翌日、私達はホグズミードでシリウスと会う約束をしていました。
村のはずれに向かう途中、人気がなくなってきた辺りで前からフェインが這って来ました。
私はフェインを肩に乗せてキスを送ります。
その少し先を見ると柵に足をかけている真っ黒い大きな犬が見えます。
「シリウスおじさん」
ハリーが挨拶します。黒い犬はハリーの鞄の匂いを嗅いだあと、向きを変えてトコトコと走り出しました。
私達はその尻尾を追いかけて、30分近く岩山を歩いて行きました。
するりと視界から消えたシリウス。狭い岩の裂け目があり、そこに入ると、1番奥の大きな岩にヒッポグリフのバックビークがいました。
元の姿に戻るシリウスを見つめながら、擦り寄ってきたバックビークの嘴を撫でました。
「チキン!」
『日刊予言者新聞』を手放し、シリウスはハリーからチキンとパンを受け取りました。
私は静かにまた一段と痩せてしまったシリウスを見つめます。
少し寂しくなって、シリウスの背中側からぎゅうと彼を抱きしめました。
肩を震わすように笑うシリウスの背中を掴んで、私はムスと頬を膨らませた。
「俺のことは心配しなくていい。愛すべき野良犬のふりをしているから」
「ですが」
「大丈夫だから」
同じく心配そうなハリーを見て、シリウスは真剣な言葉を続けました。
「ハリー、俺は現場にいたい。君が最後にくれた手紙…。誰かが新聞を捨てる度に拾っていたが、心配しているのは俺だけではないようだ」
ロンが洞窟に落ちている、黄色く変色した『日刊予言者新聞』を拾い上げました。
ゆっくりとシリウスから離れた私がロンと一緒に新聞を覗き込みます。
「パーテミウス・クラウチの不可解な病気…、魔法省の魔女未だに行方不明…。
これは…、クラウチさんが死にかけているみたいな記事ですよ」
「だけど、ここまで来られる人がそんなに重い病気のはずないし…」
「ウィンキーをクビにしたのがいけなかったんだわ」
ハーマイオニーが冷たく言いました。ロンが呆れた視線を向けていましたが、シリウスは関心を持ったようでした。
「クラウチが屋敷しもべをクビに?」
「うん、クィディッチ・ワールドカップの時に」
話を聞くと、クィディッチ・ワールドカップで闇の印が現れたとき、ウィンキーがハリーの杖を握り締めたまま発見され、クラウチさんが激怒したらしいのです。
ウィンキーは試合中、クラウチさんのため、ずっとハリーの後ろで座席を取っていたのです。
ですがクラウチさんはクィディッチの観戦には来ませんでした。
そして今も三校対抗試合の復活に尽力をつくしたはずなのに、来なくなってしまいました。
「……クラウチらしくない。これまでのあいつなら1日たりとも病気で欠勤したりしない」
「シリウス。クラウチさんを知っているのですか?」
聞くと、シリウスの表情がサッと曇りました。そして静かに口を開くシリウス。
「あぁ、クラウチのことはよく知っている。
俺をアズカバンに送れと命令を出した奴だ――裁判もせずに」
「え?」
「嘘でしょう!?」
「そんな…」
驚く私達に、シリウスは再び話しはじめます。
クラウチさんは当時『魔法法執行部』の部長でした。
優れた魔法使いで、次の魔法省大臣とまで噂されていました。
クラウチさんは常に闇の陣営にはっきりと対抗していました。
誰が味方かもわからない中、クラウチさんは『闇祓い』達に新しい権力を与え、シリウスのように裁判なしに『吸魂鬼』の手に渡されてしまった人もいたそうです。
暴力には暴力を。疑わしいものに『許されざる呪文』を。
そんな主義主張にどんどん支持者が増えていきました。
そして、事件が起こります。
クラウチさんの息子が『死喰い人』の一味と一緒に捕まったのです。
「クラウチの息子が捕まった?」
「そう」
シリウスはバックビークに鳥の骨を投げて与えました。
「その時のクラウチが父親らしい愛情を見せたのは息子を裁判にかけることだった。
