中に入っているのは透明な、澄んだ液体です。私はそれを見つめ、受け取りました。
「この薬の予備は今、これしかない」
「………ありがとうございます」
瓶を傾けたりして中身を見ていた私にスネイプ先生は語りかけます。
それはあくまでも授業の一貫のような言葉でした。
「実際に魂が剥がれかかるというのはよくある事だ。
感情の激しい動きで呆然となっている時、魂は剥がれかかっているともいえる。
吸魂鬼に魂を吸い取られ、感情や記憶を無くすのと原理は同じだ。
これは『吸魂鬼の接吻』を受けた者をある程度なら正気に戻す薬だ」
握っている透明なそれが急に凄いものに見えてきました。
水っぽいですね。と思っていた先程までの私を振り払います。
「だが、Ms.のように魂そのものが器の身体から、それも感情ごと抜けようとしているのは稀だ」
「つまりは?」
「治りにくい。
この薬を1度ならず常に、毎日1度は飲まなくてはならないだろう」
その言葉を聞いて私は首を傾げました。
「それじゃあ、この翻訳薬と同じ頻度で飲めばいいんですよね?」
そこまで深く考えることではないような。
静かに薬を飲むように促したスネイプ先生に従い、小瓶の蓋を開けました。
匂いもなく、さらさらとした透明な液体は本当に水のようでした。
「この小瓶全て飲むんですか?」
「……最初は一口で構わん」
「はい」
私はすっかり忘れていました。
初めて、あの綺麗な金平糖型の翻訳薬を飲んだ時、見た目を裏切る壮絶な苦さだった事を。
その液体を一口だけ嚥下した私は、最初、何か毒薬でも飲まされてしまったのかと思いました。
全身を突き刺すような痛みに、酷い吐き気。
心臓辺りに纏わり付くような痺れと、眩暈。
何かが戻って来ようとして、身体は否定しているような。
気が付けば私はその場にしゃがみ込んで、それをスネイプ先生がただ見下ろしていました。
「それは通常の者が飲めばただの水だ。
だが、魂の剥がれかけている者が飲むと、痛みなどを発生させる劇薬だ。
治っていけば、次第に痛みはなくなっていく。
………Ms.の症状は思ったよりも酷いようだ」
「し、死ぬかと思いました」
「『吸魂鬼の接吻』を受け、完全に魂が剥がれた者には基本的に使えぬ」
「駄目じゃないですか」
淡々と言い切るスネイプ先生の横、しゃがみ込んでいた私はフラフラと立ち上がりました。
激しかった痛みはいつの間にか和らいでいます。
少し残った眩暈を感じながらも、小瓶を睨み、出来るだけその小瓶を遠ざけました。
本当見た目に騙されました! 彼(?)が恐ろしいものに見えます!
これを毎日ですか…。さすがに辛いものがありますね…。
「リーマスさんにこの事は言わないで下さいね。心配はかけたくないので。
ありがとうございました。
薬はお返しいたします」
「待て」
薬を置いていこうとしたらやっぱり引き止められてしまいました。
眉を下げていると、スネイプ先生はその透明な薬ではなく、いつもの金平糖型翻訳薬を持ってきてくれました。
「翻訳薬はまだありますよ?」
「飲んでみろ」
私は顔をしかめました。水の薬には及びませんが、翻訳薬の苦さも一級ものなのです。
渋々とその薬を受け取り、口に含みました。
「……あれ。…甘くなりました?」
それは本当に金平糖のような甘さになっていました。今までの苦さが嘘のようです。
リーマスさんのことでモヤモヤしていたことも忘れ、私はスネイプ先生に笑顔を向けました。
「先生、これ、甘くしてくれたんですか!?」
「そろそろ汽車の出る時間だが?」
「! 私、もう行きますね! ありがとうございました!」
本当です! あと少しでリーマスさんが乗る汽車が来てしまいます。
私は薬を(あの水みたいな薬も)鞄に詰めると、地下牢教室の出口まで駆けました。
出て行く前にスネイプ先生に振り返って、もう1度頭を下げました。
「ありがとうございました。私にも、リーマスさんにも薬を作ってくださって」
「………本当に、忌々しい親子だ」
スネイプ先生から吐き出されたその言葉にまたにっこりと微笑んで、私は教室から出ました。
†††
「リーマスさん!」
私は門の手前、馬車に乗ろうとしているリーマスさんを引き止めました。
駆け寄ると苦笑をこぼすリーマスさんが私の頭を撫でました。
「来てくれないのかと思ったよ」
「ごめんなさい。スネイプ先生に薬を貰っていて……」
「薬は貰ってきたのかい?」
「はい! それに今まで苦かった翻訳の薬を甘くしてもらったんですよ」
「はは、よかったね」
頬を緩ませていると、リーマスさんがその私の頬を両手で包み込んでくれました。
「じゃあ、夏休みまで1週間ぐらいお別れだね」
「はい。1週間なんて…すぐですよね…」
「すぐに会えるから大丈夫。
そしたら2人でシリウスに手紙を書こう。内緒でね」
脱獄犯に連絡を取ろうだなんて! ふふふ。と私は呑気に笑います。
今年はリーマスさんとずっと一緒にいれてとっても幸せでした。
これからもリーマスさんの娘でいられることにさらなる幸せを感じながら、リーマスさんの身体をぎゅと抱きしめました。
暖かいリーマスさんの体温。それはゆっくり離れていきました。
すぐに会えるとしても、淋しいと感じました。
いつからかリーマスさんは私のお父さんとして大きくなっていて、必要なものとなっていました。
「じゃあ、またあとでね。リクちゃん」
「はい。また」
馬車に乗って去っていくリーマスさんを私は見送りました。その馬車が消えても、ずっと、そこに立っていました。
来年は、来年はもっと忙しくなるのでしょう。
ピーター・ペディグリューを逃してしまいました。
私の力で未来を変えていくことなどできるのでしょうか。
それでも。
「…………シリウスも、リーマスさんも、絶対に死なせません」
私の大切な人達を。絶対に失わせはしません。
何があっても、何が起こっても。
たとえ、私が、死んでしまったとしても。
(狼さんの娘は3年生(THE PRISONER OF AZKABAN))