ムーディ先生はそれでもスネイプ先生を怪しんでいるようでした。
「魔法薬の材料…、他に何かが隠してはいないな? え?」
「我輩が何も隠していないのは知ってのとおりだ。君自身が調べたはずだ」
「だが、洗っても落ちないシミは存在する。
どういうことか、わかるはずだな?」
その時、スネイプ先生が突然、発作的に左腕を掴みました。
確か、闇の印がある、その場所を押さえたのです。
ムーディ先生が笑いながらスネイプ先生に視線を向けました。
「ベッドに戻れ、スネイプ」
「君にどこへ行けと命令される覚えはない」
「…勝手に歩き回るがよい。ただし、気をつけろ。わしに出会わぬように。
ところで何か落とし物だぞ…」
ムーディ先生は階段下にある汚れた羊皮紙を指していました。
それは『忍びの地図』でした。ここにハリーがいることがスネイプ先生にバレてしまいます!!
スネイプ先生がハッと手を伸ばす前に、私がしゃがんで先生の指の間から地図を取りました。
羊皮紙を折り畳んで、卵と一緒に抱えました。
「わ、私のです」
「……ポッターだ」
スネイプ先生が低い声で小さく呟きました。
「何かね?」
「その卵はポッターの物だ。羊皮紙もポッターのものだろう!
ポッターだ。透明マントだ!」
スネイプ先生はバッと振り返って階段を数歩上りはじめました。
あぁ、ハリーが見つかりませんように!
私はぎゅっとスネイプ先生のカーディガンを掴みなおそうとしますが、その途中でムーディ先生の声が響きました。
「スネイプ! 校長には謹んで伝えておこう。
君の考えが、いかに素早くハリー・ポッターに飛躍したかを!」
「…どういう意味だ?」
「ダンブルドアは誰がハリーに恨みを持っているのか、興味があるという意味だ!」
スネイプ先生はムーディ先生を見下ろしていました。
降っておりた沈黙に私も思わず息を殺します。
口を開いたのはスネイプ先生でした。
「我輩はただ、ポッターがまた夜遅く徘徊しているのなら、…やめさせなければならんと思っただけだ」
「ポッターのためを思ったと、そういう訳だな?」
ムーディ先生の言葉にスネイプ先生は睨みを返しました。
スネイプ先生がハリーを思ってだなんて、ありえないことだとは知っていました。
暫くしてからスネイプ先生が1言だけ呟きました。
「我輩は戻ろう」
「今晩、君が考えた中では最高の考えだな。
ルーピンはわしと一緒に来い」
え。私は一瞬、助けを求むようにスネイプ先生を見上げます。
ですが、スネイプ先生は私の背中にほんの少し触れただけでした。
私は俯いて、ムーディ先生の方に小さく頷きかけます。
ムーディ先生は渋るフィルチさんから金の卵を受け取っています。
その間にスネイプ先生は無言のまま階段を降り、戻っていってしまいました。
そしてフィルチさんもこの場を離れた後、ムーディ先生がゆっくりと階段を上がってきました。
「危なかったな、ポッター」
ムーディ先生の視線を追いかけると、私よりも数段上の、床が抜ける階段で足を取られているハリーの姿が現れました。
隣には透明マントもあります。私はびっくりして目を丸くしました。
「ハリー、そんなところにいたんですか!
大丈夫ですか!?」
「うん、なんとかだけど…」
側に卵と地図を置いて、私はハリーを引っ張り出します。
足を摩って苦笑を零しているハリーに、私も笑みを返します。
「これは何かね?」
振り返ると、ムーディ先生が金の卵の隣にある地図を拾い上げているのが見えました。
興味深そうにその地図を見つめています。
「ホグワーツの地図です」
ハリーが答えました。
ムーディ先生は義眼をクルクルと回しながら楽しそうに呟きます。
「これは、これは、たいした地図だ」
「えぇ、この地図…、とても便利です」
ハリーのお父さんのジェームズさんや、リーマスさん。シリウスにピーター・ペディグリューの悪戯仕掛人4人で書き上げた地図。
ホグワーツ内の全てを書き上げているその地図は、隠れて何かをするのにはとっても便利なものでした。
「ポッター、もしやお前、スネイプの研究室に誰が忍び込んだか、見なんだか?」
そうです! ハリーは犯人を知っている筈です! ハリーも静かに答えました。
「え…あの…見ました。クラウチさんでした」
「クラウチ……それはまっこと――まっこと、面白い…」
ムーディ先生は呟いたあと、そうだ。と言うふうに私に向きました。
「それで、ルーピン。こんな時間まで罰則か?」
「は、はい…」
ムーディ先生の視線が私に注がれました。
その瞳が苦手な私は少し視線を反らしながら、コクンと頷きます。
ムーディ先生は顔の傷を歪ませて笑いました。
「あの男が時間を忘れるなんてな」
「え?」
私ははっと頭を上げました。ですがムーディ先生はもう1回低く笑ったあと、私達をグリフィンドール寮におくるために歩き出しました。
その際、ハリーから『忍びの地図』を借りて。