その時フェインがシャと声を上げて私の髪の毛を引っ張りました。
「わわ、なんですか、フェイン。痛いで――――スネイプ先生、こんばんわ」
振り返った私以外のメンバーがビクッと肩を震わせました。
最後の方に大広間を出た私達を、スネイプ先生が追いかけ、引き止めたのです。彼は不機嫌…というか、面倒臭そうな表情です。
「Ms.ルーピン、今から地下牢教室へ。
常備薬の追加がある」
「は、はい。わかりました。すぐに行きますね。
…じゃあ、私、あとから行きます。先に行って来てください」
ハリー達に軽く頭を下げ進もうとすると、ハーマイオニーに腕を引っ張られ、頭を寄せられました。
ハリーとロン、さらには先輩達も頭を寄せます。
その顔は全て怪訝そうなものばかりでした。
「リク! 常備薬ってどういうこと? どこか悪いの?」
「もしかしてリクも脱狼薬が必要なの?」
「なんでスネイプなんだよ。マダム・ポンプリーでもいいじゃないか!」
「というか明日でもいいだろう?」
「そうそう。もう就寝時間になるぞ」
ハーマイオニーにハリーにロンにジョージ先輩にフレッド先輩の順番にこそこそと声をかけられます。
数々の声に目を回しながら、私はごまかすように苦笑を浮かべました。
「脱狼薬ではありませんよ。
私、日本人なんで英語を上手く使えないんです。
だから翻訳の薬を貰っていたんです。…夏休みを挟んだのでもう残りが少ないんですよ」
ちらとスネイプ先生を見ると私達を怪訝そうに見ていたので、私は慌てて頭を寄せていた輪から離れました。
「じゃあ私、行きますね!
ハーマイオニーはちゃんとご飯食べないと駄目ですよ」
輪から離れた瞬間、歩き出したスネイプ先生を追いかけます。
グリフィンドール寮は階段を上がった先で、地下牢教室は逆の方向です。
すぐにハーマイオニー達とは別れてしまいました。
私は小さな足音をたてて、スネイプ先生についていきます。
久しぶりの地下牢教室へ入ると、不思議と懐かしさを感じました。緩んだ頬を隠すように手で覆います。
フェインが慣れたように私の身体から離れ、机の上を這っていきます。
先生の教卓まで行くと、レポートの間に身体を滑らせ落ち着きました。
そこには私がフェインにあげたハンカチが丸めて置いてあります。
いつのまにかスネイプ先生の机にも寝床を作っていたようです。
「危うく材料にされそうでしたな」
「シュー……」
いやいや、いつ仲良くなったんですか。貴方達。
鼻で笑うスネイプ先生に一瞬視線が行きます。
もうフェインにも慣れているのでしょうか、その細い指がフェインを撫でています。それを見て私の頬がさらに緩んでいました。
スネイプ先生が振り返り、その頬は引き締めましたけれど。
「Ms.、これが翻訳薬、…あともう1つ」
作っていただいている薬は2種類。
綺麗な色をした金平糖のような形の翻訳薬。
そしてもう1つ。透明な水のような液体は、私の夢を抑える薬です。
鞄に入れようと触れた指先が止まりました。スネイプ先生がそれを見ていました。
「……きちんと飲めているのか?」
「え?」
これは症状が重いほど副作用といいますか、身体が酷く痛むのです。
…実は痛みに負けてしまい、最近は服用していないのですが。
私は薬を両手で掴むと曖昧に微笑みました。
静かに私の手元を見ていたスネイプ先生が、ふと私の頭に手を乗せました。
目を白黒させる私。
戸惑いの声を上げる前にその手は離れてしまいます。
「え…? あの、先生今の、えぇ…!?」
きゃんきゃんと疑問の声を上げる私をスネイプ先生は無視して、机の整理をはじめてしまいました。
頭を押さえながらムッと顔をしかめた私。頬は赤く、暑くなっています。
フェインが机の上で私の方を見上げていました。
からかうようなフェインの瞳から、視線をそらしました。
スネイプ先生は何事もなかったようにしていますし…、もう、大人の余裕って奴ですか。
なんでこんなに顔が暑いんでしょうか。もう全く!
「就寝時間を過ぎますぞ」
「あ、大変です。ほら、フェイン、帰りましょ……フェイン?」
手を伸ばした先に、今までいたはずのフェインの姿がありませんでした。
スネイプ先生も不思議そうに机の周りを見渡しました。
「あのヘビはどこに行ったんだ?」
「えぇ、本当に。今までいたんですが…。
フェインー、帰りますよー? 置いてっちゃいますよー、スネイプ先生と寝るんですよー」
「断る」
私は腰を屈めてフェインを探しはじめます。
本当、就寝時間過ぎてしまいますよー。
(……時間、過ぎたらスネイプ先生に送って貰ったら…駄目でしょうか)
「Ms.ルーピン」
そんなことをぼんやり思いつつフェインを探していると、突然スネイプ先生に低く声をかけられました。
くるっと振り返って小さく笑顔を浮かべます。
「どうしましたか? スネイプ先せ…」
「お前が探しているのはこいつか?」
目の前に吊された不機嫌そうなフェインと目が合いました。
そっと視線を上げるとフェインを鷲掴みにするムーディ先生の姿がすぐ側にいました。
短い悲鳴を上げた私がフェインを受け取り、抱きしめました。
現れたムーディ先生は左目でスネイプ先生を見て、キョロキョロと動く右目の義眼で私とフェインを見ています。
スネイプ先生は眉間にしわを寄せてムーディ先生を睨んでいました。
「スネイプ、何故生徒がこの時間にここにいる?」
「その生徒はその薬を受け取りに来ただけだ。
………早く、帰りたまえ」
疑うようなムーディ先生の言葉に私はフェインを掲げて自分の顔を隠します。鞄を抱えて私はコクンコクンと頷きました。
ムーディ先生が苦手というか、怖いんですよ、私! 見た目とか言動とか見た目とか!
「では、スネイプ先生、ありがとうございました。
おやすみなさいです、ムーディ先生」
ぺこりと頭を下げて私は逃げ出すように地下牢教室から出ました。
暫く進んだ所でふぅと息を尽きました。
私の腕に絡み付いたフェインが私を見つめていました。
こつんと頭をすり合わせて抱きしめます。
「フェイン、今日は災難でしたね…2回も捕まれちゃって」
「シャウ」
「私も怖かったです…。あと、びっくりしました。どうしてスネイプ先生の所に?」
たしか…、ムーディ先生はもう偽物さんが教師を演じている筈です。
気をつけなければいけませんよね。
息を整えつつ、また歩きはじめます。