目を開けると昨日も見た牢屋の中で、私の心臓がばくばくと音を鳴らしていました。

「キミ…昨日の…!」

掠れた声に振り返ると、昨日と同じ姿で彼はいました。

「シリウス・ブラックさん……?」
「リク、だったよな…?」

私の夢ではないのでしょうか。

でも私は確かにベットで、眠って、でも気付いたらここに…。

びっくりしながらも私はブラックさんに近付いてみました。手を伸ばしてみます。

「…!」

私の手はブラックさんの頬に触れることなくすり抜けていきました。
逆にブラックさんが私の肩を掴もうとしても空を切るばかりです。

すれ違う瞬間のみ、私が半透明になるのが見えました。

「どういうことだ…? リク、お前、何処から? ゴースト?」
「私にもわからないんです。私、確かに今ホグワーツにいて…、寮で寝ている筈なのに」

2人、首を傾げます。

ですがブラックさんがぺたんと座ったので、私もお隣に座ることにしました。
触れ合えはしませんが、私は相変わらず牢屋の寒さが伝わってきます。

私達に会話はありません。私は何も話すことはありませんでしたし、ブラックさんもないはずでしたから。

暫く2人、黙ったままいるとブラックさんがゆっくり口を開きました。

「人に会うなんて久しぶりかな…」

相変わらず声は掠れています。
でもそれはきっと長い間、誰かとお話する機会がなかったからでしょう。

私はそんなブラックさんを見て、少し笑いかけました。

「触ったりは出来ませんが、お話なら出来ますよ」
「あぁ、そうだな…。助かる。
 ここは…黙っていたら気が狂う」

冷たく暗い牢屋。月の明かりだけが微かに入り込んできます。

入り口の方に意識を向けると、サラサラと何かが滑るような音が聞こえます。

「…あの音は何ですか?」
「吸魂鬼だ。あいつらは人の幸福を奪う。
 ……いつもはもっと近いんだが…、今日はこないな」

サラサラと音だけが聞こえますが、姿は見えません。
でもその音が不気味で私は少しブラックさんに寄りました。

また無言が広がります。

もしかしたら話したいことが私にも、彼にも沢山あるのかも知れませんが、言葉が出てきません。

特に私が話すと余計なことまで話してしまいそうです。
物語に変化をきたしてしまいそうで、怖かったのです。

だって、彼はこの監獄から出ても。

「あー、…また明日も来れるか?」
「え?」

ブラックさんは困ったように、真っ直ぐ前だけを、監獄の鉄格子を見たまま聞きました。

「もう、俺は10年もここにいる。
 10年は人と話すことがなかったんだ。
 ……話し相手が欲しい、んだ」

ブラックさんは前だけを見たままでしたが、凄く、酷く寂しそうでした。

ここには何もありません。

そんな所に10年もいたら、私はきっと寂しくて死んでしまうでしょう。

私はブラックさんの腕にそっと自分の掌を乗せました。
触れられはしませんが、こうしたかったのです。

「もちろん。私なんかでよければ。
 私の意思でここに来れるなら毎晩でも」

ブラックさんが振り返って、初めて私に小さな笑顔を見せてくれました。
私も満面の笑顔を浮かべて、彼と触れられない握手をしました。

「シリウス・ブラックだ。
 シリウスでいい。家名は好きじゃあないんだ」
「……ではシリウスさん、あの、リーマス・ルーピンって知っていますか…?」

私はリーマスさんの名前を出しました。
シリウスさんの表情がパッと変わります。心なしかとっても嬉しそうです。

「リーマス! リクの家名も確かルーピンだったよな…?」
「あ、あの、私、今リーマスさんと暮らしているんです。リーマスさんに養子縁組をして貰って…」

私がそういうとシリウスさんは驚いているようで、私は少し得意げにニヤッと笑ってみました。

「じゃあ、リーマスの娘になるのか…」
「はい。
 …あと、実は前に1度だけリーマスさんの学生の時の写真を見せて貰ったことがあるんです。
 ……だから、本当はシリウスさんだと知っていました。ごめんなさい」
「そうだったのか。いや、よかったよ。
 リーマスは元気なのか?」
「はい! いつも私によくしてくれてて、優しいんです」
「はは。ムーニーはいつでも優しいさ。チョコを切らして苛々してなければね」

ふふ。と笑うとシリウスさんも笑ってくれた。
懐かしむようなシリウスさんも凄く、楽しそうです。

「一緒に住んでるってことはリーマスの事は知ってるよな?」
「ふわふわした小さな問題?」
「そう。月に一回のリーマスの日だ」

それからも私とシリウスさんは朝が来るまで色んな話をしていました。
シリウスさんが真っ黒い大きな犬になれるのも見せてもらったし、私が今、ハリーくんと一緒の寮だということも教えました。

シリウスさんとのお話は楽しくて、ただただ、たわいのないお話を続けました。

私がいると何故か吸魂鬼が近寄って来ないとシリウスさんが喜んで言っていました。

牢屋の外に、日差しが見えてきて私は『私の身体』が起きようとしているのに気が付きました。

「シリウスさん、また夜に来ます」
「あぁ、待ってる」

私が立ち上がり、シリウスさんを見ると、シリウスさんは少しだけ淋しそうに笑っていました。

ゆっくりと目を『開けよう』とする時に、もう1度シリウスさんの声が聞こえました。

「おはよう、リク」


†††


朝でした。

隣のベットではハーマイオニーちゃんがまだ眠っていましたし、何人かは起きて着替えを始めていました。

夢。夢のように思えますが、絶対に夢なんかではありません。
シリウスさんと仲良くすることが出来ました。

でも、きっとリーマスさんに言えば心配される事とわかっていたので、(だって軽い幽体離脱です)この夢のことは誰にも話さずに、私とシリウスさんだけの秘密にする事にしました。

ハーマイオニーちゃんの所から彼女の声が聞こえてきました。

「リク…? おはよう」
「おはようございます。ハーマイオニーちゃん。
 ハーマイオニーちゃんも、いい夢見ましたか?」


prev  next

- 9 / 281 -
back