シリウス・ブラック。

マグルを巻き添えにしながらも親友を殺害したとし、投獄され、そしてアズカバンを脱獄した指名手配中の犯罪者。

そんな彼は民間人の家の中で、そしてまだ10代の少女の前でジャパニーズ・正座をさせられていた。

誰に? それは少女の父親に、だ。

「シリウス? 反省してくれた?
 3年間もリクちゃんの身を危険に晒していたのはわかった?」
「わかった。わかったからリーマス、足がそろそろ辛いんだが!」

リクは幽体離脱をし、アズカバンにいたシリウスと会っていた。
その3年の期間にリクの魂は剥がれてしまうかもしれなかったのだ。

知らなかったとはいえ、親であるリーマスには許しがたい事実。

にっこり微笑むリーマスはシリウスを見ていた。
その目ははっきり言って全く笑ってはいない。

ソファに座ったリクが困ったようにシリウスとリーマスを交互に見てオロオロとしている。
シリウスという友人に対してフォローをいれようとリクはリーマスに振り返った。

「あの、リーマスさん、シリウスは悪くないです…。
 私が我が儘言ったも同然ですし…。
 ほら、薬も調合していただきましたし、ちゃんと治りますから」

そう言ってリクはオロオロと狼狽えつつ、怒っているリーマスを宥めようとした。
最愛の娘の願いに、リーマスも怒りを自然と落ち着かせていく。

「………んー、そう…。リクちゃんがそういうなら」

溜め息をついたリーマスがシリウスを再び見る。

ほっとしたシリウスが足を伸ばして、ぷるぷると震えていた。

「足、なにこれ、痛い! びりびりするんだが! ジャパン怖!」
「足が痺れているんですね…。暫くしたら治りますよ」

リクが苦笑を零す。そしてシリウスの側に寄り、にっこりとシリウスに笑みを見せた。

「でもシリウスが無事に吸魂鬼から逃げられて良かったです。
 何日くらいここにいれるんですか?」
「長い時間はいれない。南に行こうと思ってるし」
「いいですねぇ。吸魂鬼も太陽には弱そうですね」
「だろ?」
「出来るだけゆっくりしていきなよ、シリウス」

