ハリーが倒れたのは死喰い人達にも理解できましたが、それと同時にヴォルデモートさんも倒れたことは他の誰も理解しきれないようでした。

「我が君…?」

レストレンジさんの困惑した声がかかり、そして次の瞬間にただ立っていた私に杖が向けられていました。

「お前! 何をした!! ポッターは何をしたんだ!」

私は彼女の問いに何も答えませんでした。

ヴォルデモートさんは自分自身の手で、ハリーの中に残っていた自分の分霊箱を破壊してしまったのです。

その衝撃で倒れたヴォルデモートさんが、やがてゆっくりと目を覚まして、身体を起こし始めていました。
その動きに気がついたレストレンジさんが私に杖を向けることも忘れて、すぐさまヴォルデモートさんに寄り添います。

「我が君…、我が君…」
「もうよい」
「我が君、どうか私めに――」
「俺様に手助けは要らぬ」

ヴォルデモートさんの殺気の篭った声に、レストレンジさんが慌てて差し出した手を引っ込めました。

苦しそうにしているヴォルデモートさんの前。
彼の前に近寄って、私はヴォルデモートさんに向かって手を差し伸ばしていました。

「…リク」

私を呼んだヴォルデモートさんの声が震えたような気がしました。
隣のレストレンジさんはかつてないほど殺気の篭った視線で私を見つめていました。

リドルくんと同じ赤い目が私の手と私の顔を行き来するのを見つめて、手が取られるのを待ちます。
ですが、結局ヴォルデモートさんは私の手を取ることなく、むしろ私の手を弾いて1人で立ち上がりました。

じぃと私が立ち上がったヴォルデモートさんを見つめる中、ヴォルデモートさんは私の視線から逃れるように顔を背け、仰向けに倒れたハリーに目を向けました。

「あいつは……、死んだか?
 お前、あいつを調べろ」

ヴォルデモートさんに指名されたのは怯えた表情をしているナルシッサさんでした。
ドラコくんが生きているかどうか心配でたまらないといった感じのナルシッサさんは、恐る恐るといった感じにハリーに近づき、そしてハリーの傍に膝をついて、殆ど覆いかぶさるようにしてハリーを確認していました。

「死んでます!」

やがて響いたナルシッサさんの声に、死喰い人達の歓声が上がりました。

脚を踏み鳴らす死喰い人の輪の中で私だけが静かに周りを見渡していました。
そしてふと視界に映るヴォルデモートさんの顔。彼は本当に嬉しそうな顔をしていました。

「もはや生ある者で俺様を脅かす者は1人もいない! 『クルーシオ(苦しめ)!』」

俯せに倒れていたハリーの身体が跳ね、眼鏡が吹き飛びます。
びくりと肩を震わせた私は、飛ばされていったハリーを見つめていました。

「リク!」

どこか嬉しそうな声が私の名前を呼びました。

ヴォルデモートさんは爛々と輝く赤い瞳を私に向けながら、ニワトコの杖を持った手とは反対の手を私に差し出しました。

「考えを改める気は?」

彼は差し出した手を取ることを私に望んでいました。
ですが、私は小さく首を左右に振ります。もう、ヴォルデモートさんの手を取ることは私にはできないのです。

「ありませんよ。…淋しいですけれど」
「随分と余裕だな」

手を取ることを拒否していた私のすぐ目の前、ヴォルデモートさんが近寄ってきていて、私の手を握りました。
ぎゅうと離すまいとするかのように私に手を握るヴォルデモートさんから視線を逸らすことが出来ずに、見上げていると彼は満足そうな笑みを浮かべていました。

「まだポッターが勝てるとでも?
 死体となったポッターが、この俺様に勝てるとでも?」
「ヴォルデモートさんも、1度死んで生き返りました」
「ポッターにあの術が使えるものか」

彼は鼻で笑うと私の手を握ったまま、森の外にあるホグワーツの方角へと顔を向けました。私は彼の横顔に声をかけます。

「私もここで殺すのですか?」
「………」

握っていた手が一瞬だけ震えた気がしました。ゆっくりと視線が私に向けられて、ヴォルデモートさんの目の端にほんの僅かに恐怖にも似た色を見た気がしました。

「…『インカーセラス(縛れ)』」

数瞬黙ったヴォルデモートさんは杖先を私に向けて、繋いでいた手を離し、両手を縄でぐるぐるに縛ってしまいました。
ヴォルデモートさんの顔が近づいて、私に耳元に口を寄せて低く低く囁き出しました。

