そのまま表情を暗くしていると、リドルくんは私の髪を撫でながら、曖昧な言葉を零しました。

「リクは本当に……、いや。なんでもないよ。僕に不利になりそうだ」
「?」
「リクは気にしないでいいよ」
 リクは何も心配しなくていい」

押さえつけるようなリドルくんの言葉に私は一瞬黙り込んでしまいます。リドルくんは優しく私の髪を撫でるばかりでした。

「大丈夫。僕はリクの側にいるよ」
「え…、でも、スネイプ先生に正体がバレてしまいましたよね…? 大丈夫なんですか?」
「あの教授との話は終えてるから大丈夫だ。僕のことはあの教授とリクぐらいしか知らない。
 リクは心配しなくていいと言ったろう?」

リドルくんはじぃと私を見ながら微笑みを浮かべ続けていました。私を甘やかすような声に、覚える少しの恐怖。でもその恐怖をかき消してしまうリドルくんの暖かい体温。

「明日には騎士団も、魔法省も動き出すさ。それまではしっかり休まないと。
 明日からもリクも忙しくなる筈だ」

リドルくんの手が私の目元を隠しながら、私をもう1度ベッドに戻します。

再び訪れる眠気に、怯えていると、リドルくんはただ優しく私を撫でてくれていました。

「大丈夫。今年はもう、何もしなくていいんだよ」

その言葉の違和感を指摘することも出来ずに、私の意識はまた深い深い暗闇に落ちていくのでした。


†††


私が眠っている間に、いろいろと変化があったようでした。

魔法省に現れたヴォルデモートさんは、ファッジ魔法大臣に姿を見られ、魔法省はついにヴォルデモートさん復活を信じたのです。
翌日の新聞に書かれた記事には、ヴォルデモートさんのこと、ハリーのことなどが書かれていました。

そのハリー達は無傷とは言わないまでも、医務室でしっかりと療養をとれば、すぐに回復するとのことでした。私は安堵の声を零します。

それに加え、ホグワーツにダンブルドア校長先生が戻ってきました。
アンブリッジ先生はハリーとハーマイオニーの策で、禁じられた森のケンタウロス達に連れ去られたらしいのですが、ダンブルドア校長先生が無事に救出し、アンブリッジ先生も医務室にいるそうです。

私はホグワーツの湖のほとりを歩きます。足元を這うフェインを追いかけ、天気のいい庭で楽しげに笑っているホグワーツの生徒達を見ました。

魔法省の方も、騎士団の方も、今は酷く忙しいというのに、ホグワーツの中にいる私はただ漠然とのんびりとした時間を与えられていました。
ヴォルデモートさんが復活したという事実を伝えられはしましたが、未だ恐怖は広がっていません。
ホグワーツは絶対的に安全だという感覚が誰にでもあるからなのでしょうか。ホグワーツの生徒は笑みを零していました。

私は湖の近くにある少し大きめの木の根元に腰を下ろします。フェインがそのまま私の肩に登っていきます。
ローブのポケットには相も変わらず黒い日記が入っています。午後からは授業もあります。

私の日常は何事もなく過ぎ去ろうとしていました。

まるで何もなかったかのように、過ぎ去る時間は酷く残酷でした。


†††


私の視界を埋めるのは白。白を基調とした部屋の中に合わさるような白いベッドが1つだけありました。
そこに眠るのはこの白い世界が似合わない、私の少し年上の友人。

シリウスでした。

シリウスは生きていました。

あの時、幽霊体だった私を通り抜けて当たった死の呪文は、本来の効果を発揮することなく、シリウスを殺しはしませんでした。

ですが、代わりに深い眠りに落ちてしまったシリウスは未だに目を覚ましません。
植物状態となったシリウスの手は、それでも暖かさを保っていました。

あれから魔法省は今までヴォルデモートさんを否定していたその見解を改め、魔法界に警告の文書を出しました。
ヴォルデモートさんの復活を認め、シリウスが無実だったということを知らしめました。

そのシリウスは未だ眠ったままなのですけれども。

これから魔法界全体で、闇の陣営に対抗していかなくてはいけないのです。
真っ向に、ヴォルデモートと対立していかなくては。

ベッドの横に座り、伏せていた私は、眠ったままのシリウスの横顔を見つめます。

未来は、ほんの僅かに変わりました。
本来ならば、あの時シリウスは死んでしまっていたはずです。

それが、この植物状態となってしまったのを、私は良いとは言えませんでした。
私はシリウスを助ける気でいたのですから。

「リクちゃん。そろそろ帰ろっか」

伏せていた私の肩を優しく叩く手。リーマスさんは微笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてくれました。

リーマスさんは私を責めることなどしませんでした。
それどころか、シリウスを助けてくれてありがとうと礼を言い、私のことをぎゅうと抱きしめてくれたのです。

リーマスさんは優しくて。その優しさに甘えてしまう私がいて。

私の手を握ったリーマスさん。立ち上がった私は目元の涙を袖で拭ったあと、もう1度眠るシリウスを見ました。

「また、来ますね。シリウス」

私はリーマスさんと並んで歩き出します。
不意に怖くなってしまった私は、リーマスさんの手を強く握り締めました。

不思議そうに私を見て、一瞬困惑の表情を浮かべたリーマスさんが、私を安心させるように強く手を握り返してくれました。

見上げて、小さな微笑みを浮かべる私。私の中ではいっぱいの不安が私をかき消そうとしていました。

あと、2年。

私が卒業するまで、戦いの終末が訪れるまであと2年しかありません。

それまでに、私は何人を救うことが出来るのでしょうか。
リーマスさんを死なせない方法が、見つかるのでしょうか。そして、スネイプ先生を私は助けられるのでしょうか。

怖い。怖いです。

ぎゅうと強く手を握ります。

離さないように。また、離れないように。


(狼さんの娘は5年生(the Order of the Phoenix))


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