リーマスが親友に笑いかける。シリウスも笑顔を浮かべた。

「じゃあご飯支度をするね」と立ち上がるリーマス。
リーマスがキッチンに向かったのを見て、リクはコソコソとシリウスに囁く。

「リーマスさんって怒ったら怖いんですね」
「……リク、あいつが本気で怒ったらまだ怖いぞ」
「えー? リーマスさんは優しいですもん」

ほわほわと笑うリクにシリウスは表情を険しくした。


†††


「リーマスさん、お手伝いしますね」
「じゃあ、こっちお願いね」
「はい」

2人がキッチンに並んでいるのを、シリウスは後ろ側にあるソファに座り、眺めていた。

「リーマスがハリーと同い年の子供がいるなんてなぁ」

しみじみと呟くシリウスにリーマスは微笑みを浮かべる。
年月というものを感じているのかも知れない。

2人はもう亡くなってしまった親友の事を思い出す。

「ジェームズは絶対親バカにはならないって言っていたっけ?」
「実際はハリーにべったりだったけどな」
「私もジェームズみたいにはならないよ。と思っていたけれど」
 
1度言葉を区切り、隣の愛娘を見るリーマス。
リクはその視線に気が付き、少し頬を染めてはにかんだ。

リーマスは笑顔。

「自分の娘、可愛すぎる」
「おーい、戻ってこーい、ムーニー」

苦笑を零すシリウス。リクは恥ずかしそうに微笑んでテーブルにシェパーズ・パイを運んでいた。

「私もリーマスさんが好きですよー」
「うん」
「……あぁ、なにこの親子」

にっこり微笑んでリクの額にキスするリーマスに、苦笑だったシリウスに呆れた表情が混じる。

そして放っておくことに決めたシリウスは運ばれてきた料理に目を輝かせた。
久しぶりの晩餐でもある訳だし、嬉しそうにナイフに手を伸ばした。

リーマスは窓から庭に繋いでいる筈のバックビークを見る。
この深い森の中なら、庭にバックビークがいても誰にも気が付かれない。

バックビークもお腹を空かせているだろう。

「私、バックビークに肉持っていくから。リクちゃんとシリウスは先に食べてて」
「はーい」

リクは返事をしてシリウスの隣の席に座る。いつものように「いただきます」と挨拶してからスープに手を伸ばしていた。

リーマス不在の短い間、シリウスはリクと話していた。
アズカバンで過ごしていた時と同じようにたわいなく、だが笑みを零しながら。

戻ってきたリーマスが食事に加わり、賑やかに話が進んでいく。

だが、リーマスにはリクは普段リーマスと話しているよりもワクワクとしているように見えた。
シリウスは呼び捨てである訳だし。

ムス。

(リクちゃんは、私の娘なのに)

段々と不機嫌になるリーマス。

仲の良さそうな親友と娘を見つつ、自分の中で何かムカムカとするものが生まれているのに気付かないでいた。

「それでどうなったんですか?」

学生時代の悪戯の話をするシリウス。リクはクスクスと笑いながら、目を輝かせながらシリウスに見ている。
シリウスも懐かしい話に表情を輝かせている。

突然。ガシャンと乱暴にナイフが置かれる音がした。リーマスだ。

青白くなるシリウスの表情。リクは首を傾げつつ、様子の変わったリーマスを不安そうに見つめた。

「り、リーマスさん?」
「………」
「あの、どうしました…?」
「別に」

立ち上がってリビングから去るリーマスを、リクはじいと見つめていた。
部屋からいなくなってしまったリーマスに、リクの表情にだんだんと悲しみが生まれていく。

「し、シリウス…。私、リーマスさんに何を…」
「…………多分、俺にも非はある」
「?」

目元を軽く擦ってから首を傾げるリク。
少しの間、青白い顔のシリウスを見つめていたが、リクもナイフをテーブルに置いた。

「私、リーマスさんを見てきますね。理由を聞いて、謝ってきます」
「……アー、俺は?」
「ご飯食べてて下さい」

たったったっと小走りで階段を上がっていくリク。
残されたシリウスはポツンとフォークを口にくわえていた。

「…今、俺が行っても駄目だよなぁ…」

そう、ひとりごちながら。


†††


「リーマスさん」

部屋の扉をゆっくりと開けて、リクは顔を覗かせる。窓辺に置かれたソファに座っていたリーマスに近づき、リクは不安そうにしながらリーマスのすぐ横に座った。

「リーマスさん? あの、ごめんなさい…」
「………リクちゃんは悪くないよ」
「わ」

むぎゅと抱きしめられたリクがリーマスの胸元に顔を沈めながら、自分からも腕を伸ばしてリーマスを抱きしめた。

リクのその体温は冷たく、リーマスは彼女を抱きしめながら思わず微笑みを浮かべた。

「リクちゃん冷たい。寒くないの?」
「リーマスさんがあったかいんですよー」
「あー、私の娘が可愛い」

ぎゅうと抱きしめて、リーマスは満足そうに微笑んだ。
少しだけ体を離して、彼はリクの顔を見る。

「ねぇ、リクちゃんにとって私は何?」
「リーマスさんは」

にっこりと笑うリクにリーマスも微笑みを浮かべた。

「リーマスさんは私のお父さんですから」


†††


「お、おかえりー」
「シリウス? リクちゃんとシリウスは『友達』だよね?」
「そうだって。リーマス、怖い顔すんなって」
「仲良しさんですねぇ。リーマスさんとシリウスは」


(君の笑顔で)

私の怒りも吹き飛んでしまうんだ。


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