「いますぐベッドに行きなさい! 全員です!」
モリーさんはシリウスをチラリと見ながら小刻みに震えていました。
「貴方はハリーに十分に情報を与えたわ。これ以上何か言うならいっそハリーを騎士団に引き入れたらいいでしょう」
「そうして! 僕、戦いたい!」
「だめだ」
答えたのはリーマスさんでした。
「騎士団は成人の魔法使いで組織されている。学校を卒業した魔法使い達だ」
リーマスさんは口を開こうとしたジョージ先輩とフレッド先輩を見ました。
「騎士団員には危険が伴う。君達には考えが及ばないような危険が」
「でもリクは騎士団員じゃないの?」
ハリーの声に、リーマスさんの唇がきゅっと結ばれました。リーマスさんは私を見ることなく、ハリーを静かに睨んでいました。
「私はリクちゃんが騎士団にいることを賛成しているわけじゃない」
「じゃあ、なんで」
「私では、リクちゃんに刻まれた『印』を取ることが出来ないからだ」
リーマスさんの絞り出すような声に、私はさっと自分の左胸を抑えました。
そこにはヴォルデモートさんに与えられた髑髏のない『闇の印』のようなものが残っているままです。
痛むことのないこの印は、私がヴォルデモートさんのものであると主張をしていたのでした。
そしてこれを取ることができるのはヴォルデモートさんだけなのです。
「シリウス、モリーの言うとおりだ。私達はもう十分話した」
リーマスさんはそう言い切りました。
シリウスも肩を竦めましたが、言い合いはしませんでした。
威厳たっぷりに息子達を呼ぶモリーさん。私は俯いたリーマスさんに両手を伸ばしました。
「リーマスさん……」
「リクちゃん。今日はみんなと同じように上がって寝なさい。
……疲れたでしょ?」
実を言うとあまり疲れてはいませんでした。ですが、ぎゅうとリーマスさんの身体を抱きしめて、素直に頷きました。
リーマスさんの頬におやすみなさいのキスをしてから、私は静かに微笑んで最後に出て行ったハリーの背中を追いかけました。
†††
次の日。
私達が朝食を食べている間、騎士団員が少しずつ集まり、みんなが忙しそうに動き始めました。
そして今日も大掃除をする気で満々だった私にも声がかかりました。
「今日はみんなで大掃除をすると言っていたんですが……フェイン、お手伝いに行ってもらえますか?
ここにいてもきっと暇ですよ」
「シュー」
「蜘蛛さんは食べてもいいですけど、食べ過ぎちゃ駄目ですよ。3匹以上は駄目です」
人差し指をたてる私の肩からフェインが滑り降りていきます。
今日の作業は書類のまとめ作業でした。そこには前回の戦いの記録も多くありました。
私には今、情報が必要です。これからの未来をどうするか、どうやって変えるのかを考えるためにも情報は足りないくらいでした。
誰も死なせないために。出来れば…ヴォルデモートさんも救える手立てがあればいいのですが…。
そして私は厨房のテーブルに座り、1人、黙々と資料を読んだり、書いたり、まとめたりを繰り返していました。
「Ms.ルーピン」
ふと顔を上げるとスネイプ先生が立っていました。
集中していたようで気がついていなかった私は先生を見上げてはにかむように笑いました。
「お疲れ様です、スネイプ先生。お茶でも飲んでいかれます?」
「そんな暇はない。
………闇の帝王から伝言を受け取った」
「私に?」
軽く周りを見回しましたが厨房には私とスネイプ先生の他に誰もいません。
私は先生を見上げ、こくんと短く頷きました。
スネイプ先生はいつもの無表情のままでした。
「『ホグワーツの夏休みの終わりを楽しみにしておけ』と」
夏休みの終わり。それはハリーの裁判も終わったあと、まだ数週間先でした。
私はこくんと頷いて、また小さく微笑みました。
「何でしょうねぇ。パーティとかだったら楽しそうですけれど」
「喜ぶな。帝王が何を考えているのかはわからないが、…ルーピンが喜ぶことはないだろう」
「そう、でしょうね。
ですが、リーマスさんを説得して…もし、ヴォルデモートさんのところにいかなくてはならないのならですが、喜んで私は行きますよ」
あの第3の課題の夜から、ヴォルデモートさんにはあっていません。
私は騎士団に全面的に協力していますが、ヴォルデモートさんの友人で有り続けているつもりです。
そのヴォルデモートさんに招待されるのは、友人に招待されたと同意語なんですから。行かないわけには行きません。
スネイプ先生は表情を一瞬険しくしたあと、私が読んでいた資料の上に新しい羊皮紙を乗せました。
「今度の報告をまとめている。他の騎士団員が来たら目を通すように言っておきたまえ。我輩は出る」
「はい、わかりました。スネイプ先生。
気をつけてくださいね」
玄関に向かう先生の背中を追いかけます。スネイプ先生は呆れたように私をちらりと見ました。
「気をつけて行かねばならぬ場所だとわかっているのに、何故闇の帝王と仲良くしたいなどと望む?」
「ふふ。だって、仲間はずれにしたら可哀想じゃないですか」
「……闇の帝王にそのまま伝えるぞ」
「やめてくださいよ。あとが怖いですから」
クスクスと笑う緊張感のない私。スネイプ先生は玄関先で私に振り返りました。
「先生。ヴォルデモートさんにお返事を伝えてもらえますか?
『もちろん、楽しみに待っています。お泊りの準備は必要ですか?』と」
「……………泊まる気か」
「えぇ。出来たらですけど」
先生は再び溜め息を着くと、扉を開けて出ていきました。
私は厨房に戻り、さっきと変わらずに作業を再開しました。
何事のなかったかのように。