私は朝1番に、ハリー達がまだ眠っている間に、マダム・ポンフリーから退院させてもらいました。
朝食が終わる時間までは許してはもらえませんでしたが、それが終わり、真っ直ぐに向かった先は、リーマスさんのお部屋でした。
リーマスさんは部屋中の物を片付けていました。
大きなトランクの中に沢山の物を詰めて、まるでここからいなくなってしまうようでした。
『いなくなってしまうよう』ではなく本当に『いなくなってしまう』のですが。
「辞めてしまうんですね」
声をかけると、リーマスさんは1瞬私を見たあと、すぐに視線を逸らしてしましました。
何よりもそのことが胸に刺さります。
お話通りやめてしまうことになったリーマスさんを寂しく思いながらも、私は静かにリーマスさんの手伝いを始めました。
2人無言のまま片付けていると、時間が過ぎ去っていくようでした。
杖を振るい、トランクに物を詰めていたその手を掴もうと手を伸ばしました。が、リーマスさんの手はビクッと私から離れてしまいました。
伸ばした手が宙をさ迷い、漂いました。
静かに顔を背けたリーマスさんが作業を1度止めて、椅子に座りました。
青白くなったリーマスさんの表情は、満月を過ぎたというのに一向に回復していないようでした。
「ごめんね、……昨日…本当にリクちゃんを噛んでしまうところだった…」
「大丈夫ですよ、リーマスさん…。そんなに落ち込まないでください」
ゆっくり答えると、リーマスさんは呆然と私の表情を伺うように見ました。
その顔は悲痛に歪んでいて、声は震えていました。
「一生残る…しかも拭えない痕を残してしまったかも知れないんだ。こんなこと、2度とあってはならない。
私は、私が、リクちゃんを傷付けてしまう事が何よりも怖いんだよ」
リーマスさんは顔を悲しく歪ませながら、震える手で私の身体を抱き寄せました。
それは暖かく、何よりも私を安心させる体温でした。
私もその大きな身体を抱きしめ返します。
「でも、それでも、私はリーマスさんの娘でいます。娘で居させてください。
私は、私はリーマスさんが何であろうとも、リーマスさんが大好きなんです」
呟くその声は、リーマスさんに届いてくれたのかそうではないのか。
リーマスさんは私の身体をさらに強く抱きしめてくれました。
やがてリーマスさんがゆっくりと私の身体を離しました。ですが、代わりに私の手を強く握ってくれました。
囁くリーマスさんの声は普段通りの優しい声でした。
「ありがとう。リクちゃん」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
「………でも昨日の夜のことは少し、関心しないな。
私が変身してしまったらすぐに逃げなきゃ駄目じゃないか…」
「だって。………だって………ごめんなさい…」
そっぽを向いて俯いた私に、リーマスさんはにっこり微笑むと、手を繋いだままコツンと額を合わせてくれました。
微笑み返してくれるリーマスさんを見つめながら、静かに言葉を聞いていました。
「私は教職を辞める。
自分の意志でというのもあるが、今日の朝食の席でセブルスがついうっかり私が狼人間だと話してしまってね」
「! なんですって!?」
「あぁ。明日には親達からのフクロウ便が届く」
溜め息をついたリーマスさんは苦笑を零して、絶望する私の頭を撫でてくれました。
「優しいね」
囁いたリーマスさんを見つめると、リーマスさんの方が優しく微笑んでいました。
リーマスさんは苦笑を零しながら、もう1度私の身体を強く抱きしめてくれました。
そこで思い出したかのようにリーマスさんが私の身体を反し、私の頬を引っ張りました。
シリウスが私とリーマスさんが似ているといった理由をなんとなく理解。
私もシリウスとあった時、頬をつねった記憶があります。
そうじゃなくて。
「え? え? 痛いです? 痛いです?」
「そういえばリクちゃん、何でシリウスの事を言わなかったんだい!?」
「ふぇ、あの、それは、いつもの頭痛で言えなかったり、して、痛いですっ」
びろーんと私の頬をつねっていたリーマスさんが真剣な表情で私の両肩を掴みました。
その表情に頬をさすっていた私も首を傾げました。
「正確な問題はシリウスのことじゃない。リクちゃんが幽体離脱みたいな事をしているということなんだ」
「? 何か、問題あるんですか?」
「大有りなんだ」
じっと私を見つめるリーマスさんが、真剣な表情の中に心配顔を浮かべていました。
「このまま幽体離脱を繰り返し続けていたら多分、リクちゃんは元の身体に戻ってこれなくなる。
今も『魂』が剥がれかかっている状態なんだよ」
「え? それって…」
ハッと息を呑む私にリーマスさんが深く頷きました。
「このままだと、リクちゃんは気がつかないうちにゴーストになってしまう。
魔法史のビンズ先生は知っているだろう? 暖炉の前に自分の身体を置いてきてしまったゴーストの先生」
なんですか、それすごく大変じゃないですか!
