意識がゆっくりと覚醒すると、私の視界に2つの赤い瞳が浮かんで。
怒りで満ちていたヴォルデモートさんを思い出しながら、私はゆっくりと彼の名前を呼んでいました。
「リドルくん」
「目を、覚ましたか…!」
赤い目をしたリドルくんはそう叫ぶと横になっていた私の身体を強く抱きしめました。
抱きしめてくれるリドルくんの体温を微かに感じながら、私の肩口に顔を埋めるリドルくんの弱々しい声を静かに聞いていました。
「馬鹿。本当に馬鹿なんだから。死んだかと思った」
震える声はいつも自信満々のリドルくんからは考えられなくて、意識を覚醒させながらも戸惑ってしまいます。
そして気絶していた理由を思い出せない私はぼんやりと言葉を零しました。
「私…?」
「ショックが大きかったんだろう。……大丈夫、あの教師は生きてるよ」
言葉を聞くと同時に一気に記憶が鮮明になります。血の海の中でゆっくりと目を閉じてしまったスネイプ先生を思い出して、私は抱きしめてくれるリドルくんの腕の中、必死に周囲を見渡しました。先生は、彼は、スネイプ先生はどこに!?
「本当ですか!? 先生はどこに――」
「あっちで治療を受けてる。生きているといっても今はまだ瀕死に近いからね。
………傍に行くかい?」
優しくリドルくんは私の顔を覗き込んでそう言いました。私は静かにリドルくんを見つめ返してから、きょろきょろと周囲を見渡していたその動きを止め、そしてゆっくりと首を左右に振りました。
「…………先生が…、生きてさえ居てくれれば、それでいいんです…。
今、顔を見たら、きっともう動けなくなってしまいますから」
瀕死の重傷というのならば、私がついていけない場所に今にもいってしまいそうになっているということでしょう。
そんな状態のスネイプ先生を見てしまったら、私は彼の傍に居たくて、一歩も動けなくなってしまうでしょう。
今はまだ、やらなくてはいけないことがあるのですから。動けなくなってしまうわけには行きません。
私はもう1度、悪い考えを振り払うかのように頭を振って、今度は立ち上がります。
リドルくんは私を見上げたあと、私の手を掴んで忠誠を誓うかのようなキスを手の甲に残していきました。
「リクが、そう望むなら」
「リクちゃん」
声が聞こえて、立ち上がった私は視線を声が聞こえた方へと向けました。片膝をついていたリドルくんが私の横で立ち上がって静かに私と同じ方向を見ていました。
「…リーマスさん」
視線の先にはリーマスさんが立っていました。リーマスさんの顔にはこの戦いでついたであろう真新しい傷が残されていて、そこから痛々しい鮮血が流れています。それでも致命傷に至るような怪我はしていませんでした。
私がそこまで確認した瞬間、手を伸ばしたリーマスさんが私の身体を強く抱き寄せました。視界がリーマスさんでいっぱいになります。
久しぶりに香ったチョコレートの香りに私は瞳を閉じて、思わずぎゅうと彼を抱き返しました。彼の身体は恐怖で震えていました。
「リクちゃんが、死んでしまったかと思った。追って、『逝って』しまったかと」
「……心配かけてごめんなさい…」
ずっとずっと、沢山心配していたであろうリーマスさんに小さく言葉を零します。
そしてぎゅうと抱き寄せていた身体から逃れるように、彼の胸元に手を当てて押します。リーマスさんは辛そうに私を見つめていました。
「でも、もう少しだけ…。もう少しだけ待っていてください。
やらなくてはいけないことがあるんです」
救うためにも、変えるためにも。
呟くとリーマスさんは私の腕を掴んだまま、泣き出しそうな顔をしながら首を左右に振っていました。
「リクちゃんがやらなくたっていい。私がやる。リクちゃんはもう…休んで…、セブルスの傍に――、」
「いいや。リクがやらなくてはいけない」
