目を開けるとあまり見慣れない部屋と、そして私にとってとても大切で、大好きな人の姿が見えました。

トンクスさんの言葉が思い浮かんできてしまって、不安が私をじっとりと包んで息苦しくなります。
涙が溢れ視界がどんどん悪くなってしまって、目を閉じてしまいました。
目を閉じると暗闇が私を襲います。不安がいつしか恐怖へと変わっていました。

少しでも彼のぬくもりに触れたくて、私はスネイプ先生の胸元に顔を埋めてぎゅうと強く抱きしめました。
眠っているスネイプ先生はとても暖かいのですが、反して私は不安や恐怖から、どんどんと寒くなっていってしまいます。

その寒さが嫌で、もぞもぞと彼を抱きしめていると、やがてスネイプ先生の掠れた声が聞こえてきました。

「……Ms.…?」

起こしてしまったのでしょう。私はそれを謝罪することも出来ずにただ強く抱きしめ続けました。

「ぎゅうと、してください」

静かにそう呟いてスネイプ先生を抱きしめます。先生は私の髪を書き上げるように撫でながら、抱きしめ返してくれます。

「怖い夢でも…?」

ほんの小さく笑った後に聞こえたスネイプ先生の声は酷く優しいものでした。
その声に溺れながら、私は先生の身体に顔を埋めます。先生は優しく私の身体を抱きしめて、何度も髪を撫でてくださいます。

私は黒い身体を強く引き寄せながら、掠れた言葉を零しました。

「一緒に居たいんです」

先生の力が一瞬弱まり、すぐに今まで以上に強くなりました。私はぼたぼた泣きだしながら、目を閉じたまま手に力を込めて、寝言のような言葉を続けました。

「子供でも、役に立たなくても…、私は…、傍に……」

私が大好きな貴方の傍に。好きになってもらえなくても。一緒に。傍に。
スネイプ先生は深く深く黙り込んだあと、私と額を合わせて囁きかけるように言葉を紡ぎました。

「………寝たまえ。……朝になれば不安も薄まる」

その言葉に私は少しだけ瞳を開けて、すぐそばにあるスネイプ先生の顔を見つめました。
吐息のかかるような近い距離。先生は優しく私の頬に手を添えて、静かに私を見つめ返していました。

朝になれば。朝になったら……?

「…私が不安なのは、夜だからですか…?」
「………」

先生は何も言いませんでした。私は思わず溜息を零しながら、再び目を閉じました。
真っ暗闇がまた私を襲います。ぼんやりとした思考のまま、言葉が紡がれます。

「…それなら、夜なんか来なくてもいいのに…」

目を閉じた私の髪を、スネイプ先生はまた優しく撫で続けてくださいました。
寒さに震えると抱き寄せる力が強くなります。私も縋るように彼を抱き締めます。

そして私はいつの間にか再び眠りに落ちていました。


†††


朝。額を撫でられている優しげな感覚がして、ゆっくりと目を覚ますとベッドの淵にスネイプ先生が腰を掛けて、私のことを覗き込んでいました。

「起こしたか」

先生は少しだけ顔をしかめてそう言います。
私は額を撫でていたのが先生だと知り、驚きつつもふにゃりと気の抜けた笑みを零しました。

「おはようございます」
「熱は」

不意に問われたその質問に、私は寝転んだまま疑問符を浮かべました。もしかしてそんなに具合悪そうな顔をしているのでしょうか。
小さく左右に首を振って、健康体そのものであることを彼に伝えます。

「? きっと、ありませんよ?」
「………ならいい」

深く黙り込んだあとにそう言葉を零して、先生はベッドの淵から立ち上がります。
既に真っ黒いいつもの服に着替えているスネイプ先生の背中を見ながら、私は身体を起こしました。

身体を起こしてから気付いたことは、なんとなく身体が重いということでした。
体調的には不具合がないと思っていたのですが、少しだけぼんやりとしてしまうこの思考は、寝起きだからでしょうか。

