そしてイースター休暇があけたとき、ホグワーツはより一層閑散としていました。
ハリーと共にロンが一緒にいるということが明白になったので、ジニーちゃんもホグワーツに戻ってこれなかったのです。
以前よりもまして生徒達はホグワーツには戻らず、海外へと避難する家庭が多くなっていました。
日々がまた過ぎ去り、カレンダーはいつの間にか4月を指していました。
生徒のいなくなった廊下を1人歩いていると、真正面からマクゴナガル先生が歩いてくるのが見えました。
マクゴナガル先生は私の姿を確認すると、何故か一瞬だけ後ろを振り返りました。誰かがそばにいるかどうかを確認したかのように思えました。
「……自宅には戻らないのですか?」
そして私とすれ違う瞬間、マクゴナガル先生が不意にそう言いました。声をかけられるとは思っていなかった私は足を止め、きょとんとしたあとに思わず聞き返してしまいます。
「え? ……えぇ。はい。戻るつもりはありません。
でも、どうして急に?」
マクゴナガル先生も、私が闇の陣営にいることや、それ以来リーマスさんと直接お会いしていないことも知っているはずです。そうだというのにどうして急に。
先生は表情に驚きを足しつつ、静かに確認するかのように話しだしました。
「聞いていないのですか?
リーマスとドーラの結婚を」
「いいえ。知っています。……それでも今、私が帰る訳には…」
「2人に、子供が授かりました」
言葉を遮るかのように告げられたそれに、私は口を閉じました。
「つい数日前、無事に男の子が生まれました。テディと名付けたそうです」
2人に、子供が。
それはどこか遠い世界の出来事のようで、私の頭の中は真っ白になってしまいます。
リーマスさんとトンクスさんとの間に出来た子供。幸せの結晶。
「もう1度聞きます。自宅には戻らないのですか?」
マクゴナガル先生の言葉は誰もいない廊下に重々しく響いたような気がしました。
私は彼女から視線を逸らして、自分の足元を見たまま口元に笑みを浮かべました。
「戻る、訳には行きません。戻れはしません」
私はもう、『あの人』についていっているのですから。
「ありがとうございます、マクゴナガル先生。
私は行かなくては」
再び歩きだした私を、マクゴナガル先生は引き止めたりはしませんでした。
止まるわけにはいきません。
止まる、わけには。
†††
「考え事かね」
ベッドに腰をかけていると、いつの間にか傍にいたスネイプ先生が私の頬に指を触れさせました。
少しかさついているその指を擽ったいと感じて軽く微笑みを零します。
以前、スネイプ先生の寝室で休んでから、私は度々校長室で眠っていました。
甘やかして下さるスネイプ先生に思いっきり甘えている私も私ですが、スネイプ先生と一緒に寝ていると全ての不安が払拭されるような気がしました。
「問いに答えたまえ」
微笑みを浮かべていると怒られてしまいました。ですが、声は怒っているようには聞こえません。
私は緩む頬を隠しきれないまま、横になって彼の胸元へと顔を埋めると暖かさにまた幸せを感じます。
私は目を閉じながら静かに答えを返しました。
「リーマスさんとトンクスさんとの間に子供が生まれたそうです。私、全然知らなくて」
私の言葉を聞きながらスネイプ先生の手がぎこちないながらにも優しく私の背を撫でていました。私は眠りに落ちそうになりながらふわふわと言葉を続けます。
「リーマスさんにはずっと幸せになって欲しいと思っていましたから」
瞼を閉じたまま先生の胸元にぎゅうと抱きつきます。そうしているとスネイプ先生はゆっくりと引き寄せるかのような仕草をします。
それに私は少し驚き、思わず目をあけて、腕の中から顔を見上げました。先生は既に目を閉じていました。
「先生…?」
「娘なら、前からいただろう」
スネイプ先生の優しくて大きな手が私の頭を包むようにしながら撫でてくださいます。
眠たそうな声を聞きながら私は表情を暗く落ち込ませます。その雰囲気を先生は察して言葉を紡ぎます。
「そう拗ねるな」
「拗ねてないです」
言葉を返してからむすと頬を膨らませてぎゅうとスネイプ先生を抱きしめます。私が抱きしめても、彼を包み込むようにはできず、私の体は逆に彼にすっぽりと包まれていました。
