私はゆっくりと手をあげました。1番前の、大きな時計の元にいたフェインがもたれていた首を私に向け、ゆっくりと試験会場の中を這ってきました。

「わ、私も…、気分が悪くて…」
「なんと。顔色も良くない…。答案の仕上げは良かったかな?」
「はい。……すみません…。ありがとうございます…………ありがとう、ございます」

ゆっくりと歩き出す私にトフティ教授が付き添って下さいます。
玄関ホールに出た時に、フェインが足元に擦り寄ってきました。

大広間に戻って行ったトフティ教授を見送ってから私はフェインを抱き上げ、ダッと走り出しました。

廊下にはまだ誰もいません。私は走りながらフェインに話し出しました。短い呼吸が私を急き立てます。

「ハリーが夢を見たはずです。それもシリウスが捕まる夢を。
 早く、早く騎士団のどなたかに伝えなくては…」

ですが、今はダンブルドア校長先生も、マクゴナガル先生も不在です。他に、他に騎士団員の方を。

私の足は自然と地下牢教室に向かっていました。ズキンと頭が痛み出しましたが、私は走る足を止めたりはしませんでした。

「スネイプ先生! 助けてください!!」

中に飛び込むと、先生は驚いたようすで、丸付けをしていたらしきレポートを横に置き、息を切らす私を見ていました。

「Ms.? 試験の最中では」
「ハリーが、ハリーがまた夢を見ました」

ズキズキと痛む頭に我慢が出来なくなってきて、私は鞄から、使っていなかった頭痛薬を取り出しました。
一口飲み、息が落ち着くその前に、私はハリーがシリウスが捉えられている夢を見たことと、それはヴォルデモートさんの罠であることを説明しました。

「早くしないと、ハリーが神秘部へ行ってしまうんです…!」
「だが、ポッターが神秘部へ行く手立てはない。今は煙突ネットワークも見張られている。箒で行ける距離ではあるまい」
「飛んで、そうです。飛んでいってしまうのです。
 あの馬車を引いている、みんなには見えないあの透明な馬で」
「セストラルか」

スネイプ先生は表情を険しくします。私の話を信じてくれたようです。普段だったらほんの少し嬉しくなるようなことですが、今はそれ以上に不安ばかりが身を包んでいました。
痛みはいつの間にか焼け付くような熱さに変わっていました。少し足元がふらついた私を、いつの間に側に立っていたスネイプ先生が私を支えてくれていました。

「Ms.あまり無茶を、」

その時、地下牢教室の扉をノックする音が聞こえ、スネイプ先生は咄嗟に私を教卓の後ろに追いやりました。
私も思わず、その教卓の後ろに隠れます。もし、アンブリッジ先生だったらそれはとっても厄介なのですから。

私は隠れつつも頭痛によって溢れる嫌な汗を拭います。もう一口頭痛薬を飲み込みました。

「ここにいるように」

先生は隠れた私に短くそう言うと扉の方に向きました。中に入ってきたのはドラコくんでした。

「スネイプ先生。校長先生が呼んでいます! 校長室に忍び込んだポッターを捕まえたんです!」

教卓の後ろで私は口を覆いました。
そのまま身を隠していると、スネイプ先生とドラコくんは数語言葉を交わしたあと、教室を出ていってしまいました。

スネイプ先生に待っているように言われた私でしたが、いてもたってもいられず、少ししてから私も地下牢教室を飛び出しました。
そしてアンブリッジ先生の部屋の前まで行くと、中から複数の人達の声が聞こえました。何故かこのあたりには人影が見えません。

何を言っているのかまでは聞こえませんが、私は困惑に表情を歪めました。

どうしたら、どうしたらいいんでしょう。ハリーを神秘部へ向かわせてはいけません。
でも、どうやったらハリーを説得できるのでしょう。信用されていない私が、どうやったら。

また私は頭痛薬を一口飲み、扉の前で俯きました。

その時フェインが私の肩を引きました。彼の誘導通りに隠れると、部屋からスネイプ先生が出てきました。
先生が扉を閉めたと同時に駆け寄ると、スネイプ先生は顔をしかめました。

「地下牢教室にいろと言っただろう」
「でも…」
「君が出来ることはもうない。我輩はこれから騎士団に報告せねば。聞くが『パッドフット』とは何かね?」
「パッドフット! それはシリウスのことです!
 先生、お願いします。私も連れて行ってください」

私はスネイプ先生のローブの裾を握ります。先生を見上げましたが、冷たい視線は私を見下ろしているだけでした。

「生徒は大人しくここにいたまえ」
「ですが、私は騎士団員です」
「例え知っていても出来ない事の方が多い」

そう言い切ったスネイプ先生に、私は思わず握りしめていたローブを手放してしまいました。
先生は一瞬、なんとも形容しがたい表情を浮かべたあと、いつもの冷えた視線を私に向けました。

「何があるかわからない。地下牢教室の奥の、我輩の部屋にいろ」

先生はそう言ったきり、広い廊下を歩いて行ってしまいました。

本当に、私には、何も…、何も出来ないのでしょうか。

1人残された廊下で、私は息を潜めます。ポケットの中にはリドルくんの黒い日記が入っています。
肩に乗ったフェインを軽く撫で、スッと前を見据えました。

「私は、私にも、出来ることがあるはずですよね。
 ……戦わなきゃ。あの人は、私が守らないと」

私の身体はゆっくりと傾き、そして廊下の真ん中でばったりと倒れてしまいました。


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