「――わかってるって、煩いなぁ…。ったく早く起きなよ」

聞き覚えのある声が聞こえました。

ゆっくりと浮上していく意識に、頬に何かが触れているような感覚。

ぼんやりと目を開けると、真っ赤な瞳にあいました。

「リドルくん……?」
「おはよう、リク。随分、お寝坊さんじゃないか」

リドルくんがにこにこと笑いながら横たわった私の隣に腰を降ろしていました。
身体を起こすと、ぽたりと私の肩から何か落ち「シャーッ」と声をあげました。

「フェイン!!」
「シューシュー」

いなくなっていたと思っていたヘビのフェインがすりすりと私の頬に寄ってきました。
私もフェインをぎゅうと抱きしめます。心配したんですから…!

「ちょっと。ヘビと僕の扱いに差があるよ? 僕なんてほとんど無視だったのに」

リドルくんのぼやく声に、私はやっと違和感に気がつきました。

「リドルくん、もしかして触れます?」
「やっと気がついたのかい?」

輪郭は奇妙にぼやけていましたが、リドルくんの姿ははっきりとしていて、私が手を伸ばしてみると、その手はリドルくんの肩に触れました。

「ジニーちゃん!!」
「ッ、びっ…くりした」

突然、叫んだ私にリドルくんが肩をびくと跳ねさせました。

私はリドルくんから離れ、辺りをみまわしました。
地面でどくろを巻いていたフェインを抱えて、走り出しました。

沢山の太く大きな柱が対になり、均等に並ぶ通路を進み、私は広く広い空間に出ました。
きっとここはもう『秘密の部屋』の中なのでしょう。

巨大な部屋の、天井に届きそうなほど高くそびえた石像が立っているのを見つけました。
人型の石像の纏ったローブから出た巨大な足が床を踏み締めていました。

その間に、ジニーちゃんの姿を見つけました。

「ジニーちゃん!? ジニーちゃん!!」

私がジニーちゃんに駆け寄るのを、後ろからついて来ていたリドルくんが静かに見ていました。
冷たいジニーちゃんの身体に泣きそうな私はリドルくんに振り返りました。

「リドルくん…」
「その子は生きてる。かろうじてだけど」
「リドルくんが私をここに?」
「ジニーがリクを気絶させて、運んで来たのは秘密の部屋の怪物だ」

ニヤと笑うリドルくんを見つめてから、私は口を開きました。

「……リドルくん、日記を出してください」
「は?」

ジニーちゃんをゆっくりと横にしてから、私は立ち上がり、リドルくんを見つめました。
リドルくんも私をじっと見つめていました。

「ジニーちゃんを元通りにしてください」
「それは出来ない。彼女から日記を媒介にして注がれた魂で僕は肉体を得ているんだから」
「元通りにしてください」

答えた私にリドルくんの視線が冷たく光りました。
またじくじくと痛み出す頭を押さえながら私はリドルくんに手を伸ばしました。

「変わりに、私が…、私が貴方に魂を注ぎます」

伸ばした手を、リドルくんが掴みました。

急にリドルくんがそのまま私の手を引いて、そして私をぎゅうと抱きしめました。

背の高いリドルくんに私は埋まりそうになります。
静かに私の肩に頭を埋めたリドルくんに、私はおろおろと抱き留められたままでいました。

「り、リドルくん?」
「嫌だよ、リク」

リドルくんは私を抱きしめながらニヤリと笑っているようでした。
触れられた髪が、酷くくすぐったく思いました。

「日記も、この肉体も、渡さない。
 リクも、渡しはしないさ。
 ね? 君は僕の玩具なんだよ?」

私の身体を少しだけ離したリドルくんが微笑みながら、私の額に軽く口づけをしました。って、ええぇ!?

「えっ? えぇっ!?」
「全く。君って面白いよね」
「シャー!!」
「なんだよ。煩いなぁ、さっきから」

私の肩に登り、リドルくんに向かって牙を向くフェインにリドルくんは舌打ちします。
リドルくんがチラと部屋を見たあと、私の身体を離して、次に私の右手を強く握りました。

