朝ごはんを食べ終わったリーマスさんが、玄関ホールでローブを着込んでいます。これからハリーを救出に行くのです。箒での長旅になることはわかっていました。
リーマスさんは私の頭を撫でながらニッコリと笑いました。
「予定なら今晩には戻ってくるから」
「わかりました。
リーマスさん達が戻り次第に会議を始めるそうです。私も準備していますね」
会議に積極的な私に、リーマスさんは苦笑を零していました。
「危ないことはしないんだよ」
「大丈夫ですよー。大人しくお留守番していますから」
「じゃあ、行ってくるからね」
「はい。気をつけてくださいね」
「そこの新婚さん、急がないとおいてくわよー」
玄関で立ち止まっているリーマスさんと私に、トンクスさんがからかいの声をかけました。
苦笑を零す周りに、私は照れたようにはにかみます。
リーマスさんはまんざらでもなさそうに笑ったあと、トンクスさんの後についていきました。
本当は私もついて行きたかったんですけど、始終箒で移動していくようですし、私、箒はあまり得意ではありませんし…。リーマスさんに真っ先に止められてしまったことも1つにありますし。
最後に出て行ったリーマスさんを確認してから私は玄関から離れ、静かなホールに戻りました。
そこには残った騎士団の方々がいました。
私を見る視線の所々には変わらず厳しいものがありますが、騎士団メンバーの中に久しぶりに見たスネイプ先生を見つけて、微笑みを浮かべて駆け寄りました。
「スネイプ先生、こんにちは」
先生は何も言いません。
ですが、私の姿を見て思い出したかのように、足元のトランクから薬瓶を取り出しました。私の表情が固くなります。
「いつもの翻訳薬と、この前言っていた薬だ」
見慣れないその瓶は、夏休み前に私が頼んでいた頭痛薬でした。
私が未来を変えようとしても、頭痛なんかで止められはしないように、スネイプ先生に頼んでいたものでした。
スネイプ先生から薬を受け取り、両手で包むように握りました。
先生は面倒臭そうに私から視線を外して溜め息をついていました。
「ルーピンがいるとまた煩い。今のうちに渡しておく」
「ありがとうございます。スネイプ先生」
「もう1種類は?」
「……それは…。まだ、あります、から」
去年1年間飲まずにいた夢を抑える薬は未だに残っています。
今は毎晩、リーマスさんがいる場所で飲んでいます。身体に発生する痛みはまだまだ激しいものでしたが、リーマスさんが側にいるので、前よりは楽になった気がしていました。
薬の話はもういいとして、私は思い出したように先生を見上げて抗議しました。
「それにしても、スネイプ先生。シリウスを虐めるのはやめてくださいよ!
この前もまた喧嘩してたじゃないですか」
「子供の喧嘩のように言うな」
「同じじゃないですか」
「……グリフィンドール――」
「学校じゃないので無効ですもん」
ふふ。と胸を張ると頭に掌が軽く落とされました。痛いです。
私はスネイプ先生の姿を見上げました。前々から青白かったその肌は休みに入ってさらに白くなったような気がしていました。
「先生、」
少しだけ口を開きましたが、何を言おうとしていたのか考えていなかったので、私から言葉は溢れ出しませんでした。
先生は今、ヴォルデモートさんを2重スパイするように動いています。病的なほど白い肌に私は不安を隠せずにいました。
軽くうつむいて、先生に向かって頭を下げます。
そして逃げるようにその場を立ち去りました。
なんだか複雑な気持ちで階段を上がっていると、盗聴用として先輩達が発明した『伸び耳』を使っているフレッド先輩の姿。隣にはジョージ先輩もいました。私は苦笑を零しながら先輩の背中に触れます。
「先輩、まだまだ会議は始まりませんからねー」
「だからこそ何か情報が入るかもしれないだろ。
何やっているのか、リクが教えてくれたら、俺達もこんなことしないんだけど」
「駄目です。私がモリーさんに怒られてしまいますもーん」
不満そうな顔をした先輩達に苦笑をこぼします。
頑張っている先輩を残し、階段をさらに上がり、私は今日掃除をしようと思っていた部屋に入りました。
朝になり、眠っているフェインを脱いだ上着の上に乗せて、私は腕まくりをしました。
お休み中なので、得意の『スコージファイ(清めよ)』は使えず、お掃除は全てマグル式でやらなくてはいけないのですから。
†††
「ここにいた」
私が掃除に夢中になっていると、後ろから声をかけられました。シリウスでした。
シリウスはこの屋敷から出ることをダンブルドアに禁止させられていました。
魔法省が未だシリウスを探しているからなのですが、自由に外に出られないシリウスは不満を抱えていました。
私は微笑みながらシリウスに駆け寄ります。
「何かありましたか? シリウス」
「いや。姿が見えなかったから。ロンとハーマイオニーは下の階にいたが…」
シリウスの表情に心配そうな色が浮かびます。私はにっこりと微笑みました。
「私は大丈夫ですよ、シリウス。私にはフェインがいますから」
「そういう話でもないだろう。リクだけがなんでも抱える必要はないんだ。
ヴォルデモートのことも、未来のことも」
さまざまな方が集まる騎士団の中でも、私は少々異質なものでした。
まだ学生でしたが、騎士団員で、ハリーと友人(だと私は思っています)で、ヴォルデモートさんと友人で。そして、未来を知っています。
私が未来を知っているということを知っているのは、リーマスさんにシリウス。ダンブルドアとスネイプ先生の4人です。あ、あと…今はいないリドルくんも知っていましたっけ。
そのうちの1人であるシリウスが心配そうに私を見ていました。
「無茶をするなよ、リク」
「はい。無茶はしませんよ。
ヴォルデモートさんは私には酷いことはしないでしょうから」
「だがリーマスは殺すかもしれない。わかっているのか?」
シリウスの声が私に届きました。
「そんなのわかってます」
反論した私の声はひどく冷たいものでした。
「私は誰も殺しません。殺させません」
「…………リク、君は」
途中まで声を零したシリウスが、軽く首を振って言葉を引っ込めました。
私の頭を撫でると、手を差し伸べてくれました。私もその手をとります。
「会議が始まる。行こう、リク」
「リーマスさん達が帰ってきたんですね!? 掃除に夢中になっていました」
「リクが掃除好きで助かるよ」
「ふふ。お掃除は好きみたいです。あ、そういえば。客間に多分、ボガードがいると思うんです。タンスがガタガタ鳴っていまして。
退治しておきます?」
「いや、俺の母上のことだから何が入っているかわからない。
アラスターに見てもらってからにしたほうがいい」
シリウスの手は大きくてリーマスさんとは違う温かみがあります。
今年、私は貴方のことを守らなくてはいけないのです。
ディゴリー先輩のあとをおわせるわけにはいかないのですから。