それから息子をアズカバン送りにした」
私はシリウスが入っていた独房を思い出します。
暗く冷たく、そして檻の外に這う吸魂鬼の姿。
「アズカバンに入ればたいがい気が狂う。クラウチは奥方と一緒に息子の死際に面会を許された。
奥方を半分抱き抱えるようにして俺の独房の前を通り過ぎていった。
奥方はどうやらそれからまもなく死んでしまったらしい」
息子を亡くし、憔悴しきって。
そしてクラウチさんの息子は監獄の外に埋葬されました。
クラウチさんは『国際魔法協力部』に押しやられてしまいました。
「ムーディはクラウチが闇の魔法使いを捕まえることに取り憑かれているって言ってた」
「…俺の推測では、あいつは『死喰い人』を捕まえれば昔の人気を取り戻せると、まだそう考えているんだ」
「それで学校に忍びこんでスネイプの研究所を家捜ししたんだ!」
ロンがどこか勝ち誇ったように言いました。ハーマイオニーが口を挟みます。
「あなたが何と言おうとダンブルドアはスネイプを信用しているわ!」
「そりゃダンブルドアは素晴らしいけど、本当にずる賢い闇の魔法使いならダンブルドアを騙せないわけじゃない」
「ですが、…ほら、スネイプ先生は1年生のクィディッチの時、ハリーを助けてくれましたよ?」
「知らないよ。ダンブルドアに追い出されるかもしれないと思ったんだろ」
「どう思うシリウス?」
私達が言い合っていると、ハリーが声を張り上げシリウスに聞きました。
私達は静かにシリウスの方を見つめます。
「スネイプはいつも闇の魔術に魅せられていて、学校ではそれで有名だった。
スリザリン生の中でほとんど全員が『死喰い人』になったグループがあって、スネイプはその一員だった。
だが、俺の知るかぎり、スネイプは『死喰い人』だと避難されたことはない」
「でしたら先生は」
「リク。それだけで信用してはいけない。
『死喰い人』の大半が1度も捕まっていないんだ。それにスネイプは難を逃れるだけの狡猾さを備えている」
シリウスの言葉に私はむーと表情を険しくします。
スネイプ先生は、いい人、なのに。
そこでハリーがこの前の時間。カルカロフ校長先生がスネイプ先生に左腕の『何か』を見せたことを言いました。
が、シリウスは当惑したように肩を竦めました。
「さぁ、俺には何のことやらわからない…。
何時だ?」
「3時30分になります」
「もう学校に戻った方がいい」
シリウスはそう言って立ち上がりました。
ついでのように私の頭を撫でて、言い聞かせるように話し出しました。
「君達は俺に会うために学校を抜け出したりはしないでくれ。ここ宛にメモを送ってくれ。
誰かが君達を襲う格好のチャンスになってしまうから」
「僕を襲おうとした人なんて誰もいない。ドラゴンと水魔が数匹だけだよ」
ハリーが言います。私はクスと笑いましたが、シリウスはハリーを睨みました。
「ハリー、試合が終わるまでは6月までは駄目だ。それから、君達の間で話をするときは『スナッフル』と呼びなさい。
あぁ、リクは夢で俺に会いに来たりしないように。またムーニーにどやされる」
「はい。わかってます」
シリウスはそういうと私達を村境まで送ると言ってくれました。
犬の姿になったシリウスをぎゅうと抱きしめ、私達は歩き出しました。
嫉妬したフェインが私の肩に乗ってぎゅうと胴体を絡ませましたが。
柵の所まで戻ってくると、犬の姿のシリウスは私達に代わる代わる頭を撫でさせたあと、村外れに向かい背を向けました。
私の肩からフェインが滑り落ちます。
「シリウスをお願いしますね。フェイン」
「シュー」
一声鳴いたフェインがシリウスの姿を追いかけて行きました。
私達はホグワーツへの道を戻ります。玄関ホールの石段を上がると大広間から夕食の匂いが漂ってきました。
ロンがいいます。
「あの人って本当にハリーのことを可愛がっているんだね。
ネズミを喰って生き延びてまで」