「追いついた」
リドルくんと2人でホグワーツに向かっていると、突然後ろに黒い霧が現れて、その黒い霧はヴォルデモートさんの姿になりました。
「ヴォルデモートさん」
彼の名前を呼ぶと、彼は僅かに嬉しそうな顔をしたかのように思えました。反対にリドルくんの顔が険しくなります。
ヴォルデモートさんはリドルくんが睨んでいることを気にするわけでもなく、私の肩を抱き寄せました。
「見ろ。リク。アイツ等が立てた防御壁などいとも簡単に崩れる」
ヴォルデモートさんの視線の先、ホグワーツを守っていた膜のような防御壁が、ガラスが割れるようにばらばらと崩れていくのが見えました。
「さっさとポッターを差し出せばいいものを」
囁くようにそう言うヴォルデモートさんに私は眉根を下げます。
あくまでもハリーを殺す気でいるヴォルデモートさんに悲しくなります。
ヴォルデモートさんとも、ハリーとも友達でいたい私は軽く俯いてしまいます。
「これからどこへ?」
楽しげに問うヴォルデモートさんに、口を閉ざします。
少し悩んだあとに俯きかけていた私は真っ直ぐにヴォルデモートさんを見上げました。
「………。レイブンクローの失われた髪飾りの所に」
「リク」
答えるとリドルくんが咎めるように私の名前を呼びました。ヴォルデモートさんの赤い目が細められます。
「……見つけてどうする?」
「…。リドルくんと同じことを聞くんですね」
目を伏せて小さく笑うと、ヴォルデモートさんは不機嫌そうに黙り込みました。彼はすぐに言葉を続けます。
「好きにしろ」
言葉は簡潔でした。
「あぁ、そうだ。好きにすればいい。リクは自由に」
彼は繰り返すようにもう1度そう言うと、再び私に手を伸ばして、いつもリドルくんがそうしてくれるように髪にキスを落としました。
じぃと彼を見上げていると、ヴォルデモートさんは私に杖先を向けます。杖はいつかダンブルドア校長先生が持っていたニワトコの杖でした。
杖先を向けたヴォルデモートさんにリドルくんが険しい顔をして、私と繋いだ手を強く握りました。
「リク。送ってやろう。
俺様自身が行くよりも、リクを送ったほうがきっと面白い。
またあとで会おう。リク」
それは姿くらましする時の感覚に似ていました。何か狭い空間を無理矢理押し出されたような感覚を味わったあと、私とリドルくんはホグワーツの中庭に立っていました。
ホグワーツの敷地内は『姿くらまし』が出来ないようになっているはずです。
それなのに、私とリドルくんはここまで姿くらまししてきたかのように思えました。
ぐらぐらと回る視界に顔をしかめて頭を抱えます。隣のリドルくんも、彼には珍しく突発的な悪態をついていました。
「頭、ぐわんぐわんします!」
「それもそうだ。こんな即席の防護壁なんかよりもずっと古くからあるものを無理矢理破ったんだぞ。
いつの間にこんなのを考えていたんだ」
「リク!? 何で――」
突然現れた私達を見て、驚いているジニーちゃんの声を背中に聞きます。そんな中、片手で頭を抑えながら杖先をあげます。
身構えたジニーちゃんに背を向けて、私は迫り来る死喰い人を見据えていました。
「リドルくん、サポートに回ります」
そう言って私はリドルくんの半歩後ろから杖腕を伸ばします。同じく多くのホグワーツ生徒を背にしているリドルくんは苦笑を零しました。
「…あぁ、もう本当。昔じゃ考えられないね。僕が死喰い人に杖を上げるなんて」
目の前からやってくる多くの死喰い人や闇の陣営についた巨人達。
それらに狙いをつけて、リドルくんは大きく杖を振るいます。
リドルくんの杖先から生み出されたエメラルド色の炎は大きな蛇を象り、死の呪文を打ってくる死喰い人達を一気に飲み込みました。
すぐ後ろにいるジニーちゃんが短い悲鳴とともに息をのんでいました。
闇の帝王の分身とも言えるリドルくんの力に、私も目をぱちくりとさせたあと、ぷくと頬を膨らませました。
「殺さないでくださいね」
「はいはい。それがリクの望みなら。
…焼き捨てた方が楽なんだけれど」
「冗談に聞こえないんですけれど!」
