そして、ついに『天文学』の試験中に事件が起きました。

塔の1番上。時刻は深夜11時程。

生徒達は星が瞬く夜空を見上げ、望遠鏡と三脚を調整していました。
私は羊皮紙におおくま座を書き入れている途中で、下の芝生に5人程の人影が見えました。

普通の方よりも夜目が効くらしい私は、下の様子が気になり、羊皮紙に書き込みつつも、下をちらちらと見ていました。
5人のうちの1人は、どうやらアンブリッジ先生のようでした。

アンブリッジ先生はハグリッドさんの小屋に向かっています。
仄かに感じた嫌悪感に私は眉をひそめました。

やがてファングの吠え声が上まで聞こえてきました。どんどんと生徒達の興味が塔の下へ移ってゆきます。
試験の監督のマーチバンクス先生の元にいたフェインが、生徒達のざわめきの中をくぐり抜けスルスルと私の肩に上ってきました。

「…、フェイン……」

隠しきれない不安が込み上げてきます。ここは私が『見たこと』がないシーン。知らないシーンでした。
なんで私は映画しか見てこなかったんでしょう…。

「皆さん、気持ちを集中するんじゃよ」

深く黙り込む私のすぐ横で、マーチバンクス教授の声がざわざわとし始めた周りを諌めました。

ですが、私はずっとハグリッドさんの小屋の方に視線を向けていました。
肩のフェインも威嚇するような声をこぼしています。

その時、小屋の扉か勢いよく開き、バーン!という大音響のあと、中からハグリッドさんが出てきました。

彼は拳を振り上げて周りの5人に立ち向かっていました。5人が一斉に赤い光線を放ってます。下では既に乱闘が起きていました。
もう生徒達は天文学の試験どころではありませんでした。それぞれが望遠鏡からは視線を外し、塔の下の争いを見ています。

「大人しくするんだ、ハグリッド!」

下から怒声が聞こえます。赤い光線はハグリッドさんの身体で跳ね返されていました。
おそらく、ハグリッドさんは巨人の血が半分流れているから、失神呪文の効果が出にくいのでしょう。

私は思わず塔の淵に手をかけて身を乗り出しかけましたが、フェインが短い制止の声で、思い止まります。

その時、塔の真下にある正面扉からマクゴナガル先生が姿を現しました。先生の声が夜を裂いてここまで聞こえます。

「おやめなさい! やめるんです! 何の理由があって攻撃をするのです? こんな仕打ちを――」

上にいた女生徒の悲鳴が上がりました。

小屋の方からマクゴナガル先生に向かって4本ものの失神光線がぶつけられたからです。
マクゴナガル先生の身体が1瞬だけ輝き、仰向けにドサッと倒れてしまいました。
息をのむ私の横、フェインが怒ったように身体を持ち上げて、短く鋭い鳴き声を零します。

「不意打ちだ! けしからん仕業だ!!」

試験監督の先生も、試験など忘れてしまったかのように怒声をあげました。

私はぐっと噛み締めながら塔の淵を強く握りしめます。
フェインが落ち着かせるように、私の手の上に乗っていました。

マクゴナガル先生が倒れたのを見て、ハグリッドさんは大音声で叫ぶと、近くにいた人影に思い切り殴り掛かります。
そしてハグリッドさんを守るために光線に打たれたファングを肩に担いで、ハグリッドさんが禁じられた森に駆けていくのが見えました。

アンブリッジ先生が未だ失神の呪文を唱えていましたが、それらは全て外れ、ハグリッドさんの姿が見えなくなりました。
きっとハグリッドさんは先に身を隠しているダンブルドア校長先生の元に行ったのでしょう。

試験時間が少し残っていましたが、私は見直しすることもなく、早く試験が終わってくれることを祈っていました。

終わったあと、私は不安に包まれながら、真っ先に部屋に戻って、抱えきれぬ不安を落ち着かせるように、たった今起きたことをリドルくんに書き込んでいったのでした。


†††


次の日の朝、起きた時、昨日の続きのように何故か不安な気持ちになってしまい、私は黒い日記に手を伸ばしました。

『どうしたんだい? 今日で試験が終わるんだろう?』

開くと、少ししてリドルくんからの言葉が現れました。
羽ペンを捜し当て、私は日記の上に持ってきましたが、ペンは紙の上をさ迷うだけでした。

問いかけるようなリドルくんの言葉が浮かび上がります。

『怖い夢でも見た?』
「…なんだか…怖くて…」

怖い。そう、怖いのです。

嫌な予感が私を占め、その予感に私は恐怖を感じていました。何か、これから、悪いことが起こってしまいそうな。

そして私は突然、真っ白い部屋の中、真っ白いアーチと、そしてシリウスの姿を思い出しました。

その「シーン」を突然思い出した私は、ぼたぼたと大きな涙の粒を零してしまいました。
涙はリドルくんの日記にかかり、それらはインクのように吸い込まれていきます。

『ちょっと、なに、リク? どうしたの?』
「……シリウスが」

震えるペンを持ちながら、私は文字を繋ぎました。

「……シリウスが、死んじゃうんです」

あのシーンはいつ? あのアーチは神秘部の中? ハリーはいつ神秘部に行ったんですっけ? 夢? そう…ハリーは夢を見て…シリウスがヴォルデモートさんに捕まっている夢を見て、それはいつ? いつでしたっけ………。なんで、どうして思い出せないんですか!! これは何よりも重要なのに!!

「リドルくん…、私、」
『……今日は僕を持ち歩きなよ』

リドルくんの言葉が奮える私の文字のすぐ下に現れます。
ひょこと起き出してきたフェインが私の肩に乗り、ぼたぼたと流れる涙を拭うように、私の頬と身体をすり合わせました。

『何かあれば助けてあげられるかもしれないから』
「…ありがとうございます。リドルくん」

私がお礼を書き込むとフェインが短く鳴きました。
するとリドルくんから走り書きのような文字が。

『本当、君って煩いよ。ヘビの癖に』
「シャアシャア」

2人?で会話をしているのを見ていると、不安が少しずつ薄れていくのを感じました。

それでも残っている不安は、砂のように。私の中をぐるぐると巡って、吐き出しそうなぐらい気分を悪くしていきました。

私は、未来を、変えなくてはいけません。


†††


魔法史の試験中、私は不意にリドルくんの入っているポケットを撫でました。
既に試験が始まっているというのに、私は収まらない不安と緊張を一緒に持っていました。

それらの感情を押さえ付け、解答用紙に答えを書き込んでいきます。
試験時間はあと少しです。私はざっと書いた答えをただぼんやりと眺めていました。

ですがその時、斜め前に座っていたハリーが突然、大声で叫んだと同時に、私は『アーチの奥に倒れていくシリウス』の姿が脳裏を過ぎりました。

危ない。シリウスが、ハリーが危ない。

がんがんと危険信号が頭の中でなる私の少し前の席。悲鳴をあげながら椅子から落ちたハリーがトフティ教授に介抱されながら、大広間から玄関ホールまで連れ出されていきました。

「さてと、他に具合の悪い生徒はおらんかね?」

戻ってきたトフティ教授がにっこりと微笑みます。


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