「わしがお前たちに同じことをしたら、喜ぶか?」
笑い声が一瞬にして消えます。
私はそのクモがだんだん可哀想に思えてきました。
その子の周りを動くフェインにとって、クモは餌ですからね…。
「完全な支配だ。
わしはコイツを思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、水に溺れさせることも、誰かの喉に飛び込ませることも…。
自主的にヘビに食わせることもな」
浮かんだクモがフェインの前で身を縮めていました。顎をくいっと動かすムーディ先生。
私を気にするフェインに、私は声をかけました。
「いいですよ、フェイン。おやつですからね」
クモはフェインに身体を巻き付けられ、耳障りな音を立てフェインの口の中に消えていきました。
クラス中が黙り込みます。
「何年も前の話になるが」
ムーディ先生が話しはじめました。
「かつて、多くの魔法使いたちがこの呪文に支配された。
誰が無理に動かされているのか、誰が自らの意思で動いているのか、それを見分けるのが魔法省にとってひと仕事だった。
『服従の呪文』と戦うことはできる。これからそのやり方を教えていこう。しかし、誰にもできる訳ではない。
できれば呪文をかけられぬようにするほうが良い。
油断大敵!」
最後の言葉は大きく響き、教室の中で鋭く響きました。私達は驚き飛び上がります。
静まり返った教室で、先生はもう1匹クモを出し、準備しました。
「他の呪文を知ってる者はいるか?」
ハーマイオニーの手が再び高く挙がります。
教室を見渡すと珍しくロングボトムくんが手を上げていました。
ムーディ先生の視線が彼に向けられました。
「何かね?」
「1つだけ、『磔の呪文』」
ロングボトムくんは小さく囁くように答えました。
何度も何度もムーディ先生は深く頷きながらクモへと杖を突き付けました。
「クルーシオ(苦しめ)!」
クモのは脚が胴体に引き寄せるように内側に曲げられ、ひっくり返り、さらには七転八倒し、わなわなと痙攣し続けていました。
クモの悲鳴は聞こえませんが、つんざくような声が聞こえた気がしました。
ギュッと耳を押さえ、それでもその姿だけを見つめていました。
呪文はまだ終わりません。
「、やめてください!」
辛くなって沈黙を破るように遮りの声を上げました。
それにさらにハーマイオニーの制止も加わりました。
ハーマイオニーの視線はクモではなく、ロングボトムくんに向けられていました。
悲痛に歪むロングボトムくんは恐怖に目を見開いていました。
私が静止の声を上げた直後、横から飛び出してきたフェインが苦しむクモを一瞬で口にしました。
視線をそらして肩を下ろし、長い息をつきました。
教室中はまた静まり返っていました。
「苦痛」
声が響きました。
「これも、かつてはさかんに使われた」
人を苦しませる、そんな呪文がさかんに使われていた時代。
肩を落としていた私のすぐ目の前にフェインがいました。私を伺うフェインに微笑みます。
心配をかけたようです。フェインの頭を優しく撫でました。
「よろしい。…では他の呪文を何か知っている者はいるか?」
今まで数人ずつ上がっていた手が全くいなくなりました。ハーマイオニーだけがまたゆっくりと手を挙げました。
「何かね?」
先生はハーマイオニーを見ながら聞きました。
「『アバダ ケダブラ』」
躊躇う、その声。何人かは不安げにハーマイオニーを見つめていました。
「あぁ、そうだ。最後にして最悪の呪文、『アバタ ケダブラ』…死の呪いだ」
先生はガラス瓶から3匹目のクモを取り出しました。
クモは机の上に置かれ、すぐさま逃げるように走っていきます。
フェインが私の元を離れ、そのクモを捕まえました。
ムーディ先生が杖を振り上げます。
「アバダ・ケダブラ!」
目も眩むような緑の閃光が走り。
クモはいつの間にか仰向けにひっくり返っていました。傷などひとつもありません。
ですが、間違いなく、死んでいました。
「よくない」
静かな口調のムーディ先生は死んだクモを杖で動かし、フェインの前に落としました。
クモはフェインの口の中に滑り込み、私の元へと戻ってきました。
おやつを食べきったフェインはくぁと欠伸をしてから私のローブの中へと潜り込みました。
「反対呪文は存在しない。防ぎようがない。
これを受けて生き残った者はただ1人。その者は、わしの目の前に座っている」
ムーディ先生は両目でハリーを見つめていました。私も息を潜めていました。
リーマスさんの友人を殺した、この呪文。
そして唱えたのは、未来のリドルくんだなんて。
そのあとの授業の内容はほとんど私の中には入ってきませんでした。
「何よりもまず、常に、絶えず、警戒することの訓練が必要だ」
今晩もヴォルデモートさんに会う気でいる私には警戒心が足りないのでしょうか。
終了のチャイムがなったあとも私はぼんやりと考え込んでいました。