目の前に突如として現れたヴォルデモートさん。私は彼を泣きながら見上げます。
ヴォルデモートさんは私を見下ろしたあと動きを止めました。彼は台風の目のように戦いの中で静かに佇んでいるだけでした。

「ヴォルデモートさん」

先に声をかけたのは私でした。

「リドルくんが死んでしまったんです」

言葉にするとそれはとっても恐ろしいことで、目からはさらに涙が溢れ出してきます。
何度拭っても溢れ出てくる涙を抑えることが出来なくて、戦場の中だというのに俯いてしまいます。

「私のこと、ずっとずっと守っていてくれていたんです」
「だが消滅した。魔力を使いすぎなければ存在していられたものを」

ヴォルデモートさんはなんのことでもないというように静かにそう言いました。
嗚咽をこらえながら俯いていると、突然バチンと何かの弾ける音がして私はバッと顔をあげます。私の背後の方で、死喰い人の1人が飛ばされていくのが一瞬だけ見えました。

目の前で杖を構えるヴォルデモートさんが見え、彼が私を守ってくださったことに気がつきます。
杖を振るったヴォルデモートさんは無表情のまま、涙を零している私を見下ろすだけでした。

ヴォルデモートさんは上げていた杖先をゆっくりと降ろして、私に視線を向けました。私は彼から逸らすように視線を下げて、瞳を閉じました。そして静かに頭を下げました。

「ごめんなさい…。
 友達になってくださいって言ったのは私なのに」

暖炉の前、動けない彼と幽霊みたいだった私。2人しかいなくて、それでいてゆったりとした時間。
ヴォルデモートさんがあの時、何を思っていたのか、全てを理解することができません。それでも、私は、私はあの空間がとっても好きでした。

頭を下げて瞳を閉じていた私は、ゆっくりと頭をあげて、真っ直ぐに杖先をヴォルデモートさんに向けました。ヴォルデモートさんは、そんなはずはないのに、私の向ける杖先に怯えた表情をした気がしました。
ですが、次の瞬間にはヴォルデモートさんも下げていた杖先を私に向けていました。

「結局、貴様は俺様の物にはならなかったというのに。意味など、無い」

そう言うと私がなんの呪文を唱えるよりも素早く、彼は『磔の呪文』を唱えていました。闇の帝王の前に為す術もなく『磔の呪文』が胸に当たる私。
息が詰まってしまったかのように呼吸が止まった一瞬。胸元の『印』が一瞬だけ発熱下かと思うと、私に当たった呪文がそのままヴォルデモートさんに跳ね返るのが見えました。

「ヴォルデモートさん!?」

彼は何故か私の胸にかけられた『印』の呪文を解かずに、『磔の呪文』を唱えたようで、無表情だった顔の端に苦痛を見せました。
駆け寄ろうとした私の足元に赤い閃光が飛んできます。ヴォルデモートさんはそのまま何も言わないまま、黒い霞となって私をおいて行ってしまいました。

数瞬立ち止まっていた私でしたが、すぐに黒い霞が飛んでいった方へ走っていきます。ヴォルデモートさんは再びホグワーツの校庭に向かっているようでした。

そしてようやく私が校庭に辿りついた時、そこにはヴォルデモートさんとハリーが向き合って立っていました。
周囲には生徒や先生方、ケンタウロスや巨人、しもべ妖精達がいましたが、その全てが黙って、ゆっくりと円と描くように等距離を保っている2人を見守っていました。

「誰も手を出さないでくれ」

沢山の視線の中心で、ハリーがそう声を張り上げました。

「こうでなければならない。僕でなければならないんだ」

ハリーは静かにそう言って、ヴォルデモートさんに杖を向けます。ヴォルデモートさんも同時にハリーに向かって杖を上げていました。ハリーが言葉を続けます。

「分霊箱はもうない。残っているのはお前と僕だけだ。
 『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』2人のうちどちらかが永遠に去ることになる…」
「どちらかが、だと?
勝つのは自分だと考えているのだろうな?
 そうだろう、偶然生き残った男の子」
「偶然? 母が僕を救うために死んだ時のことが、偶然だというのか?
 今夜、身も守ろうともしなかった僕がまだこうして生きていて、再び戦うために戻ってきたことが偶然だというのか?」
「偶然だ!」

