「スネイプ先生、マートラップの在庫ってまだありましたよね」

夕食が終わってからすぐ、私は今日も地下牢教室にいました。
薬草棚を整理しているとマートラップを見つけ、在庫がまだ余っているのを確認すると数枚取り出して、机の上に持ってきました。

私を見つつ、怪訝そうな顔をするスネイプ先生。私は瓶ごとそれを出しながら先生を見上げました。

「これで傷口に効く溶液を作りたいんです。
 えっと…ハリーが少し怪我をしてしまいまして」

アンブリッジ先生の罰則でついた、手の甲の切り傷は深く刻み付けられ、ミミズ腫れになっているようでした。
少しでも痛みが和らぐような薬を作れたらいいんですけど…。

私がそう言うと、先生はムスと見るからに不満そうな顔をしました。
先生のハリー嫌いはもう私達の中では有名です。先生が何かを言い出す前にと私は準備を進め始めました。

教科書を持ってきて、目当てのページを開きます。

「あ、ありました。…マートラップの触手を裏ごしして、酢に付けた溶液…。
 これぐらいなら私にもすぐ作れそうです」

マートラップの見た目のグロさは置いておいて。

教科書に書かれているように先にナイフで刻むことにしました。
ですが、教室にあるナイフを取りに行く途中で先生に声をかけられました。

「マートラップは刻む前に先に茹でるものだ」
「そうなんですか?」

教科書にはそのようなことは書かれていません。
私は表情を輝かせながら鍋の準備をすることにしました。先生の言うことに間違いはないのですから。

「魔法薬の作成でスネイプ先生より凄い人なんてきっといませんね」

頬を緩ませながらそう言うと、スネイプ先生はぐっと黙り込んでいました。

首を傾げる私。微笑みながら先生を見上げていると、スネイプ先生は視線を逸らして教壇の上に乗ったレポートの山に視線を向けていました。
もう1度首を傾げてみますが、先生が黙り込んでしまった理由はわかりませんでした。

気を取り直して、杖で火を起こしてから、私は「そう言えば」と作業をしながら先生に話しかけました。

「スネイプ先生。アンブリッジ先生の査察は入りましたか?」
「まだだ。来なくていいものを」

声音に苛々としたものが聞こえたので私は思わずクスクスと笑ってしまいました。
スネイプ先生もアンブリッジ先生をよくは思っていないようです。

アンブリッジ先生がホグワーツ高等尋問官に任命されたと新聞で発表されたのが今日で、さっそく私達の学年も『占い学』と『変身術』の時間にアンブリッジ先生の姿を見ることとなりました。
教師陣を査察し、魔法省の基準に満たさなかった教師を、アンブリッジ先生は辞めさせるつもりなのです。

マクゴナガル先生のテキパキとしたアンブリッジ先生への牽制を思い出しつつ、私はクスと笑います。
マクゴナガル先生もアンブリッジ先生のことは良くは思っていないようでした。

鍋の中のマートラップがプカプカと浮き上がり始めます。

「もうそろそろでしょうか?」
「……もう1分ほどだ」

先生の声に従い、鍋をかき混ぜつつ、私はもう1分待ちます。

そして、茹で上がったマートラップが真っ黄色に染まったのを見て表情をしかめて、私はそれを取り上げて机に乗せました。

就寝時間が迫っています。急がないといけません。
そう思って急いでマートラップに触れると、思ったよりそれは熱くなっていてサッと手を引っ込めました。熱いです。熱かったです!

うううと両手を握っていると、いつの間にか目の前にスネイプ先生が立っていて、一瞬私の息が止まるのを感じました。

「馬鹿者。すぐに冷やしたまえ」
「は、はい」

先生の冷たい手に腕を掴まれ、いつの間にか現れていた氷袋に指先を包まれていました。
何故かバクバクと鳴り出した心臓に困惑しつつ、私は目を回しながらすぐ隣のスネイプ先生から視線を逸らしました。

「だ、いじょうぶですよ、先生!
 急いで作らないといけませんし」
「負傷者を治すための薬で負傷者を出してどうする」
「……お言葉通りでーす…」

返す言葉はありません。むーと俯いていると、氷袋で冷まされた指に、杖先が向けられました。
軽い火傷の跡が綺麗に無くなります。また表情を輝かせて自分の指先を見ていると、スネイプ先生が一瞬だけ微笑んでくれたような気がしました。

「普段から鈍臭いのだから、気をつけることですな」

気がした。だけですけれど。

いつものように意地悪なスネイプ先生に頬を膨らませて、マートラップが冷めるのを待つことにしました。

私の心臓が煩く鳴っているのも、やがて落ち着いていきました。

そうして完成したマートラップの傷薬を瓶に詰めます。
黄色い液体が傷口に効くのか少し不安になりますが、魔法界の薬品ってほとんど酷い色ですし、大丈夫ですよね……?

荷物を纏めてスネイプ先生に軽く頭を下げると、先生は私を見ることなく言葉をかけました。

「明日はここに立ち入るな。査察の予定が入っている」
「忙しそうですね…」
「明後日、新しく魔法薬を仕入れている」
「そうなんですか。では数日はここには来ませんから」

仕分けの手伝いを避けるためにそう言いましたが、スネイプ先生は見下すように私に視線を向けました。

「来たまえ」
「…………はい」

じーと睨まれるように見つめられると、あっさりと負けてしまいました。

もう1度頭を下げて地下牢教室を出ました。寮に戻るのは就寝時間ギリギリになりそうです。

本当にギリギリの時間に談話室に駆け込みました。ですが、まだハリーの姿はありませんでした。暖炉の側にいたハーマイオニーとロンに駆け寄ります。
私が話しかけると、ハーマイオニーは嬉しそうな表情を浮かべました。

「あの。ハリーはまだアンブリッジ先生の所ですか?」
「…そうなの。もう少しで就寝時間になってしまうのに」
「リク、それ何?」

心配そうなハーマイオニーの横、顔をしかめているロンは私が抱えているマートラップの溶液を指さしました。私はにっこりと笑顔を浮かべます。

「マートラップの溶液です。切り傷などに良く効く薬みたいなので、ハリーにと」
「ハリーの手の怪我を知っているの?」

ロンが驚いたように、そう言いました。私は曖昧に言葉を濁します。

「はっきり見たわけではありませんが、ここらへんが赤くなっているのを見たので…。
 ……でも、まだ、帰ってきてないのなら…ハーマイオニーとロンに預けてもいいですか? 2人はハリーを待っているんですよね?」

私はそう言いながらその溶液をハーマイオニーに手渡します。ハーマイオニーは不安そうな表情をしていました。

「ねぇ、リクは、ここ最近、ハリーと話した?」

不安げな質問。その質問の答えは「いいえ」でしたが、私は再び曖昧に微笑むことしか出来ませんでした。

「もう、寝ますね。少し、読みなおしたい本があって……」
「……そう…。おやすみさない。リク」
「おやすみ」
「おやすみなさい。ハーマイオニー、ロン」

私は2人に声をかけてから、寝室への階段を上がって行きました。


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