リドルくんは愛想よく、そして可愛らしく首を傾げてハリーを見ました。

「何故、これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、ヴォルデモード卿の力を打ち砕いた?
 君の方は、たった1つの傷痕だけで逃れたのは何故?」
「……僕が何故逃れたのか、どうして君が気にするんだ?
 ヴォルデモード卿は君よりあとに出てきた人だろう?」

ハリーの問いに、リドルくんは、ハリーの杖を使って空中に文字を描きました。

『TOM MARVOLO RIDDLE (トム・マールヴォロ・リドル)』

文字の並び順が変わりました。

『I AM VOLDEMORT (私はヴォルデモード卿)』

ハリーの息を飲む音が聞こえました。

「僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや魔法界のすべてが口にすることを恐れる名前を。
 僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」

両手を広げて、高笑いをするリドルくんに恐怖を覚えていると、しばらくしてハリーが口を開きました。

「違うな」
「何が?」

切り返したリドルくん。ハリーは息を荒げていました。

「君は世界一偉大な魔法使いじゃない。
 世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ」
「ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによってこの城からいなくなった!」
「ダンブルドアは君の思っているほど、遠くに行ってはいないぞ!!」

その時、どこからともなく歌が聞こえてきました。

白鳥ほどの大きな、真っ赤な鳥。
ダンブルドアの不死鳥、フォークスです!

リドルくんの表情が凍りつきました。
ずしりとハリーの肩に止まるフォークスに、私はリドルくんとハリーの顔を見比べます。

そして、リドルくんはハリーの手に落ちた継ぎ接ぎだらけの帽子を見ました。

「不死鳥と、古い『組分け帽子』だ」

リドルくんがまた高く笑いました。笑い終えたときにリドルくんはハリーにいいます。

「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか! さぞかし心強いだろう? もう安心だと思うか?」

笑うリドルくんは私の方を見て、私の手を引きました。いきなりのことによろけた私がリドルくん腕の中に収まりました。
ハリーが怒りの声をあげる前に微笑んだリドルくんが先に話し出しました。

「さてハリー・ポッター。お手合わせ願おうか」

リドルくんが石像を見上げ、シューシューという声を零しました。私にはわかりませんがヘビ語です。

何か黒いものが石像の口の中でうごめいているのが見えました。
その先を見る前に、私の目をリドルくんの手が抑えました。
びっくりした私はリドルくんの腕を軽く叩きます。

「リドルくん、ハリーが」
「リクがバジリスクの目を見たら、死んでしまう。大人しくしてなよ」
「でもハリーくんが危ないんです!」

叫ぶとリドルくんの腕か少しだけ緩みました。その隙に私はリドルくんの腕から逃げ出しました。

「リク!」
「フェイン、お願い一緒に!」

確かに怖かったです。死んでしまうかもだなんて、リーマスさんに会えなくなってしまうかもだなんて。

でも、ハリーが痛い思いをしているのも私は嫌だったのです。

リドルくんを振り切った私はフェインを肩に乗せ、ハリーの身体を突き飛ばした大きなヘビを見ました。
壁に打ち付けられた様子のハリーの前に出て、私は両手を広げました。

真っ直ぐにバジリスクの瞳を見てしまいました。
金色の爬虫類の丸い瞳。私の息がハッを止まるのを感じました。

「――馬鹿!!」

リドルくんの声が遠く聞こえました。
耳鳴りと頭が割れるような頭痛。
あぁ、死んでしまうのでしょうか。と、長く息を吐いた時、私は、私がまだ生きていることに気がつきました。

「生きてる…? でも、私」

呆然としているとバジリスクの悲鳴とのたうちまわる音が響きました。
私が顔をあげると、バジリスクの両の目をフォークスの嘴が貫き、おびただしい量の血を吹き出させていました。

後ろのハリーに寄り、起こすとハリーは短い呼吸を繰り返していました。
ハリーは私の肩に手を置くと、私をしゃがませて、ハリーだけ立ち上がりました。
手には先程の組分け帽子。

「リクはここにいて」
「ハリー!? 駄目です一緒に逃げないと」
「バジリスクもリドルも、リクを襲う気はないんだ。僕と逃げるより、ここにいたほうが安全なんだ」
「私、ハリーを見捨てるなんてできませんよ!」
「見捨てるんじゃないよ。僕を信じて」

真っ直ぐに私を見たハリーに私もハリーの目を見つめ返します。
ゆっくりとハリーの手が離れ、ハリーが走ってバジリスクの巨大な身体から逃げます。
いつの間にかリドルくんが私の隣に立っていました。

「バジリスクを直接見ても死なないだなんて。本当、びっくりだよ」
「私も、です…」
「うん。でも、僕がびっくりするから、やめて」

リドルくんの言葉に何か暖かいもの感じて、ハリーの身を心配しながらも、リドルくんが私の目を覆うのを拒否しませんでした。

バジリスクの這う音が聞こえます。次に聞こえたのはバジリスクの高く、悲痛な悲鳴でした。
何が起こっているのかわからないまま、ドサッと何かが倒れる音に、私の体内の血が全て冷めていくのを感じました。

リドルくんの手が離れて、ハリーが倒れているのを見つけました。見つけてしまいました。

「ハリー!!」

ハリーに駆け寄り、生暖かい血に塗れたハリーに寄り添い、倒れたハリーの側でハリーの手を握りしめました。

「ハリー! ハリー!!」

私から落ちた涙がハリーに落ちます。隣にいたフォークスも、静かに涙を流していました。

「ハリー・ポッター、君は死んだ。
 この広い秘密の部屋で、せめてリクに看取られて死んでいきなよ」

ハリーの身体が、握りしめた手がゆっくりと暖かくなっていきます。
フォークスを見つめると、ハリーの傷口に涙を落とし、傷口をゆっくりと塞いでいました。

「鳥め、どけ!
 ……不死鳥の涙…そうか。癒しの力…忘れていた…。
 しかし、結果は同じだ。ハリー・ポッター。2人だけの勝負だ」

リドルくんが私の手を引き、立たせました。腰あたりに手を回したリドルくんがハリーに杖を向けました。

やめて、と私が叫びだす前に、フォークスがハリーの膝の上に、リドルくんの日記を落としていきました。
ハリーがなんの躊躇いもなく、側に落ちていたバジリスクの牙を拾い上げました。

私のハリーを静止をさせる悲鳴と、リドルの耳をつんざくような悲鳴が重なりました。

日記の真ん中に刺さったバジリスクの牙のまわりから、インクが激流のように流れ出しています。
リドルくんの悲鳴が私を震え上がらせる中、私はリドルくんの身体を抱きしめました。

「リドルく――」

抱きしめていたリドルの身体が透けるように消えていきました。
私の腕が空回りました。

次に来たのは静寂。

私の隣でゆっくりと立ち上がったハリー。
腰が抜けて、へたり込んでしまった私の隣を通り過ぎていくハリーが、ジニーちゃんの側に寄りました。
フェインが私の腕を滑り上がって、私の頬を撫でました。

ジニーちゃんが目を覚まして、ハリーを見つけました。
沢山の涙を流しながらハリーに謝るジニーちゃん。

ハリーがジニーちゃんを慰めながら秘密の部屋を出ようとジニーちゃんの手を引きました。

「リクも、行こう」

私は立ち上がりながら、落ちていたインクで汚れたリドルくんの日記を抱き上げました。

全てはリドルくんの消失で、全て、終わったのです。

私の頬に一筋、涙が通っていきました。


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