ダンブルドア校長先生は次に静かに話し出しました。

「セドリックの死は皆それぞれに影響を与えた。
 それ故、わしはその死がどのようにしてもたらされたものかを、皆が正確に知る権利があると思う」

音が消える瞬間。ダンブルドアの声は大広間にやけに大きく響きました。

「セドリック・ディゴリーはヴォルデモート卿に殺された」

恐怖が大広間に広がり、みんながいっせいにざわめき始めました。
その中かでダンブルドア校長先生は平静を保っていました。

「魔法省は、儂がこの事を皆に話すのを望んでおらぬ。
 その理由はヴォルデモート卿の復活を信じられぬから、または皆のように年端もゆかぬ者に話すべきではないと考えるからじゃ。
 しかし、わたしはたいていの場合、真実は嘘に勝ると信じておる。
 セドリックが事故や、自らの失敗で死んだと取り繕うことは、セドリックの名誉を汚すものだと信ずる」

驚きや恐れが大広間の顔という顔に浮かび、ダンブルドア校長先生を見ていました。

「セドリックの死に関連して、もう2人の名前を挙げねばなるまい。
 リク・ルーピンと、ハリー・ポッターのことじゃ」

再び、ざわめきが広がり何人かが私とハリーの方を見て、また急いで校長先生に視線を戻しました。
フェインが不機嫌そうに蜷局を巻いていました。

「2人は辛くもヴォルデモート卿の手から逃れ、彼等はホグワーツにセドリックの亡骸を連れ帰ったのじゃ。
 わしは2人を讃えたい」

ダンブルドア校長先生の声は戒めのように私に絡み付きました。
……そんな、凄いことではないのです。私は、ディゴリー先輩を、救えなかったのですから。

再び上げられたゴブレット。私は静かに座ったままでした。

「セドリックを忘れるでないぞ」

これから、私が生きている限りずっと、ずっと。ずっと、永遠に。

「1人の善良な、親切で勇敢な少年の身に何が起こったかを」
 セドリック・ディゴリーを忘れるでないぞ」


†††


すっきりした寝室を見て、私は胸を張ります。
フェインが蜷局を巻いて乗っているトランクを引くと、後ろからぎゅと抱きしめられる感覚に息がつまりそうになりました。

ハーマイオニーでした。

「リク、私、私…」
「………ハーマイオニーはハリーの側にいてください。
 ハリーには心から信用出来る友人が必要ですから」
「リクは!」

ハーマイオニーの声は震えていました。

「リクはどうするの…!?」

背中から抱きしめられ、私は真っ直ぐと前を見つめ続けていました。

「私にはフェインがいます。
 それに、これからやるべきことも私にはわかっています。
 気をつけてくださいね。ハーマイオニー」

小さく微笑んでハーマイオニーに振り返り、抱きしめ返しました。
強く、強く抱きしめあって、離れた時にハーマイオニーが泣いているのが見えました。

私は、何も言えませんでした。


†††


トランクを引いて、私は玄関ホールまで人がいなくなるまで待っていました。
最後の馬車に乗って帰ろうと思ったのです。

いつの間にか隣にはスネイプ先生が立っていました。

「………薬は、少しずつですが飲もうと思います」

貯まってしまった『夢を抑える薬』。激痛を生むそれを、私はまだ持ったままでした。

先生は一瞬だけ私を見ました。

「そうしてくれたまえ。死なれては困る。
 君は我々が知らないことを知っているのだから」

『騎士団』にとっても『闇の陣営』にとっても、私の記憶は武器となるでしょう。
使えるのです。私の『記憶』は。

「スネイプ先生。先生にもう1つ薬の調合をお願いしてもいいですか?」

太陽は不釣り合いなくらい輝いています。雲1つない空を見上げて目を細めました。

「頭痛薬を作って欲しいのです。とても強力なものを。
 私がもし未来を変える瞬間になっても、私の行動が遮られないように」

頭痛なんかで、他の人が死ぬ瞬間を見送らないように。

スネイプ先生の表情はいつもの不機嫌そうな無表情でした。

「そんなもので変えられるとは思わないが」
「先生に作っていただけないなら、自分で調べて調合します」
「……………」

薬の調合は一生徒が簡単に出来るものではありません。
本来ならば資格が必要なものですし、失敗すれば、それは毒にしかなりません。

スネイプ先生は皮肉に笑っていました。

「それは、どんな脅しかね?」
「脅し…ではありませんよ。
 だって先生自身は私がいなくなろうが、関係ないのでしょう?」

思わずこぼれた言葉に、先生の表情に驚きが足されるのが見えました。

じわじわと痛んだのは頭ではなくて、胸の辺りでした。

ぐっと捕まれた腕に驚きながら、私とスネイプ先生の距離が近付きました。
びっくりして、息を止めます。先生は私をただ見ていました。

「最後の馬車だ。行きたまえ」

気付けばスネイプ先生の言う通り、馬車が私を待っていました。
離れた腕を何故か寂しく思いながら、私は馬車に足を向けます。

躊躇うように振り返ると、スネイプ先生はまだ私を見ていました。

「………薬の事は考えておいてやる。1人で勝手な真似をするな」
「…ありがとうございます」

私は深々と頭を下げて、馬車に乗りました。
再び振り返るとスネイプ先生は既に背を向けていました。

動き出した馬車の中で私は体育座りをして、真っ青な空を見上げました。

手を伸ばしてみましたが、高すぎる空がさらに遠く感じるだけでした。


(狼さんの娘は4年生(The goblet of fire))


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