私はヴォルデモートさんが消えた辺りをもう1度見てから、すぐに背を向けて微かな息をしているスネイプ先生の身体に触れました。

自分の手が真紅に染まっていくことに怯えながらも、それ以上に失うことが怖くて必死に傷口を押さえます。震える手で何度も『エスピキー(癒えよ)』を唱えます。
あぁでもナギニの牙にある毒が邪魔して傷口が上手く塞がっていきません。
ぼたぼたと溢れ出す涙が真紅の血に混ざります。嫌です。嫌です。こんなの、さいごは嫌。

「先生…、先生、お願いです、お願いします死なないで」

先生の辛そうな息がゆっくりになり、呼吸の感覚が伸びていきます。

「おいていかないで。
 ついていく、と。言ったじゃないですか、待って…」

私が必死に声をかけた瞬間、スネイプ先生の瞳が微かに開くのが見えました。

先生の震える手が真っ赤に染まった先生の手が私の肩に乗ります。
軽く抱き寄せられる感覚がありましたが、スネイプ先生はそんな力も残されていないようで、ただ単純に腕の重みだけが私に乗せられていました。

スネイプ先生の口が薄く開きます。溢れる言葉を聞き逃さないように、私は先生にさらに近寄ります。
先生は静かに私を抱き寄せながら言葉を零しました。小さな言葉は縋るようでした。

「―――『look at me.』」

その言葉は私を酷く苦しめました。

その言葉は本来ならばハリーに向けた言葉。瞳だけはリリーさんに似ていたというハリーに向けた言葉。

その言葉はリリーさんを最期の最期まで愛したスネイプ先生が、リリーさんに願った言葉。

言葉の衝撃に一瞬息を止めた私は、身体中の力が抜けてぼたぼたと泣き続けていました。

「―――ごめん…、なさい…」

息が詰まりそうな声で謝罪を零すと、先生は苦しそうな表情の中に、さらに悲痛な表情を浮かべました。
私の目は緑ではありません。私はリリーさんではありません。似てすらいません。先生の望むべき人ではないのです。

あぁ、こんなのって、これがお話の結末だなんて。
とてもとても大好きな、大切な人の願いすら、私は叶えることが出来ないだなんて!

泣き声を抑えられず、私は崩れるように先生に寄りかかりました。
私の泣き声が大きくなり、先生の腕の力が強くなったような気がしました。

「リクちゃん!!!」

その時、大声が私を呼びました。リーマスさんの声です。
それは何度も何度も願った声だというのに、今の私にはもうどうだっていいことのように思えました。

スネイプ先生の腕の中で、彼の傷口を押さえながらも呆然と泣きじゃくる私は、先生のローブの隙間から何か真っ白い靄のようなものが入った試験管を見つけました。
ぼたぼたと涙を流していた私は思わず息を止め、それを取ります。これを、これを私はハリーに渡さなくてはいけません。

続けるためにも、繋げるためにも。それが私のやらなくてはいけないこと。

飛び込んできたリーマスさんは、血塗れのスネイプ先生と、先生の血で血塗れの私を見て、驚愕に目を見開いていました。
私は血で真っ赤な手をリーマスさんに少しだけ伸ばして、震える声で助けを求めました。

「…、スネイプ先生を、助けて」

大好きなスネイプ先生を、このまま失いたくない人を。

もしかしたら彼は望まないのかもしれません。彼はリリーさんの元にいきたいのかもしれません。
それでも私は私の我が儘で、壊れそうになる自分を守るためだけに。

消え入りそうな息をしながらも、目を閉じてしまったスネイプ先生の傍で、私も目を閉じます。リーマスさんの悲鳴のような声が遠く聞こえていました。
もしこのまま一緒に眠ることが出来たのなら、それはどんなに嬉しいことでしょう。

ですが私の鼓動は今まで通りに活動を続けていました。生命を維持させようとしていました。

私の鼓動と反して、ゆっくりになっていくスネイプ先生の鼓動を聞きながら、私は気絶するかのように意識を暗転させてしまいました。


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