そして、その日の夕日が傾きかけた時、帰り支度を済ませた私の手には、先程読んでいた童話集が握られていました。私から見えるのはヴォルデモートさんの心底呆れた表情。
「子供か」
「でも、とっても感動したんです! だってみんな死んじゃうんですよ!?」
「ただの童話に過ぎん」
そう切り捨てるヴォルデモートさんに、私は本とヴォルデモートさんを交互に見比べます。肩を落とした私に、ヴォルデモートさんは深い溜息をこぼしました。
「気に入ったなら持っていけ」
「え。いいんですか!?」
「俺様が読むとでも?」
不機嫌そうな切り返しに、短く笑ったのはリドルくんでした。
殺気を飛ばすヴォルデモートさんに、涼しい顔のリドルくん。
間にいた私はオロオロと2人の顔を見比べていました。
少し落ち着いてきてから、フェインをひと撫でして、私はヴォルデモートさんにぺこりと頭を下げました。
「でも、本当にお世話になりました。いろいろとありがとうございます。
リドルくんともまた一緒にお話できて凄く嬉しいですし…」
私が再び微笑むと、ヴォルデモートさんは静かに私を見下ろしていました。
「貴様という奴は本当に……」
首を傾げる私の前。ヴォルデモートさんは静かに私を見下ろすばかりでした。
「まぁ、いい。これの魔力は暫く持つ。日記に蓄えられた魔力がなくなれば、また消失するだろうがな…」
「なんだかリドルくん、ぜんまい仕掛けで動いているみたいですね」
「似たようなものだ」
「君達、好き勝手なこと言わないでくれる?」
そう零したリドルくんに、私はクスクスと口元を隠しつつ笑いました。
今だけ、今だけだとしても、私はこの空間が好きで、平和で。幸せでした。
相手が、私の所属する騎士団の、倒すべき敵なのだとしても。
「時間だ」
短くそう言ったヴォルデモートさん。
渡されたリドルくんの黒い日記を鞄に詰め、リドルくんが霞となって消えたところで、スネイプ先生が扉を開いて、姿を現しました。
ヴォルデモートさんに深く頭を下げるスネイプ先生に何か不思議なものを感じます。
てててとスネイプ先生の元までかけ、1日ぶりに見る先生の表情を見上げました。
「…では、また会いましょうね。ヴォルデモートさん。ありがとうございました」
扉のところで振り返ると、ヴォルデモートさんは変わらずの無表情のまま私の姿を見ていました。
パタンと閉じた後、私はまた来た時と同じようにスネイプ先生の手を取って繋ぎました。
先生はまた一瞬私に振り返りましたが、やっぱりすぐに前を向いてしまいました。
「………闇の帝王に、」
しばらく歩いたところで、スネイプ先生は歩きながら一言そう言うと、また深く黙ってしまいました。
私は首を傾げて先生を見上げ、言葉を促します。先生は静かに続きを繋ぎました。
「闇の帝王に、何もされなかったのか?」
それは私を心配するような言葉で。今度は私は大きく目を開いてしまいました。ですが、私は次には満面の笑みを浮かべていました。
「何もされていませんよ。スネイプ先生。
むしろ、お土産を頂いてしまいました」
私は抱えていたその童話集を掲げます。『吟遊詩人ビードルの物語』と書かれたその本を、ぎゅうと抱きしめました。
スネイプ先生は変わらずの無表情。私は既にその無表情にはなれていましたから、特に気にすることもなく、微笑みを浮かべていました。
森の中に入り、付き添い姿現しをすると、すぐにグリモールド・プレイス12番地のその扉が見えました。帰ってきたのです。
玄関に立ったまま、スネイプ先生がぽつりと一言こぼしました。
「何か我輩に言うことは?」
「え?」
突然の言葉に私は首を傾げます。考えてもわからなかった私は、曖昧に微笑んで小首を傾げました。
「え、っと……ただいま、です……?」
はにかむと、スネイプ先生は一瞬驚いたような顔をしました。ですが、それも何時もの無表情に変わってしまいます。
先生は続けて言葉を零しました。
「Ms.は我輩と似たような立場にいるのですな」
現在二重スパイをしているスネイプ先生がそう言いました。
話が繋がっているのかどうかもわからないままに、私はスネイプ先生の言葉に返答をします。
「………私はハリーともヴォルデモートさんとも友人でありたいと思っていますよ」
「無理だな」
言い切られ、私はぐっと黙り込みました。スネイプ先生の手がいつの間にか私の腕を掴んで、痛いほどの握りしめていました。
「闇の帝王と騎士団の和平などありえない。我輩も、そしてMs.も選ばなくてはならない。どちらを裏切るか、信用するか」
「……先生はもう選んでいるのでしょう?」
私は真っ直ぐにスネイプ先生を見上げていました。先生は、いつだって『こちら』側の人間なんですから。
「私は、リーマスさんが大好きです」
そう答えたとき、私は思わず俯いてしまいました。
そうです。私は、いつか必ず、ヴォルデモートさんに杖を向けるときが、きっと、きっと、来てしまうのでしょう。
敵対するのを、避けることはできないのでしょうか? ヴォルデモートさんを、変えることが、できたのなら。
だって。ヴォルデモートさんは、私の大切な友人だというのに。
「……………わかっているなら、構わない」
スネイプ先生は私の腕を離して、玄関の扉を開きました。いつまでも玄関先にいるわけにもいかないのですから。
玄関から進んで、厨房に入ると、真っ先にリーマスさんの姿を見ました。
長い息を吐いて、何も言わずに私をぎゅうと抱きしめるリーマスさんの、その身体を抱きしめ返しながら、私はもう1度呟きました。
「私は、リーマスさんが大好きですから」