言葉を発したのは黙って私とリーマスさんを見ていたリドルくんでした。言葉を聞いたリーマスさんがリドルくんの蛇のような視線から私を隠すように、身体を引き寄せて私を背に隠します。
リーマスさんのその行動に、リドルくんの眉間に皺が寄ります。それでもリドルくんは何も言わずにじぃとリーマスさんを見つめていました。
「何故?」
酷く硬いリーマスさんの声。リドルくんは真っ直ぐにリーマスさんを見ていました。
「リクならば殺されない。これ以上、他に犠牲者を出したくないのならリクがやるしかない」
「どうして言い切れる? どうしてリクちゃんが殺されないと?」
リーマスさんは私の肩を痛いほど抱き寄せると、リドルくんに向かって悲痛な声で言葉を投げかけていました。
「君も聞いていただろう。ヴォルデモート卿は1時間の猶予を与えた。
それが終わってしまえば、皆殺しにされる。それにリクちゃんが含まれていないという確証はない」
「どういうことです?」
1時間の猶予、とはなんのことでしょう? 私が眠っていた間に動いていたらしき戦況に表情を変えます。先に答えをくれたのはリドルくんでした。
「さっき、もう1度『アイツ』からの言葉がホグワーツ中に届いてね。
兵を1度全て下げる代わりに、1時間以内にハリー・ポッターを差し出すことを要求した。今度違えばホグワーツ内にいる全ての生き物を殺す気だ。
………次は『フェリックス・フェリシス』の効力も切れている頃だろうね」
リドルくんはそういったあと、何故か寂しそうな顔をしました。
彼は自嘲するかのように笑うとリーマスさんから視線を逸らして私を見つめます。
彼の表情は優しげで、でも寂しそうでもありました。
「それでも、『アイツ』はリクを殺さないだろう。…リクを殺せはしないさ」
リドルくんは頑なにそう言います。ヴォルデモートさんは絶対に私を殺せないのだと繰り返し言いました。
「君達はあの『ヴォルデモート卿』がどれだけリクに執着しているかをわかっていない。
リクに残している印を消さないことが何よりもその証拠になっているんだ」
「え? これ…?」
彼の言葉を聞いて私は思わず胸元を抑えます。私の胸元には変わらず闇の印にも似た蛇の紋章が残されています。
闇の印のようなこれは1度も発熱することがなく、ただ私の肌に刻まれていました。リドルくんは微笑みます。
「そう。『ヴォルデモート卿』が本気でリクを殺す気なら、この印をリクから奪う。確実にね。
だから、まだ心配しなくていい。この印がある間は」
それでもリーマスさんは納得していないようでした。簡単に納得出来るものではないのでしょう。
私は、私の肩を引き寄せる傷だらけのリーマスさんの手に触れました。私に視線を向けたリーマスさんに微笑みかけます。
「リーマスさん。私はリドルくんを信じています。
リドルくんが大丈夫と言うなら、絶対に大丈夫なんだと思います」
「………でも」
「必ず帰ります」
言葉を切るようにそう言い切って、私はリーマスさんの腕から逃れます。一瞬だけ追うように伸ばされたリーマスさんの手はゆっくりと下ろされ、見てもわかるぐらいに力強く握り締められていました。
今の私ではどうしてもリーマスさんを安心させることは出来ないでしょう。私が行動を続ける限り、彼は心配を抱え続けるのです。
でも、私は行動を止めることが出来ません。
リーマスさんから視線を逸らして私はリドルくんに向きます。リドルくんは私を慰めるかのように優しく頭を撫でてくださいました。
「……リドルくん、ハリーはどこですか?」
私は気を取り直してリドルくんへとそう聞きます。手には先程スネイプ先生のローブのポケットから見つけた試験管が握られていました。
「あそこ」
リドルくんが指をさす先にはハリーが怪我をした人達を慣れないながらも懸命に治療する姿がありました。
私はリーマスさんをもう1度見つめて、ぺこりと頭を下げてから、ハリーの元へと駆け出しました。後ろをリドルくんがついてきてくださいます。