「貴様の父親がまだ生き残っているはずだ。父親の前で殺してやる。苦しめて苦しめて最後にバラバラに引き裂いて…セブルスの隣に並べてやる」
「……。貴方の自由に」

彼の声が何故か怯えているかのように聞こえて、私は思わず自分から手を伸ばしてしまいそうになります。
その手は、キツく縛られていて動かすことは出来なかったのですけれども。

ヴォルデモートさんは私から離れてハリーを見たあと、次にぼたぼたと泣いているハグリッドさんに視線を向けました。

「ハグリッド。貴様が運べ。貴様の腕の中なら嫌でもよく見えるというものだ…。
 …ルシウス、リクを引け。まだ、傷を付けるなよ」

両手を縛った縄の先がヴォルデモートさんから、マルフォイさんに移ります。彼もナルシッサさんと同じくドラコくんの安否を心配してどこか虚ろに頷くだけでした。

ヴォルデモートさんの掛け声と共にホグワーツに向かって歩きだした死喰い人達。私も縄に引かれるままについて歩いていると、やがて吸魂鬼が沢山漂っている森の境界線あたりにまで出てきました。

森を抜けて、ホグワーツの校庭が見えたあたりでヴォルデモートさんがハグリッドさんの前にたちました。
魔法で拡張された声がホグワーツに残った生徒や先生達の元に届きます。

「ハリー・ポッターは死んだ」

声を聞いて、ホグワーツの中から恐る恐るといった風に、信じられないとでもいうように人影がまばらに現れてきました。

「お前達の英雄が死んだことの証に、死骸を持ってきてやったぞ」

得意げなヴォルデモートさんの声、そしてホグワーツから飛び出してきたジニーちゃんがハグリッドさんの腕の中にいるハリーの姿を見つけました。

「ハリー!!」

悲痛な声が空間に響き渡ります。ロンやハーマイオニーもハリーを見て、息をのんでハリーに必死に声をかけていました。
3人の声が引き金となって、ホグワーツにいた生存者達が一斉に死喰い人達を罵倒する叫び声をあげました。

「リクちゃん…!」

そんな中でハリーを呼ぶ声とは別に、私を呼ぶ声がしました。ヴォルデモートさんの視線も忌々しそうにそちらに向きます。
そこには悲痛そうな顔をするリーマスさんの姿がありました。私はリーマスさんに視線を向け、そして小さく首を左右に振りました。今は、今はいけません。

「黙れ!!」

全ての声をかき消すようにヴォルデモートさんが叫び、空間にいた全員が一気に沈黙させられました。

「終わったのだ!! ハリー・ポッターは死んだ。
 こやつは城の校庭から逃げ出そうとするところを殺された。自分だけが助かろうとして殺されたのだ…」

ヴォルデモートさんは自分自身のつく嘘を心底楽しんでいるようでした。

その時、突然叫び声とともにバーンと空間に爆発するような音が聞こえて、次にいくつかの閃光が走りました。

見ると、ロングボトムくんが数人の死喰い人に取り押さえられて地面に伏せていました。
ヴォルデモートさんはそれが誰かわかると心底楽しそうにロングボトムくんのすぐそばに向かいました。

彼はにやりと笑うと、杖をどこか遠くに向けました。するとホグワーツの窓のひとつから何かが飛んでこちらにやってきます。それは、だらりと垂れ下がった組み分け帽子でした。

「ホグワーツに組み分けはいらなくなる。
 4つの寮はなくなり、我が高貴なる祖先であるサラザール・スリザリンの紋章、盾、そして旗があれば十分だ。
 そうだろう? ネビル・ロングボトム」

嘲るようにそう言ったヴォルデモートさんがロングボトムくんの頭に、組み分け帽子を乗せます。死喰い人達の嘲笑の声が響きました。

「ネビルがいまここで、愚かにも俺様に逆らい続けるとどうなるかを、見せてくれるわ」

組み分け帽子で視界を遮られ、『金縛りの術』をかけられるロングボトムくん。
そしてヴォルデモートさんが軽く杖を振るうと、途端に組み分け帽子が燃え上がり、悲鳴が空気を引き裂きました。ロングボトムくんは動くことも出来ずにそのまま炎に包まれていきます。


prev  next

- 254 / 281 -
back