「ジニー!」

ハリーの声が聞こえました。ハッとしてハリーに駆け寄ろうとするとリドルくんに強く手を引かれました。

「その子は目を覚ましはしない」

リドルくんの静かな声に、私達に気付いていなかった様子のハリーが振り返りました。
私の姿を見て、リドルくんの姿を見て、驚きの声を上げます。

「トム――トム・リドル?」

頷くリドルくんを、見つめながらハリーは震える声を出しました。

「目を覚まさないって、ジニーはまさか…?」
「ハリー。ジニーちゃんはまだ生きて」
「リク、ちょっと黙ってて」

声を出す私に、リドルくんが睨みをきかせます。
私の手をまた強く握ったあと、今度はあっさりと手を離しました。

「絶対にこの場から動かないで。いいね?」
「でもリドルくん、」
「いいね?」

有無を言わさずに私を近くの柱の側に押しやりました。
そんな様子を見ながら、ハリーがリドルくんに声をかけます。

「君はゴーストなの?」
「記憶だよ。日記の中に50年間残されていた記憶だ」

静かなリドルくんに対して、ジニーちゃんを助けようと汗だくになっているハリー。
ジニーちゃんの身体を半分抱え、落ちた杖を拾おうとしたとき、リドルくんが既にハリーの杖を指で弄んでいました。
ハリーは困惑し続けています。

「もしもバジリスクが来たら…」
「バジリスク?」

私の出した声は以外と反響して、ハリー達まで聞こえたようでした。
キッと睨むリドルくんから顔を背けながら、フェインをギュッと握りました。

「『秘密の部屋』の怪物だ。巨大なヘビだよ。
 リクは本当、黙ってて。
 …それに呼ばれるまでは、来やしない」

ハリーはもうよく意味がわからず、苛々しているようでした。

「なんだって?
 杖を返してよ。必要になるかもしれないんだ」
「必要にはならない。
 僕はこの時をずっと待っていたんだ。君と話すのをね」
「いい加減にしてくれ。
 今、僕達は『秘密の部屋』の中にいるんだよ。話ならあとでできる」
「今、話すんだよ」

リドルくんはそこで笑顔を浮かべたまま、ハリーの杖をポケットにしまってしまいました。
ハリーに駆け寄ろうかとやきもきする私の前でハリーとリドルくんの会話は続きます。

「…ジニーはどうしてこんなふうになったの?」
「そう、それは面白い質問だ。
 自分で言うのもどうかと思うけど、僕は必要となればいつでも誰でも惹きつけることができた。
 ジニーのおチビちゃんは何ヶ月もその日記にバカバカしい心配事や悩み事を書き続けた。
 ジニーは僕に心を打ち明けることで自分の魂を僕に注ぎ込んだんだ」

話ながらもリドルくんの視線はハリーの顔から離れません。

「僕はおチビちゃんとは比較にならないぐらい強力になった。そして僕の秘密を少しだけ与え、僕の魂をおチビちゃんに注ぎはじめた。
 まだ気付かないのかい? ハリー・ポッター?
 『秘密の部屋』を開けたのも、学校の雄鶏を絞め殺したのも、壁に文字を書きなぐったのもジニー。
 バジリスクを穢れた血やスグイブの飼い猫に仕掛けたのもジニーだ」
「まさか」

ハリーが呟きます。確かにそのどれもジニーちゃんがやったとは思わないものばかりです。

「ただ、ジニーがだんたんと日記を信用しなくなった時、日記に書き込んだのはリクだった」

私の名前が出て、ハリーが私を驚いた様子で見ました。
私は少し俯いて、ハリーの視線から逃れます。リドルくんは笑顔でした。

「リクは面白かった。惹きつけようにも天才級の鈍さだったし。
 だが、不思議なことにリクは僕に書き込むとき、頭痛がするみたいだった」

…。どうやら、リドルくんにも私の頭が痛みだすことが気付かれていたようです。
リドルくんは微笑みながら、私の肩にいるフェインを指差しました。

「そのヘビも主人の体調不良がわかっていたみたいだね。日記を遠ざけようと、リクのところから日記を奪った。
 そこへ君が登場して、君が日記を見つけてくれたんだ。僕は最高に嬉しかったよ」
「どうして僕に会いたかったんだ?」
「ジニーが君の事をいろいろ、君のすばらしい経歴を聞かせてくれたからね。リクもよき友人だと自慢していた」

微笑み続けるリドルくん。だんだんとその笑顔は軽薄に見えて、恐怖も襲って来ていました。

「でもそれからしばらくして、僕の日記に書き込んだのは君でもリクでもなくジニーだった。
 僕はどんなに怒ったか。
 ジニーは君が日記を持っているのを見て、パニック状態になった。君達の寝室に忍び込んで日記を取り戻した」

リドルくんは静かに溜め息を1つついた。

「しかし僕には、君がスリザリンの継承者の足跡を辿っているとわかっていた。
 そこで僕はジニーに自分の遺書を壁に書かせ、ここで待つように仕向けた。ついでにリクを気絶させて、バジリスクに運ばせた。
 この子の命はもうあまり残されていない。あまりにも日記、つまりは僕には注ぎ込んでしまった。
 おかげで僕は日記を抜け出してリクに触れられるまでになった。
 ねぇ、ハリー・ポッター?」


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