私達がマクゴナガル先生の部屋を開けた時に、一瞬の沈黙と、叫び声で始まりました。
「ジニー!!」
ハリーとロン、ジニーちゃん、ロックハート先生がマクゴナガル先生の部屋に入っていく中、私は扉の前で立ち止まりました。ハリーが振り返りました。
「リク?」
「私はあとで校長室にいきます。ダンブルドア校長先生はわかってくれるでしょう」
そう言ったあと、私は扉を閉じ、その扉に背中を預けてしゃがみ込みました。
酷く疲れていました。酷く、酷く、酷く。
私の肩にずっといたフェインがするりとすべり降り、私より数歩行ったところで首を持ち上げていました。
じっと私を見つめています。
「………ごめんなさい、フェイン…今は私、疲れていて…後でいいですか?」
小さく謝ると、フェインは怒ったように私の足元まで近寄ってきて、私の顔を見ました。
私の足元に来て、少し離れて。何度かそれを繰り返しています。
私はフェインをじっと見つめていた。
「……どこか行きたいんですか?」
聞くとフェインはぐっと首をさげました。どうやら当たっているようです。
私はフェインの頭を小さく撫でると、立ち上がりました。
足元がふらふらしましたが、歩けないほどではありません。
「どこ行きたいんです? フェイン」
少し先を歩くフェインを 追って、私は歩き出しました。
階段を降りはじめたところで、私はフェインが私をどこに連れていきたいのかわかりました。
とっても見慣れたその先。少しだけ、疲れが抜けるような気がしました。
フェインの身体を抱き上げて、あとの道は自分の意志で行くことにします。
そして、その教室の扉を開けました。やっぱり落ち着く、薬草の香り。
「こんばんは、スネイプ先生」
いつものように地下牢教室にいたスネイプ先生に私は小さく微笑みました。
スネイプ先生は私を見て、驚いたようで大鍋を掻き混ぜていた手を止めていました。
「何故…。 秘密の部屋につれていかれたのでは?」
先生がまた大鍋を掻き混ぜたので、私もいつも通りに1番前の席に着きました。
「私はハリーに助けられました。あとリド…ヴォルデモードさんに助けられました」
「闇の帝王?」
私が答えると、スネイプ先生は真っ直ぐに私を見ます。コクリと頷いて、リドルくんのことを最初から話しました。
頭が痛くなったりはしなかったのですが、もしかしたら麻痺していただけかもしれません。
話を聞き終わったあと、スネイプ先生は掻き混ぜていた大鍋を片付けると、私の机の前に立ちました。
それは生徒に罰則を言い渡す時のようでしたが、何も言わずに、ただじっとしていました。
私は先生を見上げていると、だんだんと視界が歪んでいくのを感じていました。
一人勝手にお話を続けました。
「私、リドルくんを、助けたかったのに、死なせたくなかったのに――」
でも、何も出来なかった私は、ただ呆然と成り行きをみていただけなのです。
未来を知っていたはずなのに、未来を変えたかったというのに。
「何も出来なかったんです」
ぎゅうと握った拳を置いた膝を見ると、ぽたぽたと涙が落ちてきました。
悔しくて? 悲しくて? 寂しくて? 痛くて? 怖くて?
「何も、出来なかったんです」
自分の無力さが情けなくて。
もう1度スネイプ先生を見上げると、先生はまだ私を見下ろしていました。
何だか悔しくなった私は、目元を強く擦ったあと、私は小さく笑って次に頬を膨らませました。
「先生、私、凄く頑張ったんですよ。
グリフィンドールに加点してくれないんですか?」
「愚か者。今晩だけでいくつ校則を破ったと思っているんだ」
スネイプ先生は私の頭に掌を振り下ろしました。
軽い衝撃に目を閉じていると、私の頭に乗った掌はそのまま乗せられたままでした。
目を開くとその掌は離れてしまうとは知っていたので、ずっと目は閉じていました。
閉じた目からまた涙が溢れてきて、頭の中がぐしゃぐしゃになってしまうようでした。
†††
スネイプ先生のいる地下牢教室から離れ、私はホグワーツの玄関の長い階段の途中で腰を下ろしていました。
私はある人を待っているのでした。
バンッと大きな音がして、私はゆっくり立ち上がりました。
苛々と外に向かおうとする彼を私は引き止めました。
「ルシウス・マルフォイさんですか?
私、リク・ルーピンと申します」
ドラコくんのお父さんのルシウス・マルフォイさんが、私を鋭い瞳で見下ろしていました。
インクで塗れた、そして穴の開いた黒い日記を持っています。
私はマルフォイさんを見つめたあと、深々と頭を下げました。
黙ったままのマルフォイさんに私は話しかけました。
「ドラコくんに大変お世話になっております」
「……君が私の息子についていたというマグルか」
吐き捨てるようなマルフォイさんの声に、私は自分の服の裾を強く握りしめていました。
スネイプ先生と同じくらいの、高い身長。
私なんかよりずっと高いその目線に見下ろされ、怒ったリドルくんに似た恐怖を感じていました。
「あの、その日記」
震える声を押さえ込み、私はマルフォイさんを見上げました。
「私が譲り受けてもよろしいでしょうか?」
リドルくんはいなくなってしまいましたが、でも、リドルくんとは側にいたかったのです。
マルフォイさんはそれに軽く驚いたあと、私を置いて歩いていってしまいます。
私は慌てて、その背を追いかけました。
背中を向けたままのマルフォイさんが私に声をかけます。
「何故、マグルなどに渡さなければならない」
「お願いします!」
長い階段を駆け降りながら、私は声を荒上げました。
「リドルくんは私の友達なんです!!」
マルフォイさんの足が止まりました。振り返り、私を睨みます。
私はもう1度静かに言い直しました。
「私の友達…いえ、私の友達『だった』んです。
そこにいたリドルくんはもういませんけど、私は彼に、助けられたのです。だから…」
私はまた深く頭を下げました。
何も出来なかった私だったんですか、リドルくんを手放したくはなかったのです。
確かに、リドルくんは怖かったですけど、私に対しては凄く、優しかった気がするんです。
「お願い、します」
マルフォイさんからのお返事はありませんでした。
私は眉を下げながら、ゆっくりと頭を上げました。
やっぱり、駄目、だったんでしょうか。
またマルフォイさんを見つめると、私のもとに何かが飛んできました。