そしてふと、私は昨晩のことを思い出します。

トンクスさんやテディくんに会って。戻ってきたあと、不安で怖くなってしまって、恐怖で寂しくなってしまって、スネイプ先生に泣きついてしまったことを思い出しました。
思い出すと同時に真っ赤に染まる頬。目をぱちくりとさせると、――昨晩、よっぽど泣いてしまったのでしょう――目の当たりに腫れぼったさを感じました。

深く溜め息をついて両手で目元を押さえます。スネイプ先生が朝から酷く優しいのもきっと昨日のことがあったからでしょう。
私は覆っていた手を離して、スネイプ先生の姿を探しました。見つけたと同時に声を掛けます。

「先生」

寝室の入口辺りにいたスネイプ先生は、振り返って私の言葉を待ちます。
私はベッドの上で身体を起こして、シーツを手繰り寄せながら、先生の姿を見つめていました。

「私、紅茶が飲みたいです」

言葉は少しだけ尻つぼみになっていました。

起きたといっても、私の中には若干の不安は残されていました。先生に甘えてしまう自分をどうしても子供だなと思いつつも、スネイプ先生の言葉を待ちます。
それでも私を見つめたあと、溜め息をついたスネイプ先生はきっと。

「……。早く支度を済ませたまえ。用意する」

やっぱりです。スネイプ先生は呆れた表情をしながらも、呼び寄せ呪文で私のお気に入りの紅茶缶を呼び寄せてくださいました。私の頬が緩みます。
甘えてしまう私も私ですが、甘やかして下さるスネイプ先生に心地よいものを感じます。

私はにっこりと笑って返事をしたあと、拡張呪文で中身を大きくした鞄を持ってスネイプ先生の死角となる場所へ移動して着替え始めます。
着替えをしている最中に漂ってきた紅茶の良い香りに乗って、スネイプ先生の声が私に届きました。

「本日だけですぞ」
「はーい」

軽い返事をした私は最後にいつものローブを羽織って、スネイプ先生の元へと駆け寄りました。


†††


目を閉じて『夢』の中を渡ります。少しだけなら、少しだけ。

そして見つけたのは綺麗な海岸沿いの家でした。あの家の中にハリー達が居ることを確信しつつ、私は夜風に髪を揺らしました。

「フェイン?」

夜目のきく私は少し辺りを見渡して、私の大切なペットの名前を呼びます。
すると、フェインは私が来ることを知っていたかのように、庭にあった白い石の傍で蜷局を巻いていました。

私の姿を見て、短く返事をする彼。私が微笑みを浮かべてフェインのすぐそばにしゃがむと、白い石が墓石であることに気がつきました。
 
『自由なしもべ妖精 ドビー ここに眠る』刻まれた文字を目で追って、私はフェインの頭を触れないながらにも優しく撫でました。
フェインも触れられている感触はないでしょうが、気持ちよさそうに目を細めていました。

「フェイン。もう少しで今年が終わります。『物語』が終わります。
 ……ハリーのお手伝いをこのまま続けてあげてくださいね」
「シュ」

フェインは短く答えて私の指を舐めてくださいました。私は微笑みを零して、小さく囁きかけます。

「この先、ホグワーツに戻ってくることになると思います。
 だからこれを」

私はポケットの中から小さな瓶を落としました。それは以前、私が6年生の時にスラグホーン先生からご褒美として頂いた『フェリックス・フェリシス』、『幸福の液体』でした。
私の手から離れて落ちた小瓶。それは今の私とは違ってフェインが触れても透けることがありませんでした。

フェインは瓶をうまく身体に巻きつけて持ち上げていました。

「ハリー、ロン、ハーマイオニー。そしてフェイン。4分割しても1人3時間分の『幸福』が詰まっている筈です」
「………」
「私にはリドルくんとスネイプ先生がついていますから」

静かに私を見上げるフェインの頭をもう1度撫でて、にっこりと微笑みかけました。

ゆったりと頭を上下に動かし、頷いたフェインに微笑みを向けながら、私は『夢』から覚めるためにも意識を覚醒させました。


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