そしてたどり着いたのはホグワーツの船着場でした。

ヴォルデモートさんはニワトコの杖の忠誠心がスネイプ先生にあるのだと思うのです。
そしてこの場所にスネイプ先生を呼び出し、確認するのです。確認して、そして。

私は切れ切れになった息を整えながら、船着場のすぐ横にある小屋の中に足を踏み入れます。
ドキドキと煩く鳴り響く鼓動を押さえ込んで、杖を構えながら中に駆け込みました。

「え…?」

そこには、

「…、誰も……いない…?」

私の前には誰もいませんでした。ここで争った形跡も、血も、人が来た気配すらせず、ただ埃が片隅に舞っているだけでした。

「スネイプ、先生」

ここにいるはずの人の名前を呼びます。ですが小さく震えている私の声が虚しく空間に消えていくだけでした。
確かに私の記憶ではここにスネイプ先生とそしてヴォルデモートさんがいて、ヴォルデモートさんはニワトコの所有者がスネイプ先生だと思っていて、映画では絶対ここにいて、2人はここにきて。

私はきょろきょろと視線を彷徨わせます。

「まだ…来ていない…?」

呆然と私の声だけが寂しく空間に残され、静けさが私を包みます。
ですが、ここには誰かが訪れる様子も、気配もありません。やがて私を焦燥感だけが包み始めていました。

ふと私は思い当たるものを口にします。もしかして…、そんなことがあるのでしょうか。いや、でも――。

「映画と本ではお話が違う…?」

思い至った結論に私の身体を冷気が一気に走ります。込上がってきた吐き気を抑えながら、私は声を張り上げ、先生を呼びながら駆け出しました。
辺りには夜が降り注き、冷たい風が私の声を攫って何処かへ消してしまうようでした。

「先生! …先生! スネイプ先生!!」

何度も何度も声が枯れそうな勢いで叫び、走ります。

私は知らないのです。ここ以外の場所を。あの記憶の場所が、シーンがどこで行われるのかを、私は知らないのです。
せっかく覚えていても『あのシーン』に立ち会えないのなら意味がないのです。先生が、スネイプ先生が。

「先生!!」

悲痛な声が響き渡ります。がむしゃらに走った足がもつれて転びそうになります。
それでも走ることを止めるわけにはいきませんでした。諦める訳にはいきませんでした。

彼は、彼だけでも救わないと。私が壊れてしまわないように!

そこで私はふといつもとは違うものに視線が向きました。

「木が、止まって…?」

いつもは近づく者を全て振り払う暴れ柳がピタリと止まっていたのです。私は吐き出すような息を短くついて、走りだしていました。
ゆっくりと動き出そうとしている暴れ柳の下をくぐり抜け、私は叫びの屋敷へと続く狭い道を走り抜けました。

そして、見つけた大好きな人。

「スネイプ先生!!」

彼の目の前には、牙を向けるナギニの姿。そしてスネイプ先生はぐったりと背後の壁にもたれ掛かり、口の端から血を零していました。
サァと私の顔が青ざめていきます。再度噛み付こうとするナギニの前に、私は滑り込むように駆け出していました。

「ナギニ、止めてください! ナギニ!!」

咄嗟に牙の前に手を伸ばすと、ナギニの動きが躊躇うかのように止まります。私の手の数センチ離れた先でナギニの毒牙が揺れ動いていました。

「リク、何をする?」

ナギニを止めた私を、ヴォルデモートさんが怪訝そうな、少し苛立った声で聞きます。
スネイプ先生の前にいるナギニを押しのけて、スネイプ先生のすぐ隣に座り込みました。

「スネイプ先生に『ニワトコの杖』の忠誠心は宿っていません。これ以上先生を傷付けないでください」
「退け」
「お断りします」

一歩も動こうとしない私に、ヴォルデモートさんは苛々としている様子でした。ナギニは立ちはだかった私に躊躇って、ヴォルデモートさんの足元まで戻っていました。

「…………」

無言になったヴォルデモートさんに背を向けて私は倒れたスネイプ先生の傍に両膝をついて近寄ります。
血の気が引き、青白いスネイプ先生の顔を見ながら、手を真っ赤にさせて彼の首の出血を抑えようとします。

ですが傷口を押さえてもどくどくと溢れ出てくる赤黒い液体に、恐怖ばかりが募っていきます。

「血が…、止まらない…っ」

どうしよう。どうしよう。どうすれば。
不安が私を襲って涙がこぼれ始めます。私の手にかかる先生の吐息がだんだんゆっくりになっていくのを感じていました。

ヴォルデモートさんの声が静かに空間に響きます。

「リク、来い。これは命令だ」
「『エクスペクト・パトローナム(守護霊よ、来たれ)』!
 誰かここに呼んで下さい。早く!」

ヴォルデモートさんの言葉を一切無視し、叫ぶと私の隣を、以前とは違い、はっきりと牝鹿に姿を変えた守護霊が駆け抜けていきます。ヴォルデモートさんはそれを鬱陶しそうに見つめていました。
そして彼はゆっくりと冷え切った声で確認するかのように私に言葉をかけます。

「……。守護霊は狼と聞いていた」
「変わったんです。私の望むものに。願うものに」

彼を見ないままにそう答えて血塗れの傷口を押さえ続けていると、突然髪を引っ張られ、ヴォルデモートさんを見上げるような体制に無理矢理させられてしまいます。
引っ張られた髪に痛みを覚えていると、ヴォルデモートさんは顔を近づけさせて、リドルくんとそっくりな赤い目を殺気で爛々と輝かせていました。

「お前は俺様が手に入れた。手放す気はない。俺様に従え、リク」

私はヴォルデモートさんのものになったつもりも、なるつもりはありません。
すぐ後ろで今にも息絶えてしまいそうなスネイプ先生を思います。私の思考の中はヴォルデモートさんと話しながらも、スネイプ先生でいっぱいになっていました。

そして痛みに耐えながらゆっくりと言葉を紡ぎます。私の決意を零していきます。

「ヴォルデモートさん…。私の手では、こんな小さな手ではたった1人しか守れないんです。
 たった1人しか選べないのなら――」

1度言葉を区切り、私は赤い目に怒りを刻んでいるヴォルデモートさんを真っ直ぐに見つめました。

「私はスネイプ先生を助けます。
 貴方にはもう、ついていけない」

それは私がヴォルデモートさんを『諦める』言葉でもありました。

ヴォルデモートさんは暫く一切の表情を浮かべずに黙り込んだあと、私の髪を掴んでいた手をゆっくりと離しました。
彼は背を向けて、底冷えするような、4年生の時に初めて会った時のような、酷く冷たい声で私に言葉を零しました。

「……ここでは殺さない。だが、次は殺す。
 ハリー・ポッターの次に」

ヴォルデモートさんも、私と同じように私との決別を告げていました。

彼は確実に、そしてそう遠くない未来に、私を殺すつもりなのでしょう。
彼を裏切ることとなってしまった私を、きっと絶対に許しはしないのでしょう。

ヴォルデモートさんは私にそれだけを言って、分霊箱であるナギニを連れ『姿くらまし』で何処かへといってしまいました。


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