夕食の時に、ハグリッドさんを見たくて真っ先に大広間に向かいましたが、そこにもハグリッドさんはいませんでした。
あまりにも心配になった私達は、夕食の後、少し暗くなりかけていましたが、ハグリッドさんの小屋に向かうことにしました。
入ると、ハグリッドさんはかなりの量、深酒をしていたようでした。
私達を焦点の合わない目で見たあと、どんよりと言いました。
「1日しかもたねぇ先生なんざ、これまでいなかったろう」
「ハグリッドさん、クビになっちゃったんですか!?」
「まーだだ。だけんど時間の問題だわ、な」
私達は不安げな表情のまま近くの場所に腰をかけました。
「あいつ、マルフォイはどんな具合?」
「マダム・ポンフリーが出来るだけの手当をした。だが、まだ疼くと言っとる」
ハグリッドさんの言葉に私は眉を下げました。
確かに悪いのはドラコくんだとは思いますが、ドラコくんが怪我をした事実とはまた別問題です。
ロンが真剣に言いました。
「ハグリッド、心配しないで。僕たちがついてる」
ハグリッドさんの目尻から、涙がぽたぽたと落ちました。
ぎゅうと力強く抱きしめられたハリーとロンから、潰れたような変な声が聞こえました。
「ハグリッド、もう十分飲んだと思うわ」
ハーマイオニーが厳しくそう言い、中身を捨てに外へと出ました。
私もボトルの蓋を閉め、机を片付けます。
ハリーとロンに背を摩られていたハグリッドさんがふらふらと外へと出ていきました。
水の跳ねる音が聞こえるということは、酔いを冷ましているのでしょう。
ハーマイオニーがジョッキを戻しに来たとき、その後ろからハグリッドさんも戻ってきました。
「会いにきてくれて、ありがとうよ。ほんとに俺…」
ハグリッドさんが立ち止まり、ハリーを驚いた表情で見つめていました。
今、ハリーがいることに気が付いたようでした。
急に大声を出します。
「お前達、いったいなにしちょる。えっ?
ハリー、暗くなってからウロウロしちゃいかん!
3人とも! ハリーを出しちゃいかん!!」
ぽかんとしたまま私達。ハグリッドさんが怒ったようにハリーを捕まえ、ドアまで引っ張っていきました。
「俺が学校までおくっていく。もう二度と暗くなってから俺に会いにきたりするんじゃねぇ。
俺にはそんな価値はねぇ」
驚いたハリーやロンやハーマイオニーの後ろ。私は静かにロンを見つめていました。
正確にはロンのポケットからはみ出しているネズミの尻尾を。でしたが。
†††
木曜のグリフィンドールとスリザリン合同の魔法薬学に、ドラコくんの姿は見当たりませんでした。
しばらく見ていないドラコくんの姿に不安を感じていると、この授業が半分程過ぎたあたりで、ドラコくんが姿を見せました。
「座りたまえ」
スネイプ先生が気楽に言った言葉に、私は頬を膨らませました。
やっぱり、先生もスリザリン贔屓するじゃないですか。
思えば今年はまだ、スネイプ先生のお手伝いをしていません。
特に忙しかった訳でもありませんが、何と無く疎遠になっております。
ドラコくんが怪我で手をうまく使えないのを、ハリーとロンが手伝っていました。
あの3人、とっても険悪そうです…。仲が悪いのに結局、関係があるのはいいライバルさんだからでしょうか?
キョロキョロとしているとスネイプ先生と目があって睨まれました。
慌てて前を向いて、自分の大鍋を覗き込みます。
どろどろとした黄緑色です。一応、成功はしてるのですが色は酷いです。
私は先生の手伝いで前にも1度作った事がある『縮み薬』を作りながら、私は隣のハーマイオニーと、後ろのロングボトムくんの作業を見ていました。
「リクはこの授業が1番得意よね…」
「そうでしょうか…? いつも減点されてますけど…」
ハーマイオニーが鍋を掻き回しながら私に言いますが、私は困惑。
頑張ってはいますが、スネイプ先生に褒められた記憶はありませんし、減点ばかりです。
うーん。と首を傾げている内に、後ろの方の席でフィネガンくんがハリーに話している声が聞こえました。
「聞いたか? 今朝の『日刊予言者新聞』にシリウス・ブラックが目撃されたって書いてあったよ」
なんですって!? びっくりした私が耳をそば立てながらその会話を聞いていました。
「どこで?」
「ここからあまり遠くない。マグルの女性が目撃したんだ。
でも魔法省が駆け付けた時にはもぬけの殻さ」
その声にひとまず肩を撫で下ろしました。
シリウスは捕まってしまった訳ではありません。
もし、捕まってしまったとしたらもっと大々的に話が広がる筈。です。
複雑な想いに駆られながら、私は今もホグワーツに近づいて来ている筈のシリウスを思いました。
†††
午後になり、私達は初DADAの授業に真っ先に来ていました。
リーマスさんの初めての授業なのです!
