ナギニが私から離れていきました。私は立ち上がり、ふらふらとしつつもハリーの側に駆け寄ります。
「ハリー…!」
ハリーは私の姿を捕らえるとその緑の瞳に嫌悪感を滲ませました。
その瞳に私はハッと息を飲みます。ハリーは、ハリーは私に幻滅してしまったのでしょうか。
いいえ。きっとそうです。ハリーは、私をもう信用してはくれない……。
短く笑ったヴォルデモートさんが私の腕を引きました。
手を引かれるまま、私はヴォルデモートさんの隣で息を詰まらせるピーター・ペティグリューを見つめていました。
「ご主人様……ご主人様…」
「腕を伸ばせ」
「おぉ、ご主人様…ありがとうございます…ご主人様…」
ピーター・ペティグリューは血の滴る右手を差し出しました。
ですが、ヴォルデモートさんはまたしても笑いました。
「ワームテールよ、別の方の腕だ」
「ご主人様…どうか…どうかそれだけは……」
ヴォルデモートさんはかがみ込み、ピーター・ペティグリューの腕を引っ張りました。
左腕のローブをめくり上げると、口からヘビが飛び出した髑髏の姿――闇の印が刻まれていました。
ヴォルデモートさんはその闇の印を丁寧に調べたあと、長く青白い指をピーター・ペティグリューの闇の印を押し当てました。
ピーター・ペティグリューの絶叫。私の肩が恐怖に震えました。
恐怖に震える私の肩を抱くようにヴォルデモートさんが腕を伸ばしました。
「それを感じたとき、戻る勇気のあるものが何人いるか。
……そして離れようとする愚か者が何人いるか」
そう呟くと、ヴォルデモートさんは思い出したかのように私に向き直りました。
「やるべきことをやっておくか」
ヴォルデモートさんは私の傷付いた肩に杖を向けました。
無言呪文で私の傷口が塞がっていきます。私の頬についた血をヴォルデモートさんがぬぐいました。
「あ、ありがとう…ございます…」
「あぁ」
ヴォルデモートさんの手が私のローブにかかりました。
私のネクタイを解いていく手を見て、私は頬を膨らませます。
「ヴォルデモートさん?」
「俺様は貴様にだけは何があろうと呪いをかけない。この1つ以外は」
ネクタイが解かれ、ヴォルデモートさんは私のYシャツのボタンに手をかけました。流石に身を引きます。
「な、何をする気ですか?」
「心配しなくとも、性行為に運ぶ気はないが」
「その発言からして怪しいんですよ!」
不服そうなヴォルデモートさんが再び私の身体を引き寄せます。
そして、少し開かれた私の胸元に杖を差し入れました。
私は顔を真っ赤にしてヴォルデモートさんに腕を伸ばして彼を遠ざけようとしますが、力で勝てるわけはありません。
ヴォルデモートさんはにやりと笑いながら、楽しそうに何かを呟きました。
杖を押し付けられた部分が一瞬チリッと痛みます。
肩を震わせると、ヴォルデモートさんは私の肩を強く抱きしめました。
「見せてみろ」
彼の声。私はヴォルデモートさんを置いといて、背を向け、恐る恐る自分の胸元を見ました。
左胸の辺り。丁度、心臓あたりの場所に、ピーター・ペティグリューの左腕にあったものと似たようなヘビが浮かび上がっていました。
闇の印と違うのは髑髏はいなく、ヘビが蜷局を巻いている印でした。
頬を膨らませて、私は長身のヴォルデモートさんを見上げます。
「これはなんですか? 闇の印?」
「闇の印は『死喰い人』にしかつけん。
それは俺様の所有物という証になる」
別にヴォルデモートさんのモノになったという気はないのですが。
頬を膨らませたまま、抗議の瞳を向けると、ヴォルデモートさんはくつくつと笑って、再び私の腕を引いて、私の左胸に浮かんでいるヘビにキスをしました。
バッと胸元を隠す私にヴォルデモートさんはまた怪しく笑いました。
慌ててボタンやネクタイを締めていきます。
そうです、私、何をぼんやりとしていたのでしょう!
