「えーと…、たかーくて、てっぺんにハゲタカの剥製がついていて、それに長いドレス…。たいてい緑色。ときどき狐の毛皮の襟巻き」
「ハンドバッグは?」
「おおきな赤いやつ」
「よし、それじゃ、その服装をはっきり思い浮かべることができるかな?」
「はい」

ロングボトムくんの自信なさそうな声。
リーマスさんの指示は続きます。

「ネビル。ボガートが洋箪笥から出てきて、君を見る。そうすると、スネイプ先生の姿に変身するんだ。
 そしたら君は杖をあげて『リディクラス(ばかばかしい)!』と叫ぶ。そして君のおばあさんの服装に精神を集中させる。
 うまくいけばボガート・スネイプ先生はハゲタカのついた帽子をかぶって、緑のドレスを着て、赤いハンドバッグを持った姿になってしまう」

みんな大爆笑でした。私も少し笑ったあとにワクワクとネビルくんを見つめました。

「みんなも何が1番怖いかを考えて。そして、その姿をどうやったらおかしな姿に変えられるか想像してみて…」
部屋が静かになりました。みんな何が怖いかを考えていました。

私もぼんやりと考えます。私は何が1番怖いでしょうか。
禁じられた森の中? 幽霊? それともゾンビとかでしょうか?

にっこりと笑うリドルくんも怖いものリストに浮かび上がってきて、クスと笑ってしまいました。
確かにリドルくんは怖かったですけども。

「みんないいかい?」

まだ怖いものを思いついていませんでしたが、みんなが並んで行くのに混じって私も並びました。な、なんとかなるでしょう! きっと!

「ネビル、君に場所をあけよう。次の生とは前に出るように私が声をかけるから。
 みんな下がって、ネビルが間違いなくやっつけられるように」

ロングボトムくんが洋箪笥の前に残されました。
顔は青ざめていましたが、ローブの袖をまくりあげて、杖をしっかり構えていました。

「ネビル、3つ数えてからだ。
 いーち、にー、さん、それ!」

リーマスさんが杖を振るい、洋箪笥の扉が勢いよく開きました。
中からゆっくりとスネイプ先生の姿になったボガードが現れました。

声を震わしながらロングボトムくんが杖を上げました。

「り、り、り、リディクラス(ばかばかしい)!」

バチンと音がして、スネイプ先生が躓きました。
次の瞬間には緑色の長いドレスと着て、高いハゲタカのついた帽子かぶって、赤いハンドバックを持っていました。

爆笑。クラス中の笑い声が響きました。私もその姿がつぼに入ってしまって、クスクスと笑っていました。
笑っていたリーマスさんが、次の生徒を呼びました。

バチンと音がして、スネイプ先生だったボガードが今度はミイラへと変わりました。
血塗れの包帯を巻いたミイラがゆらゆらとパチルちゃんの方へよって行きます。

「リディクラス(ばかばかしい)!」

ほどけた包帯にミイラが足を絡めて、ばたんと転がりました。また笑い声。

次に現れたのは、バンシーと呼ばれる女の人の姿をした妖怪でした。
床までひきづる長い髪、骸骨のような緑色かがった肌。
口を開くと耳をつんざくような悲鳴が零れました。みんなで耳を覆います。

ですが、呪文を受けた後には声がガラガラに枯れて、喉を押さえていました。みんなの笑い声。

その後も、怖いものが沢山出て、そしてその全てが笑い声に包まれるような滑稽な姿へと変わりました。
ロンは大嫌いなクモの姿。大きなガラガラヘビ(私は怖くないです!むしろ可愛かったです)、目玉が1つ、切断された手首、手足の無い幽霊……。