少しだけ私に視線を向けて、にこりと笑ったリドルくんを綺麗だと思いつつも、私は彼と同じくして杖を掲げました。
肩をすくめた彼は、自身に飛んでくる呪文に加え、私に飛んでくる呪文すらも弾き返していました。
私も杖を向けながらも、目当ての場所へと駆け出していました。後ろからリドルくんがついてきてくれているのを感じながら、私は真っ直ぐにホグワーツの中を走っていました。
ホグワーツ校内は既にどこもかしこも戦いの最中でした。2人でホグワーツの中を走りながら、互いに背中を守りあいます。
あちらこちらで聞こえてくる悲鳴に恐怖しつつも、私は見つけた階段を駆け上がり始めました。
「リクちゃん…?」
そして階段を上がる途中で聞き覚えのありすぎる声が聞こえて、私は思わず振り返ってしまいます。ひとフロア下に立っていたのは、私を見て呆然とした表情をしたリーマスさんでした。
「ッ、リーマスさ…」
「止まるな。リク」
思わず足を止めて、リーマスさんに駆け寄ってしまいそうな私を、リドルくんが制してくださいます。
はっと我に返った私はリドルくんと手を繋いで、再び目当ての場所まで走り出します。
私の元へと行こうとしていたリーマスさんは、壁を突き破って出てきた死喰い人との戦いが始まりました。それでも私を呼ぶ声が遠く聞こえます。
「待って! 待ってリクちゃん!!」
それでも声を振り払って、私は階段を上がって行きます。私の手を引っ張るリドルくんに、小さく謝罪の言葉をかけました。
「…わかってます。
ごめんなさい。立ち止まってしまって」
「それならいいんだ。……ほら、ついたよ」
リドルくんが声をかけると同時に、目の前の大きな扉から開き、箒に乗った数人の人影と、真っ赤に燃え上がった炎の蛇がこちらに向かって来るのが見えました。
驚くと同時にリドルくんが素早い動きで扉に向かって杖を振るい、その大きな扉を呪文で閉じてしまいます。扉の隙間から溢れるような炎が少しだけ顔を見せ、すぐに鎮火していきました。
そして扉はスゥと効力を失ったかのように姿を消して、そこには壁だけが残りました。
「…『悪霊の火』だなんて心臓に悪い」
小さく1人言を零すリドルくんの横、私は箒から投げ出されるように降りた人影に近付きます。短い息を何度も繰り返していたのは、ハリーでした。
「…、リク? それに、リドル!?」
何故かドラコくんと一緒に箒に乗っていたハリーは咳き込みながら私達の姿に気が付いて、疑問の声をかけます。傍にいるロンとハーマイオニーも私とリドルくんを交互に見ていました。
私は彼のそばに片膝をついて、頬に走っていた火傷の痕に向けて『エピスキー(癒えよ)』を唱えました。リドルくんは、じとりとハリーが持っているものに視線を向けていました。
ハリーがリドルくんの視線に気が付き、手を掲げます。その腕には壊れた髪飾り握られており、髪飾りからは黒いねっとりとした液体が流れ出していました。リドルくんが小さく声を零します。
「……分霊箱だ」
「え? では、これがレイブンクローの失われた髪飾り?」
黒い液体に塗れ、砕けている破片を見ながら私はリドルくんに驚きの視線を向けます。
既に壊れてしまってる髪飾りにサッと血の気が引いていきます。ヴォルデモートさんの中に戻そうとしていた魂は既に壊れてしまっていました。
リドルくんは呆然としている私に視線を向けないまま、真っ直ぐにハリーを見ていました。重圧的な質問を彼はします。
「分霊箱はあといくつ生きている? カップは? ナギニは?」
「……カップは壊した」
「…残っているのはナギニだけか」
ゆっくりと警戒するかのように答えるハリー。リドルくんの表情からは何も読み取ることは出来ませんでした。
ほんの短い間黙り込んだリドルくんは不機嫌そうに鼻を鳴らして、片膝をついて私に手を伸ばしました。
「壊れてしまったものは仕方がない。諦めるんだね」
あまり残念そうにしていないリドルくんを見て、私は眉根を下げます。
私がもっと早くに決心していれば、もしかしたら間に合ったかも知れないというのに。