どうして、私だったのでしょう。

私以外のもっとこの世界のことをよく知っている人間だったら、彼を救えたかもしれなかったのに。

どうして私が? どうして私を選んだのですか?
どうして私がこんな、痛い目にあわなくてはいけないのでしょうか。

ただ、知っていることを、新しく出来た父に伝えたいという、ただそれだけなのに。

私はただ普通の生活をしていた筈なのに。友人に囲まれて、幸せに。
なのに、どうしてこんな酷い目にあわなくてはいけないのでしょうか。

「酷い? 君の方が酷いじゃないか」

声が聞こえる。私を責め立てる、そんな声が。

「君は僕が死ぬことを知っていたのに、どうして助けてくれなかったの?」

ディゴリー先輩の声に、目を覚ましました。



†††



冷水を浴びたかのような寒気を感じ、目を覚ました私は、お隣のベッドに視線を向けます。

部屋には2つのベッドがあり、1つには私が、そしてもう1つにはリーマスさんが眠っていました。

外はまだまだ暗く、真夜中であることを伝えています。

ゆっくりと起きだした私は自分のベッドから抜け出して、リーマスさんが眠るベッドに潜り込みました。リーマスさんの眠たそうな掠れた声。
私がぎゅうと抱きしめるとリーマスさんは私の頭を撫でてくれました。

「………リクちゃん……?」
「……ディゴリー先輩が」

冷たい私の身体。暖かいリーマスさんに抱きついて、私はリーマスさんの胸に顔を埋めました。
混乱する頭の中を整理することもできずに、私は涙すら零すことが出来ないでいました。

「ディゴリー先輩がどうして? って。私に、どうして助けてくれなかったの? って、聞くんです。なんで、どうして、私がここに……」

呆然と震える私を、リーマスさんは強く抱きしめ返してくれました。
リーマスさんも眠たいでしょうに、私を安心させるために、優しく頭を撫でてくれました。

「…リクちゃんは悪くない。悪くないよ。リクちゃんは出来ることをやったんだから」

優しい声が私に降り注ぎます。安心させるように、私が不安で潰されてしまわないように。
そしてリーマスさんは私が再び眠りに落ちるまで優しく私を撫でていてくれました。

どれだけ後悔してもディゴリー先輩は、もう戻ってきません。



†††



私は階段を降りていきます。朝の空気は冷たく凍っていました。厨房に向かう途中で手摺りにいたフェインを見つけました。

彼は屋敷にいた蜘蛛を朝食にする気でいたようで、私が見ている中、素早く獲物を捕らえました。
そして、私に気がつくと、手摺りに乗せた私の手を伝って肩まで上がってきました。

「おはようございます、フェイン」
「シュ」

囁くように会話をしてから私はフェインを肩に乗せ、ホールまでの階段を降りていきます。
沢山の人が集まれるこのホールは、朝ということもあってまだ誰の人影もありません。

閑散としているホールをくるりと見返し、隅にある蜘蛛の巣を見つけました。ここもまだまだ掃除が必要ですね。

「リクちゃん、おはよう」

声に気づき、振り返るとそこにはリーマスさんの姿がありました。

私は微笑みを浮かべて、大好きなリーマスさんに駆け寄ります。
駆け寄ったスピードのままリーマスさんへと抱き着くと、リーマスさんは軽くよろけていましたが、微笑みながら私を支えてくれました。

「おはようございます、リーマスさん!」

大きな手が私の頭を撫でてくれます。
昨日の夜のことを心配していてくれたのか、リーマスさんは私の表情を伺うように覗き込みました。

「リクちゃん。あれからよく寝れた?」
「はい。ありがとうございました。私、リーマスさんにご迷惑を……」
「そんなことない。何かあったらすぐ起こしてくれていいからね」

ぎゅうと抱きしめられて、暖かい体温が私に伝わります。
思わず微笑みを浮かべていると、リーマスさんは私の体を離して、今度は手を繋いでくれました。

リーマスさんは何かあったとしても私の側にいてくれるのです。
嬉しさに頬が緩みます。リーマスさんと手を繋ぎながら、私達は厨房に向かいました。



†††



『不死鳥の騎士団』。

これはアルバス・ダンブルドア校長先生が、ヴォルデモートさんに対抗するために作った組織でした。

まだ赤ん坊だったハリーが十数年前、ヴォルデモートさんを打ち破りました。
それから活動を控えていた組織ですが、去年の終わりに、ヴォルデモートさんが復活したのを受けて、再び結成され直されたのです。

本当は魔法省との連携を組むのが1番得策なのですが、魔法省はヴォルデモートさんが復活したのだということを未だに信じていませんでした。

ヴォルデモートさんは恐怖の象徴でもあります。信じてしまえば、魔法界にパニックが起こることは目に見えていました。
ですが、ヴォルデモートさんはもうすでに、復活してしまったのです。

そういった魔法省の動きもあり、今回の騎士団は再結成したのにも関わらず、ひっそりと、隠れるようにして活動を続けていました。
以前の騎士団員はもちろん、他にも数人…ダンブルドア校長先生を信用し、そして信用されている人間何名かが新たに加わりました。

「リク、会議用の資料を配っておいてくれ」
「はい、わかりました」

そして、新しく加わった騎士団の中には、まだ学生の身である私も混ざっていました。

学生の身である私自身にできる任務は対してありません。

ですが、昔の闇の陣営に関する情報や、今回のヴォルデモートさんの動きをなどを集め、まとめるという仕事を任されていました。
会議に出席できたとしても、大したことができないことはわかっています。なので、今みたいに会議用の資料を配っていたりして、雑用をこなしていました。

まわりは学生である私の入団を、快く許したわけではありませんでした。
ですが、最終的にダンブルドア校長先生が特別に許可してくださったのです。

私は、ヴォルデモートさんにとって、ある意味『特別』でしたから。

ダンブルドア校長先生は、私が有益な情報を得ることを求めているように思いました。

私の入団にあたり、大好きなリーマスさんも、すぐには賛成はしてくれませんでした。
騎士団員になるということは必ずしも安全なことではないのです。

でも、それでも、大好きなリーマスさんの意思とは反していても、何か、これから、未来を変えることが出来るように。
私が出来ることを増やすために。情報は出来る限り多く知っていたかったのです。

これは私の我が儘。

「魔法省は一体何をしているんだ」
「まだ認めたくないんだろう。
 『例のあの人』が戻ってきたとなるとファッジ政権最大の混乱が訪れる」
「手遅れになるぞ」
「ダンブルドアを疑うだなんて、どうかしている」

大人達が繰り広げる会話を私は聞き続けます。少しの情報も漏らすまいと、資料を配りながらも、耳をすまして、声を聞き取っていました。

「ワルデン・マクネアはどうなんだ? 死食い人だという証拠はあったか?」
「今、トンクスが調べている。だがあいつは殆ど黒だ。魔法省にはマルフォイもいるし、どこまで『闇の陣営』がいるかわからないぞ」
「正確な情報を集めないと――」
「―――リクちゃん」

私の大好きな声がしました。


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