声が空間に響き渡り、肩が震えます。2人の間には緊張感が走っていて他人が入り込む隙間がなく、私は黙って2人を見つめていることしか出来ませんでした。

「偶然だ。たまたまに過ぎぬ。お前は、お前の身代わりに自分よりも偉大な者達を俺様に殺させたのだ」
「お前はもう決して誰も殺すことは出来ない。
 トム・リドル。僕はお前が知らないことを知っている」「また愛か?
ダンブルドアお気に入りの解決法、愛。それがいつでも死に打ち克つと奴はいった。
 だが、愛は奴が塔から落下して、古い蝋細工のように壊れるのを阻止しなかったではないか?
 さぁ、俺様が攻撃すれば、今度は何がお前の死を防ぐというのだ?」
「1つだけある」

その時、突如、2人の間に茜色と金色の光が差し込みました。真夜中に始まった戦争。長く続いた戦いに朝日が差し込んだのです。

「『アバダ・ケダブラ』!」
「『エクスペリアームズ(武器よ、去れ)』!」

光が差したと同時に放たれた2つの呪文は、ぶつかり合って辺りに大砲のような轟音を巻き起こしました。
ヴォルデモートさんとハリーの間、ちょうど中央辺りに炎が吹き出したかのように呪文がぶつかり合い、そして跳ね返った緑の閃光がヴォルデモートさんに向かうのが見えました。

高々と舞い上がったニワトコの杖は弧を描いてハリーの元に向かい、ハリーは空いている方の手で素早くニワトコの杖を手にしました。
それの反対側で、ヴォルデモートさんは両腕を広げて仰け反り、真っ赤な目をゆっくりと閉じて地面に倒れていきました。

ヴォルデモート卿は身動き1つせず、ありふれた最期を迎えていました。

張り詰めていた糸が切れたかのように、一瞬の沈黙のあと、爆発するかのような歓声が巻き起こりました。
沢山の人がハリーに駆け寄り、次々に言葉をかけていきます。ですが私の意識は倒れたままのヴォルデモートさんに注がれていました。

「ヴォルデモートさ、」
「リクちゃん」

彼の名前を呼んで駆け出そうとした私を、後ろから優しく抱きしめて止める声がありました。

「リクちゃんは、もう『そっち側』じゃない」

リーマスさんは私を強く抱きしめたまま、そう囁きました。私を抱きしめて下さるリーマスさんの腕に触れて、私は1度目を閉じます。

「…すこし、だけ」

そう囁いた私はリーマスさんの腕から離れ、ヴォルデモートさんの元に駆け寄ります。

倒れているヴォルデモートさんはいつもの力強さがなく、弱々しく仰向けに倒れていました。
その彼のすぐ隣に両膝を付いて、私は顔を覗き込みます。滲んできた涙がぽたりと地面に落ちました。

言葉には出来ない謝罪を心の中で告げて、私は彼の冷たくなっていった手をぎゅうと握ってから、手を戻し、立ち上がりました。

振り返ると心配そうな顔をするリーマスさんが私を待っていました。その先にはトンクスさんの姿も見えます。

「リクちゃん、一緒に帰ろう」
「そうよ。テディが待ってるわ」

私のお父さんとお母さんが肩を寄せ合いながら、私を待っていてくださっていました。

息が詰まりそうな想いに溢れながらも、私は歩き出して2人に手を伸ばしました。
リーマスさんとトンクスさんは私を間にいれて、手を繋いでくださいます。
涙が溢れて止まらない私を挟んで、2人は仕方ないとでもいう風に笑っていました。


戦いは終わったのです。


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