違いがありすぎる体格差を痛感しながら、私は目を閉じました。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
半ば話を打ち切るようにそう言えば、スネイプ先生も律儀に言葉を返してくださいます。
そして意識は深く深く、大切な人達の間に出来た新しい家族を思いながら、深く深く沈んでいきました。
†††
気がついた時、それを私は夢だと思いました。
私は眠っているリーマスさんの横に立っていたのですから。
白髪の増えたような気がするリーマスさん。頬には私の見たことのない傷跡が増えていました。
私は思わずリーマスさんの頬に手を伸ばします。眠っている彼の横に座り込みながら、頬に触れようとした瞬間に、その手は透き通っていきました。
「リク?」
その時聞こえた囁くような声に、私は身体ごと振り返りました。
そこには扉のところで私を凝視しているトンクスさんの姿がありました。
「トンクス、さん…?」
困惑の声が私から溢れます。はたとここが『夢』であると気がついた私は立ち上がり、顔を伏せたまま小さく囁くような言葉を紡いでいました。
「………すみません。子供が生まれたと聞いて気になってしまって」
「どうして謝るの? こっちに来て。顔を見て。
貴女の弟よ」
トンクスさんは本当に嬉しそうな表情を浮かべて、近くにあったベビーベッドを示しました。
「私の…、弟……?」
混乱に包まれる私の脳。私はベビーベッドで眠っている小さな男の子をまじまじと見下ろしていました。
わたしの、おとうと…?
「………結婚式に貴女がいなくて、私も、リーマスも寂しかったわ」
混乱に包まれている私に、トンクスさんはゆっくりと話しかけていました。彼女はベビーベッドのすぐそばで赤ちゃんを愛おしそうに見つめていました。
そしてその視線が私に向けられます。その視線に射止められて私はびくりと肩を震わせました。
「帰ってきて、リク。一緒にテディを守って」
「それは…、」
それは、出来ません。それをすることはとても難しいように思えました。
頭を振って、自分の足元に視線を落とします。暗闇の中で、私だけが異端の存在のような気分がしました。
「私は『あの人』の傍にいます。……彼を1人にはしておけないから」
「リク…。『あの人』って、『闇の帝王』じゃなくて、スネイプのことでしょう?」
トンクスさんは静かにそう言いました。頭の中でスネイプ先生を思い浮かべていた私は目を丸くしてトンクスさんを見つめます。
どうしてわかったのでしょう? 私は何も言わなかったというのに。
「…………どうして」
「わかるわ。私は気付いてたもの。
リクはスネイプのことが好きだって」
トンクスさんは躊躇うことなくそう言い切ります。私はぐっと押し黙ります。すると優しい声が聞こえました。
「貴女のことを応援したいわ。私を応援してくれたんだもの。
……でも、彼は、彼だけは止めておいた方がいい」
彼女の表情は、声は私を心配している様子がありありと伝わって来るようでした。
ですが私は声を押し殺してただ疑問の声を上げました。
「どうして?」
「どうしてって…。スネイプはダンブルドアを殺したのよ。死喰い人なのよ」
でも、でも。私にはわかりません。疑問を抱くがままに、何も考えないで、私は言葉を発していました。
「でも、私は先生が好きです」
「………」
「確かに彼は人を殺しました。私もそれを見ていました。彼は死喰い人です。それも『卿』の1番の側近とも言える人です。
でも、好きなんです。私はスネイプ先生が好きなんです。
どうして好きな人と一緒に居てはいけないんですか?」
ただ単純な疑問を突きつけたあと、私はトンクスさんの表情を見てはたと眉根を下げます。トンスクさんは驚いた顔で私を見ていました。
「……すみません。心配してくださっているのに。
…戻らなきゃ」
私は長い息を吐いてそう呟きます。立ち上がった私を止めようとトンクスさんが手を伸ばしますが、手はいつものように私の身体をすり抜けていきました。
「待って、待って、リク! リク!」
声が聞こえる中、私はトンクスさんを振り切って意識を浮上させていきました。