「次に、リク!」

リーマスさんが私を呼びました。「ちゃん」付けじゃない! と変な所で感動しつつも、私が前に出ます。

怖いものとして何が出ても(例えリドルくんが出ても)対処できる自信がありました。

私の目の前にあったエビのようなエイリアン?が、バチンと音を立てて姿を変えました。

床に横たわった人影から血だまりが広がっていきます。誰かの死体です。

伸ばされた手が何かを求めるように開かれ、その先には手首だけが浮き上がっていて、指先が触れそうで触れない位置を彷徨っていました。

覗かれた顔が見えて、私の思考は完全に停止しました。
鳶色の髪に、頬には沢山の傷跡、苦しげな顔を浮かべる――。

「リーマスさん………?」

クラスの悲鳴。リアルすぎるその死体に、私の思考はフラッシュばかりを繰り返していました。
伸ばされた手? たしか映画では最後にリーマスさんは死んでしまってその隣には一緒に殺されてしまった人がその人に手を伸ばしていたのでは

「リクちゃん、私はここだ」

声が聞こえて横を見ると、優しく微笑んだリーマスさんがいました。
死体の姿のリーマスさんと、私に微笑むいつもの姿のリーマスさん。

あぁ、これはあくまでボガードであって、リーマスさんではないのです。
だから、だから、私は、今、私は安心しなくてはいけないのです。

未来は私が変えて見せるのですから。

震える私は杖を上げました。

「リディクラス(ばかばかしい)!」

死体だったリーマスさんが大きな犬の(実は狼さん)のぬいぐるみに変わりました。
クラスの、控えめの笑い声。私は声を上げて笑いました。

ぬいぐるみがぽたりとハリーの足元に落ちました。
杖を上げるハリーに、急にリーマスさんが前に飛び出て、杖を上げました。

「こっちだ!」

バチン。また後がして、ぬいぐるみが丸い銀色の球体に変わりました。

月です。と私がはっと思っていると、リーマスさんが面倒臭そうに呪文を唱えました。
その丸い月は風船に変わって、教室中を駆け回ります。リーマスさんはロングボトムくんを呼びました。

「ネビル! 前へ! やっつけるんだ!」

ロングボトムくんの前にでた風船は、再びスネイプ先生の姿に変わります。
もう1度、ロングボトムくんの呪文が響きました。

「リディクラス(ばかばかしい)!」

ほんの一瞬だけドレス姿のスネイプ先生が見えましたが、ロングボトムくんの笑い声で破裂して、細い煙の筋となって消えていきました。

拍手が響く中、リーマスさんが笑いました。

「よくやった! ボガードと対決したグリフィンドール生1人につき5点を与える。ネビルは10点だ。2回やったからね。
 ハーマイオニーとハリーも5点ずつ。クラスの最初に質問に正しく答えてくれたからね」

リーマスさんは笑顔のままみんなへと振り返ると、両手を広げて宿題を出しました。

「みんな、いいクラスだった。では宿題。ボガードに関する章を読んで、まとめを提出すること。期限は月曜日までだ。
 今日はこれでおしまい」

みんなお話をしながら教室を出ていく中、私はハリー達に断ってから教室に残りました。
ハーマイオニーがこくんと頷いて、私の体をぎゅうと抱きしめてくれました。

教室に誰もいなくなったあと、私はリーマスさんの手をぎゅうと握り締めました。
微笑むリーマスさんに頭を下げます。

「ごめんなさい」
「どうして謝るんだい?」
「リーマスさんの死体だなんて……気持ちのいいものではありませんよね」

自分の死体だなんて。私だったらとっても気持ちが悪いです。

しょぼんと肩を落としていると、リーマスさんが包み込むように抱きしめてくれました。
暖かさにほっと安心していく私がいました。

「誰でも近しい人の死は怖いものだ。
 それだけリクちゃんに大切に思われているのだと思えば、嬉しいよ」

リーマスさんの暖かさを感じながらも、怖くなった私はリーマスさんの体に顔を埋めました。

チョコレートの甘い香りはきっとリーマスさんから香るものです。
優しく頭を撫ででくれるリーマスさんの腕の中で、私はぽたぽたと涙をこぼしていました。


prev  next

- 58 / 281 -
back