ヴォルデモートさんが辺りを見回します。ハリーの姿をその目に捉えながら、墓と墓の間でバチン! と姿現しをする音が響きました。
「来たか」
全員がフードと仮面を付けた黒い集団が墓の間から姿を現しました。
その『死喰い人』達はヴォルデモートさんのそばに這いより、彼のローブの裾にキスをしていました。
私が黒い集団に恐怖を覚えていると、ナギニが私の足元を這い回り、私を守るかのように側の死喰い人を睨みつけていました。
私とナギニ、啜り泣くピーター・ペティグリュー。
そしてハリーとヴォルデモートさんを囲む大きな死喰い人達で作られた円。
その円には所々切れ目も伺えましたが、ヴォルデモートさんは気にすることなく、円の中心で周りを見回しました。
「よく来た『死喰い人』達よ。
13年、最後に我々があってから13年だ…。しかしお前達は再び俺様の呼びかけに答えた」
ヴォルデモートさんはバッと周りの死喰い人達を見ました。
円に立つ人々は誰もが恐怖に震えているかのようでした。
「お前たちは全員、無傷だ…。なぜ、この集団はご主人様に永遠の忠誠を誓ったというのに、何故、そのご主人様を助けに来なかったのか?
俺様は失望した…失望させられた…」
ガタガタと震える人影の中、1人がヴォルデモートさんの足元にひれ伏しました。
「ご主人様! お許しを!」
ヴォルデモートさんが笑います。そして杖を構えました。
「クルーシオ(苦しめ)!」
辺りをつんざく悲鳴。
ぎゅっと身を縮こませた私はその拷問を受けている人影の側に駆け寄ろうとしました。
ですが、ヴォルデモートさんの厳しい瞳がそれを制します。
「リク、黙って見ていろ」
「………ヴォルデモートさ、ん……」
私は小さく彼の名前を呼ぶことしかできません。
『磔の呪文』の効果は切れたようで、拷問された死喰い人は息も絶え絶えに地面に横たわっていました。
ヴォルデモートさんがその人を見下ろします。
「起きろ、エイブリー、俺様は許さぬ。俺様は忘れぬ。13年ものの長いあいだのことを許す前にツケを払って貰うぞ。
ワームテールは既にそのツケの一部を払った」
ヴォルデモートさんの視線が泣き続けているピーター・ペティグリューに移りました。
「貴様が俺様の元に戻ったのは恐怖心からだ。虫けらのような裏切り者だが、貴様は俺様を助けた。
ヴォルデモート卿を助けるものには褒美を与える……」
ヴォルデモートさんは杖を上げ、空中でクルクルと回しました。
すると、空中に銀色の水銀のようなものが現れ、それが流れ込むようにピーター・ペティグリューのなくなった手首に埋まり、人の手の形になりました。
ピーター・ペティグリューが急に泣き止みました。
新たに出来た手を開いたり、閉じたりしながら、驚きに満ちたような顔で、次にヴォルデモートさんを見上げました。
「我が君…ご主人様…ありがたき幸せ……」
「ワームテールよ、貴様の忠誠心が2度と揺るがぬよう」
ヴォルデモートさんはそう言うと、死喰い人の前をゆっくりと歩き出しました。
1人1人確認するように、伝わる恐怖を感じ取るように、ゆっくり歩いていきます。
「ルシウス、抜け目の無い友よ」
ヴォルデモートさんはある死喰い人の前で立ち止まりました。
「貴様は昔と変わらぬやり方でマグルいじめを楽しんでいるようだが? ……しかし、貴様は1度も俺様を探そうとはしなかった」
「我が君、私は常に準備しておりました。…貴方様からの何らかの印があれば、すぐにお側に」
フードの下からドラコくんのお父さん、ルシウス・マルフォイの声が聞こえました。
マルフォイさんの声を遮るように、ヴォルデモートさんの気だるそうに言いました。
「それなのに、貴様はこの夏、忠実な死喰い人が空に打ち上げた俺様の印を見て、逃げたというのか?」
突然口をつぐんだマルフォイさん。
ヴォルデモートさんは覗き込むようにマルフォイさんを見つめていました。
「そうだ、ルシウスよ。俺様は全てを知ってるぞ…。お前の息子が未だにコイツとの交流があることも」
ヴォルデモートさんの視線が私に一瞬向けられました。
マルフォイさんは、私とドラコくんが縁を切ったと思っています。
マグルの出である私とドラコくんの仲を否定しようと、マルフォイさんが口を開いたところで、ヴォルデモートさんが杖を突きつけました。
「息子が親の言うことをきかなかったのを感謝するんだな。
リク、来い」
言葉通りに私はヴォルデモートさんに近寄ります。
死喰い人が私を見る目は様々でしたが、ヴォルデモートさんが私を抱き寄せた時に、視線は驚愕へと変わりました。
「これを手にかけるのは俺様だけだ。いいな?」
死喰い人達が威圧に押され、頷きました。私は黙ってヴォルデモートさんを見上げます。
困ったように彼を見上げていると、ヴォルデモートさんが私を見下ろしてやっと手を離しました。