私は口を覆って、顔を青ざめさせました。
そんな夜寝ているだけで死の危険が迫っていただなんて、それこそ夢にも思いませんでした。
「でも、リーマスさん、私、夜に寝たらいつの間にかシリウスの所に行ってしまったんです。
初めは私の意思とかじゃないですよ…?」
「最近はどうやってシリウスの所に?」
「え、えっと? 夜に寝る前にシリウスの事をたくさん考えたりしたら、眠った時にいつの間にかシリウスの所に行っていました」
正直に答えると、何故かリーマスさんの表情が固まりました。私、何かもっと酷いことを言ってしまったのでは!
リーマスさんは微笑んでいました。
「へぇ。寝る前にシリウスの事をたくさん考えていたんだ」
「は、はい…」
「それもここ数年間、ずっと。私よりもシリウスの事を考えていたんだ」
「それは語弊ですよリーマスさん!」
そう言われてみれば何だか恥ずかしいことのように思えてきました。
私は頬を真っ赤に染めて、何故か怒っている様子のリーマスさんに両手を振って否定します。
溜め息をついて怒りを飛ばした様子のリーマスさんが再び真剣な表情で私を見ます。
「とにかく…これからは夢の中で動くのは禁止。
本当にリクちゃんが死んでしまうかもしれない…」
「はい。
……でもやっぱり夢とかは見ちゃうと思うんですけど…」
夢を見るかどうかは自分の意志とは関係ないですよ。
そう困ったように答えるとリーマスさんは悪戯げに笑いました。
「それもそうだね。しかも今、きっと剥がれかかっているリクちゃんの魂も元に戻さなくてはならない。
昨日の、私の変身が終わった頃…、だから殆ど早朝にセブルスに刺される覚悟で回復薬を頼みにいってきたよ」
昨日、医務室に飛び込んで怒鳴っていったスネイプ先生を思い出します。
確かに刺されそうです。
笑顔のままリーマスさんはとんでもないことを言いました。
「今からセブルスの元に行っておいで」
「絶対、嫌です!!」
リーマスさんの事を狼人間だとばらしたスネイプ先生に会いに行くだなんて!
リーマスさんも嫌でしょうが、私だって嫌ですよ!
「というか、むしろ私がスネイプ先生を刺す覚悟ですよ!?」
「ほら、怖い事言ってないで。私はまだ片付けがあるから」
頬を膨らませた私を、リーマスさんがまた突然、抱きしめました。
表情を覗き見ると、また悲痛な顔付きをしていました。
「リクちゃんが死んでしまうかもしれないんだ。お願いできるね?」
囁くような声に、私は俯きました。…私が飲む薬ですしね。
私が頷いたことを確認したリーマスさんは、少し身体を離して私の顔を覗き込みました。
「じゃあ、私は午後からの汽車でホグワーツを離れるから。見送りに来てくれるかい?」
「わかりました。……家に帰ったらリーマスさんはいますよね?」
「もちろん。絶対にね」
その言葉を聞いて、安心した私は満面の笑顔でリーマスさんを抱きしめ返しました。
「じゃあ、また私がリーマスさんを独占出来るんですね」
にっこりと笑った私に、リーマスさんが苦笑混じりの笑顔をくれました。
†††
地下牢教室に入るのがこれほど嫌だった瞬間はありません。
大きな扉の前で悩んでいた私は、やっと決心して教室へと入っていきました。
薄暗い教室の中、薬草棚を見ていたスネイプ先生を見付けました。
もやもやと、私はスネイプ先生を弾劾したい気持ちでいっぱいでした。
私はスネイプ先生の近くまで行くと震える声をかけました。
「どうしてリーマスさんの事をばらしてしまったんですか」
「君は昨日の事を覚えていないのかね。
ルーピンは脱獄犯と一緒にいた人狼だ。理由など、それまで」
吐き捨てるスネイプ先生に沸き起こったのは私が今まで感じたことのない、ざらざらとした砂のような感情でした。
私はキッと先生を睨み続けていましたが、それを涼しい顔で受け流すスネイプ先生は見ていた薬草棚の中から、1つの小瓶を差し出してきました。