悲鳴が観客席から聞こえました。

バッと走り出すとハリーがグラウンドの真ん中で倒れているのが見えました。
箒から落ちたのです!!

雨のせいではない寒気を感じながら、私はまだ空に数体残る吸魂鬼に杖を向けました。

「エクスペクト・パトローナム(守護霊を来たれ)!!」

叫ぶと杖から子狼が飛び出します。

それは怒っているダンブルドアが出した守護霊を補助するように競技場の空を駆け回ります。
すぐにいなくなった吸魂鬼を見送ってから、私は守護霊をしまいました。

医務室に運ばれるハリーを追い掛け、心配そうに俯くハーマイオニーとロンに飛び付きました。

「ハリーは!?」
「まだ、わからないの…!」
「大丈夫だよ。ハーマイオニー、マダム・ポンフリーがいるんだから」

わっと泣き出すハーマイオニーにロンが言います。
クィディッチのチームメンバーが医務室に押しかける中、ハリーはベッドに横たわっていました。

「……こんなに怖いのは見たことないよ」

誰かが呟いた言葉が私の耳に届きました。ハリーの手首に巻かれていたミサンガが切れていなくなっていました。

その時、ハリーがパチッと目を開けました。私達は口々にハリーに声をかけます。

「ハリー! 気分はどうだ?」
「どうなったの?」
「君、落ちたんだ。大体…20mくらいから」
「みんな、貴方が死んでしまったと思ったわ」
「でも、試合は…? 試合はどうなったの?」

ハリーの問いにみんなが黙り込みました。
青ざめていたハリーの表情がさらに青くなりました。

「まさか……負けた?」
「……ハリーが落ちた直後に、ディゴリー先輩がスニッチを取りました。
 先輩は何が起こったのか気がついていなかったようで、試合を中止にしてやり直しを求めました。
 ですが……」
「むこうが勝ったんだ。ウッドでさえ認めたよ」

濁した私の言葉をジョージ先輩が引き継ぎました。
ハリーは見回したあと、ウッド先輩の居場所を聞きました。

「まだシャワー室の中さ。きっと溺死するつもりだぜ」

フレッド先輩の言葉にハリーは顔を膝に埋めてしまいました。
フレッド先輩がハリーの肩を乱暴に揺すります。

「落ち込むなよハリー。これまでスニッチを逃したことはないんだ」
「これでおしまいって訳じゃない」

それぞれに励ましの言葉をかけていると、マダム・ポンフリーが来て、チーム全員を追い出してしまいました。

私達3人が残り、ハリーのベッドの周りに集まりました。

ハリーはずっと何かを考えているようでした。
私達がハリーを見つめていると、ハリーがはっと質問しました。

「誰か僕のニンバスつかまえてくれた?」

ロンとハーマイオニーが顔を見合わせ、私は静かに俯きました。
私が抱えた鞄をぎゅうと抱きしめます。

「あの、貴方が落ちたとき、ニンバスは吹き飛んだの…」
「それで?」
「それで…ぶつかったの…。あの暴れ柳にぶつかったの」
「ハリー、フリットウィック先生が少し前に持ってきてくださったの」

私は小さく呟いて抱えたバックの中身を見せました。

粉々に砕けた、ハリーの大切な箒の残骸でした。


†††


「それで、ハリーの箒は」
「箒はもう粉々になってしまって直せませんし、きっとこれからは学校の箒を使うことになると思います。
 箒を失ったこともあって、ハリーはまだ、元気がありませんし…」

あれから数日たった昼間。嵐が過ぎ去り、綺麗な晴れ間がのぞく空の下で、私はシリウスに大体の事を話していました。

林檎をかじっていたシリウスがその動きを止めました。
静かにシリウスを見つめたあと、私はシリウスの髪を軽く引っ張りました。

「何?」
「シリウス、犬の姿になって見てください」
「わん」
「へぇ、髪の毛ってここになるんですね」

掴んでいた髪の毛がそのまま犬の首あたりになるのを感動しながら、がしがしと撫でました。
不思議そうなシリウスをよそに、私はぎゅうとシリウスを抱きしめました。

「ハリーがシリウスのその姿を2回ほど見ています。
 1回目は今年の夏休み中に、2回目は先日のクィディッチの時に。
 ハリーはシリウスのことを、死神犬だと思っています」
「なんだって?」

急に戻ったシリウスが私に抱き知られたままの状態で、私に振り向きました。
私はシリウスを見上げてコクンと頷きました。

「そして私もシリウスと一緒にいるところを、2回、見られています。
 まだ何もハリーに言われてはいませんが、これからどうなるかわかりません」
「聞かれたらどうする?」
「禁じられた森に野良犬が住んでいると答えます」
「おい」

真顔で答えた私に苦笑を零すシリウスが、私の頭をがしがしと痛いぐらいに撫でました。
私の悲鳴と、シリウスの笑い声。暗い森の中でそこだけ明るく響きました。

「最近、俺のことをちょくちょく犬扱いしていないか?」
「愛ゆえですよ。愛ゆえに。ちなみに犬は大好きです」
「シュー」
「フェインはもっと好きですよー」

駆け上がってきたフェインにキスした私は微笑むシリウスが復讐など望まなければいいのに。と少しだけ思っていました。


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