「ごめんね、リクちゃん。もう少し散歩してくればよかったね」

困ったようにそう言うリーマスさんに、ふるると首を左右に振って、微笑み返しました。
ですが、この場に杖があればすぐにでも決闘を始めそうなシリウスとスネイプ先生を見て、微笑みも苦笑に変わりました。

「ですが、部屋割りは本当に考えた方がいいかもしれません」
「そうかも」

私とリーマスさんで苦笑をこぼしていると、スネイプ先生は呆れたように短く溜息をついて、言葉を零しました。

「相変わらずだな」
「?」
「親子仲がよろしいことで」

首を傾げて先生を見上げると、スネイプ先生は呆れた表情のままそう言いました。
リーマスさんと親子だと言われることも、そして仲が良いといいと言われることも嬉しくて私は頬を緩ませて、にっこりと笑いかけます。

スネイプ先生ににこにこと笑いかけているのが嫌だったのか、シリウスが苛々とした様子でスネイプ先生のベッドに腰掛ける私に向かって手を差し出しました。

「リク。近いと匂いが移る。こっちに来い」

シリウスの言い方にスネイプ先生がムッとします。そんな先生をちらりと見て、私はふふと笑ってからスネイプ先生に寄り添うように身体を預けました。驚く先生ですが、寄り添った私の肩を支えるように軽く抱きしめてくださいました。

「シリウス。私はこちらがいいです」

先程言えなかった言葉を、私は微笑みながら口にしていました。

「私はスネイプ先生が大好きですから」

時が止まったかのように思えました。私はにっこりと微笑みを浮かべて、隣のスネイプ先生だけを見つめていました。
驚いた表情をするスネイプ先生が、1度だけ目を閉じて、次には真剣な顔をして私を見つめていました。

「…きっと後悔をする」
「しませんよ」

静かな言葉を私はすぐに否定しました。そして微笑んだまま、私はスネイプ先生の手をぎゅうと握りました。

「私は貴方と離れるという選択をした方が後悔すると思います」

私が子供だから。先生とは釣り合わないだとか。
私が生徒だから。先生とは恋をしてはいけないだとか。

先生は今もリリーさんが好きかもしれない。だとか。

考えてしまうことは沢山あります。それでも私はスネイプ先生と一緒にいたいし、私はスネイプ先生を好きでいたいのです。

私がいろんなことを考える中、ゆっくりとスネイプ先生の手が私の頭に伸びてきて、彼は本当に優しく撫でてくださいました。
そして彼は私を引き寄せるようにして私の額にキスを落としてくださいました。

驚きとともに身体中に幸せが満ちていきます。溢れそうになる涙をただ堪えて、私はにっこりと満面の笑みを浮かべました。

「父親の前で大胆だね」

笑顔を若干固くさせたリーマスさんがそう私達に言葉をかけました。
はたと気が付いて顔を真っ赤に染める私の横、スネイプ先生はぎゅうと私の手を握っていました。

「…。子離れする時ですな」

そしてそう言葉を返したスネイプ先生はいつもの意地悪な先生でした。

「喧嘩しちゃ駄目ですからね〜」

顔を赤らめていた私も思わずクスクスと笑みが零します。
リーマスさんは肩をすくめて諦めるかのような溜息をついてから、一言も話すことなく固まっているシリウスへと声をかけました。

「シリウス。もう1回歩きに行くよ」
「は? え? 今? 嘘だろ、ムーニー」

スイッチが入ったように、それでも一気に混乱の言葉を零すシリウスを、リーマスさんがほぼ強制的に立たせて笑います。

「本当だよ、パッドフット。ずっと寝ていたんだ。歩いて慣れないと。
 ほら行くよ」

腕を引っ張るようにして扉に向かうリーマスさんに、思わずリーマスさんの名前を呼びかけました。
立ち止まったリーマスさんに、私は飛び込むように抱きつきました。驚いた顔のリーマスさんでしたが、すぐに包むように抱きしめ返してくださいます。

「良かったね。リクちゃん」

囁かれた言葉に私は何も言えなくなって、コクンコクンと何度も頷きます。私はリーマスさんを抱きしめながら、仏頂面でスネイプ先生を睨んでいるシリウスに腕を伸ばしました。

「シリウスも」

傍に来てくれるようにと名前を呼ぶと、シリウスはやっとスネイプ先生から視線を逸らして、すすすと私の腕の中に顔を寄せてくださいました。
リーマスさんとシリウスを2人いっぺんに抱きしめて、私は笑みを浮かべます。シリウスが私の頭を乱暴に撫でながら、微笑みました。

「やなことあったらすぐ言えよ」
「ふふ。嫌な事があったら、ですからね」

笑い返すと、シリウスはニヤリと笑って、次にリーマスさんの肩を軽く叩きました。リーマスさんは短く頷いてぽんぽんと優しく私の背中を撫でてから離れます。

病室から出て行くリーマスさんとシリウスを見送って、私はまたスネイプ先生がいるベッドの淵に腰をかけました。再び訪れた2人きりの空間。スネイプ先生は少しぎこちない様子で私と手を繋いでくださいました。
私はその手を、安堵を浮かべながら見つめて、そして少し意地悪な笑みを浮かべてからスネイプ先生と視線を合わせました。

「…それで、先生。お返事は?」
「……我輩の先程の行為は肯定の意味として受け取られなかったのだろうか」

ふいと顔を逸らして聞こえないふりをすると、スネイプ先生は何も言わないながらも、確かに「生意気」だとでも言うような視線を私に向けました。
私は微笑みを浮かべてスネイプ先生からの言葉を待ちます。暫く見つめていると、先生は少しだけ視線を外してゆっくりと話しだしました。

「…我輩が退院したら君を自宅へ招待しよう。
 君が茶葉を選んで、我輩が淹れて。それで…、その、2人で、暮らそう」

最後の言葉はスネイプ先生らしかぬ戸惑いつつの言葉でした。それでも嬉しさが身体中から溢れ出て、私はにっこりと満面の笑みを浮かべて、真正面からスネイプ先生を抱きしめました。
一瞬驚いたスネイプ先生もすぐに私を抱きしめ返してくださります。暖かいぬくもりが全身に伝わって来るようでした。

「それは素敵ですね。とっても。とっても」

私には未来はもうわかりません。もしかしたら私達に未来はもうないのかもしれません。

ですが、今は幸福で。私の脳裏には2人で過ごす幸せな日々が浮かんでいました。そしてきっとスネイプ先生の脳裏にも。
不思議と不安はなく、私達の間にはただ単純に平和な時間だけが流れていました。

これからは私の物語が、今度は先の見えない私達の物語が続いていくのです。

私と、スネイプ先生と2人で。


(狼さんの娘は7年生(the Deathly Hallows.))


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