ先生の顔を見たくなくて、私はぺこりと深く頭を下げて口早に言葉を紡ぎます。

「おやすみなさい、スネイプ先生。
 イースター休暇明けに、また」

そう言ってから、私は顔を上げると同時に意識を浮上させます。目を覚ました時に見えたのは、天蓋付きベッドの中身でした。

まだ暗い部屋の中で身体を起こすと、部屋の中が寒く感じてぎゅうと自分の身体を抱きしめました。


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