フェインを肩に乗せた私はニヤニヤしてばかりです。
「今まで会ったリクの中で1番幸せそうな顔してる」
「そ、そんなことありませんよ、ロン。
でも、とっても楽しみにはしています」
にっこり笑顔を返してから、リーマスさんが来るのを待っていました。
やがてやってきたリーマスさんはくたびれた鞄を机において、私達に振り返りました。
「やぁ、みんな。教科書は鞄に戻してもらおうかな。今日は実地練習をしよう。
杖だけあればいい」
クラスのみんなは首を傾げながらも教科書をしまいました。
実地練習なんて初めてです。ロックハート先生のことを除けば。
「よし、それじゃ、私についておいで」
教室を出るリーマスさんに私達は着いていきます。
案内された場所は職員室でした。中にはスネイプ先生がいました。
私はびっくりしてスネイプ先生をじっと睨んでしまいます。
リーマスさんが最後にドアを閉める前に、スネイプ先生が言いました。
「開けておいてくれ。できれば見たくないのでね。
ルーピン、だぶん誰も君に忠告していないと思うが、このクラスにはネビル・ロングボトムがいる。
この子には難しい課題を与えないようご忠告申し上げておこう。Ms.グレンジャーが耳元でヒソヒソ指図を与えるなら別だがね」
ロングボトムくんとハーマイオニーの頬が染まりました。
スネイプ先生の意地悪に私はムッとします。
いつも意地悪なのに、リーマスさんの前でも意地悪をするなんて!
ですが、リーマスさんはスネイプ先生にパッと言い返しました。
「最初の段階でネビルに私のアシスタントを務めてもらいたいと思ってましてね。
それにネビルはきっと、とってもうまくやってくれると思いますよ」
赤かったロングボトムくんの顔がさらに赤くなりました。
不機嫌な顔をしたスネイプ先生が、そのままバタンとドアを閉めて出て行きました。
リーマスさんがみんなに振り返ります。
「さぁ、それじゃ。こちらにおいで」
促した先には古い洋箪笥がポツンとおかれていました。
リーマスさんが横に立つと箪笥が急にバーン!と揺れました。
私はびっくりして肩を震わせます。肩に乗ったフェインが警戒の声を零しました。
「心配しなくていい。
中にまね妖怪、ボガートが入ってるんだ」
またガタガタと震える箪笥に私達は不安そうに見つめていました。
「ボガートは暗くて狭いところを好む。
それでは最初の問題。ボガートとはなんでしょう?」
グリフィンドール寮3年の1番の優等生、ハーマイオニーがさっと手を挙げました。
「形態模写妖怪です。私達が1番怖いと思うものに姿を変えることができます」
「私でもそんなにうまくは説明できなかったろう」
ハーマイオニーの頬が染まりました。リーマスさんの授業が進みます。
「暗がりにいるボガートはまだなんの姿にもなっていない。
しかし私が外にだしてやると、たちまちみんなが1番怖いと思っているものに姿を変える筈。
ということは、私達の方が初めから有利な立場にある。
ハリー、何故だかわかるかな?」
あてられたハリーよりもハーマイオニーが手を高く挙げていました。
気が引けている様子のハリーは、それでも答えました。
「えーと、僕達、人数が沢山いるので、どんな姿になればいいかわからない?」
「その通り。
ボガート退治をするときは誰かと一緒にいるのが1番いい。ボガートが混乱するからね。
ボガートを退散させる呪文は簡単だが、精神力を必要とする。
こいつを本当にやっつけるのは『笑い』なんだ。君達はボガートに、滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。
杖なしで練習しよう。呪文は、『リディクラス(ばかばかしい)!』」
「リディクラス(ばかばかしい)!」
全員がいっせいに唱えました。
リーマスさんがみんなを褒めたあと、ロングボトムくんを呼びました。
ガタガタ震える洋箪笥に、ロングボトムくんもガタガタと震えていました。
「よーし、ネビル。君が世界一怖いものはなんだい?」
ロングボトムくんは小さく、蚊のなくような声でつぶやきました。
「スネイプ先生」
クラスの殆ど全員が笑いました。私もクスと笑ったあと、真剣なリーマスさんを見つめていました。
「スネイプ先生か…。ネビル、君はおばあさんと暮らしているね?」
「え、はい。…でも僕、ボガートがばあちゃんに変身するのもいやです」
「いやいや、そういう意味じゃないんだ。
おばあさんはいつも、どんな服を着ている?」
ロングボトムくんはキョトンとした様子でしたが、たどたどしく答えていきます。