夕食が終わった後、私は地下牢教室の扉から顔を覗かせました。

中には誰もいませんよね。ムーディ先生はいませんよね!

苦手な先生がいないことを確認して、私は教室の中へと入っていきました。

教室の中にムーディ先生はいませんけど、スネイプ先生もいませんでした。フェインと顔を見合わせ、首を傾げます。

いつものようにお手伝いに来た訳ですが、スネイプ先生の姿はありません。

気にせずにフェインは自分のスペースに潜り込みます。
私もスネイプ先生がいないことをいいことに、先生専用の椅子に座ってみました。

小さな私はその大きな椅子に埋まります。

「わわわ、いい椅子ですよ、ふかふかです」
「シャ」
「ふふ。くるくるまわりますよー」
「…………何をしている?」
「きゃっ」

くるくると遊んでいた瞬間、スネイプ先生が薬材入れた鍋を抱えて奥の部屋から現れました。

悲鳴を上げた私が慌てて椅子から立ち上がろうとしてバランスを崩しかけ、また座り込んでしまいました。

スネイプ先生の呆れた声。

私の動きを止めてから、スネイプ先生が最前列の席につきました。
生徒席で鍋をセットするスネイプ先生。なんだか生徒みたいです!

「という事は私が先生ということですね」
「くだらん」
「スリザリン1点減点! ってやりたいです」

ふふ。頬を緩ませながら、机の上で頬杖をつきました。

「いいですねぇ。将来、ホグワーツの先生になるのも楽しそうです」
「Ms.ルーピンが先生?」

あ。鼻で笑われました。私はむぅと声を上げます。

「いいじゃないですか、私が先生でも!」
「まだ何も言っていない。
 ……ちなみに何の教師になるつもりですかな?」

何の教師に。うーん。そこまでは考えていませんでした。

やっぱり教師になるのなら、リーマスさんと同じDADAも心引かれますが、私は戦うという事には基本的に鈍いですし…。
変身術は大の苦手科目ですし。
薬草学は少し得意ですけど、どちらかと言えば。

「魔法薬学の先生になりたいです」
「………」
「あ、そうだスネイプ先生の助手さんになれたら楽しそうですよね」

私がにっこり笑うと、黙って作業をしていた先生は数瞬ののちにまた鼻で笑いました。

「君のような助手など、いるだけ邪魔だ」

酷い言われようです。でも私は緩む口元を隠せずにいました。
もし、スネイプ先生と並んで生徒に授業を教えることができたら――。

「ふふっ」

急に笑った私を、怪訝そうなスネイプ先生と、楽しそうなフェインが見ていました。
スネイプ先生は暫く無言のまま、私から視線をそらして声を出しました。

「……遊んでいる間があるなら、我輩の机の上でも整理していろ」

頼み事の筈なのに命令系ですか!
私は積み上げられたレポートの山を見ながら首を傾げました。

「いいんですか?」
「見られて困るものなどない」
「じゃあ、私の成績表探してみましょう、フェイン。どこかにあるはずですよ! 改ざんのチャンスです!」

がさがさと机の上ではなく引き出しを開けた私とフェインに、スネイプ先生は浮遊呪文でベゾアール石を投げつけてきました。

私の笑い声。スネイプ先生が呆れたように笑った気がしました。


†††


暫くして、時計を見て立ち上がった私。それと同じくしてスネイプ先生もおもむろに立ち上がりました。

スネイプ先生を見つめると、彼は何も言わないままに鍋の火を止めて私を見下ろしていました。
眠っているフェインをゆっくり持ち上げ、鞄に入れます。

てててとスネイプ先生の隣に並ぶと、先生は歩き出しました。

ふふ。最近は就寝時間が近いとこうやって送ってくれるのです。何も言ってはくれませんけど。

緩んだ頬を向けながら、スネイプ先生の隣を歩いてグリフィンドール寮へと向かいました。

「あ、そうです、スネイプ先生? 三大魔法学校対抗試合の他校っていつぐらいにホグワーツに来るんでしたっけ?」
「10月の後半だ。予定は30日となっている」

あと1ヶ月近くあります。私は指折り、日付を数えていました。ふと、顔を上げます。

「スネイプ先生は誰がホグワーツ代表になると思います?」

そういえば。と聞いてみるとスネイプ先生は隣の私をチラリとだけ見ました。

「だが、Ms.は誰が選ばれるのか知っているのでは?」

チクン。頭の端が一瞬小さな痛みを訴えました。
サッとこめかみ辺りを抑えた私に、スネイプ先生は足を止め、体ごと振り返りました。

「………失言だったか」
「い、いえ。大丈夫ですよー。久しぶりだったんで驚いただけです」

慌てて手を離して両手を振ります。顔をしかめたスネイプ先生へ苦笑を向け、再び歩き出しました。

私は未来を知っています。ある程度ではありますが。

その未来を変えようとするたびに、頭に鋭い痛みが走るのです。今のもその痛みでした。
夢の中では痛んだりはしないんですけどね…。

また歩きはじめたスネイプ先生の隣に続いて追いかけると、背中側でガシャンと何かが落ちる音がしました。

はっと振り返る私とスネイプ先生。

そこにはハーマイオニーの姿がありました。
羊皮紙を片手に抱え、その足元には落としたと思わしき箱が落ちていました。

視線が合うと、ハーマイオニーはおろおろと箱を拾い上げました。
箱から飛び出したらしきバッチが数枚散らばっています。私も駆け寄って拾うのを手伝いました。

「大丈夫ですか? ハーマイオニー」
「え、あ、あの、うん、ごめんなさい、リク!」
「? 何で謝るんですか?」

ハーマイオニーはほのかに染めた頬で「えー、あー」と唸って、ちらりとスネイプ先生を見ていました。
振り返ってスネイプ先生を見ると、先程の場所から動かずにいた先生は、何だかバツが悪そうな顔をしています。

「………Ms.ルーピン、明日は『手伝い』の必要はない」
「は、はい。わかりました?」

なんで「手伝い」を強調するのでしょう?

首を傾げる私を置いて、スネイプ先生は地下牢教室へ戻る道を進んで行ってしまいました。
きっと同じ寮のハーマイオニーがいたからでしょうね。

途中まで送ってくださった先生の背中に心の中でお礼をいいました。

「本当、うん…、ごめんなさい」
「だから、どうして謝るんですか?」

バッチを拾い終わったあと、気まずそうに俯くハーマイオニーを覗き込みます。何も悪いことはしてませんよね?

再び聞くとハーマイオニーは赤い顔をしながら、私の顔を伺いつつ答えました。

「あの、私、リクとスネイプが、その」
「その?」
「…で、デートしているみたいに見えたから…」

ハーマイオニーの言葉を飲み込むのに数秒を要しました。
そしてその言葉を理解した時、1瞬で顔が深紅に燃え上がりました。

私はぶんぶんと首と手を振ります。


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