身体の痛みは慢性的に。ずきずきと残る身体の痛みで、私は目を覚ましました。
視界に入ってきたのはドラコくんの横顔。彼は私に気がつくと、ハッと表情を輝かせました。
「リク! 具合は!?」
「マルフォイくん…? …ここは何処ですか…?」
「医務室だ。
廊下に倒れているし、かと思えばリクが2人いるし…驚いたよ」
真っ白い医務室のベッド。私は擦り寄ってきたフェインを撫でました。
そして、確認します。私の身体はもう半透明ではなく、きちんと「肉体」を持っていました。
ですが身体は酷く疲れていました。呼吸が苦しいのです。
私はベッドから起き上がることが出来ずに、視界だけをきょろきょろとさせました。
「あの、リドルくん…――いいえ。私の黒い日記はありますか?」
私を助けてくれた様子のリドルくん。私は彼の所在が気になりました。
ドラコくんは私の顔色を確認して、不安そうな顔を崩さないまま、私に答えをくれました。
「あぁ。あれはスネイプ先生が持っている。あれはなんなんだ?」
また一瞬息が止まりました。スネイプ先生がリドルくんを持っている?
でも、そうですよね。急に日記から文字が浮かんだり、あんな光をだしたりしたら、疑ってしまいますものね。
黒い日記の、背表紙に書かれている「トム・マールヴォロ・リドル」の文字。スネイプ先生は私がリドルくんの日記を持っていたことに気がついてしまいました。
表情を暗くする私。それでも、不安げなドラコくんに向かって小さく曖昧な微笑みを浮かべました。
そして、私がゆっくりと重い身体を起こすと、ドラコくんが慌てながら私の肩を掴みました。
「まだ眠ってなきゃダメだろう」
「少し、やらなければいけないことがあるんです」
「僕が代わりに行くから」
凛とそう言うドラコくんに微笑みを向けて、私はベッドの側に置いてあった自分の靴を履きました。
「私じゃないと駄目なんです。
ありがとうございます、ドラコくん」
微笑みを向けて、何かを言おうとしたドラコくんを抑えて。私は医務室を抜け出しました。
私は、ある場所に向かい、現れた長い階段を静かに降りていきます。
まだ完全に回復はしていないのか、足元が多少ふらつきます。
それでも、長い階段を降りて、その扉を開きました。
地下牢教室の、1番前にある教壇にはスネイプ先生が座っています。私はゆっくりと先生に近寄りました。
先生の手元にはリドルくんの黒い日記が置いてありました。
「これは?」
私が来るのを察していたかのように、私が近づくとスネイプ先生は顔を上げないままに私にそう言いました。
青白い指先は背表紙の『トム・マールヴォロ・リドル』と書かれたその文字をなぞっていました。
「日記です」
「闇の帝王のか」
スネイプ先生の声は怒っていました。先生が顔を上げ、私と視線を合わせます。
聞き分けのない生徒を叱る時のように、先生は私を睨みつけていました。
それに恐怖を覚えながらも、視線を逸らせなかった私は、グッと静かに黙り込みました。
「わかっているのか? 闇の帝王がどれほど恐れられているのか。
不死鳥の騎士団がどんな立場にいるのか。1つでも本当に理解しているのかね」
「…………そのつもりです」
「認識が甘いようですな」
ばっさりと切り捨てた言葉が私を襲います。
いつの間にかスネイプ先生は私のすぐ側に立っていました。思わず先生を見上げる私。
先生は無表情ながらも、その目に怒りに似たもので満たしていました。
言葉もなく先生を見上げていた私の視界が、次には真っ黒いローブで埋まっていました。え?
「……死ぬつもりだったのかね」
先生の声が、耳の近くで聞こえます。
「先生…?」
身体いっぱいに包まれる魔法薬の香り。
おかしいです。スネイプ先生はこんなことしないのに。
まるで割れ物に触れるかのように私を静かに抱きしめているスネイプ先生はいつもと違って。先生の表情は見えなくって。
でも、酷く安心している私の、私の心を満たしてくれるこの感情に戸惑いを覚えながら。
おずおずと私も回した腕に、一瞬先生が震えた気がして。
驚くくらいに満たされた私は思い切りスネイプ先生を抱きしめてしまって。
「………………、………ごめ、ん、なさい、………」
そう言葉を零した瞬間に、急に涙で滲んでいく私の視界が震えて。
私のせいで。私のせいで、未来を変えるだなんて、言って。何1つ変えることの出来ていない私は情けなくって。
「………シリウスが……」
「誰かを救う為にMs.が死ぬ必要などない」
声は私を包みます。
スネイプ先生に抱きつきながらぼたぼたと涙を零す私を、スネイプ先生はあくまで優しく抱きしめ返してくれていました。
背中に回る大きな手の暖かさに困惑しながらも、止まらない涙を抑えられなくて。
暫く、スネイプ先生を抱きしめたまま泣いていると、一気に安心してしまったからかなんなのか、全身の疲れが今頃遅れてやってきて、私の意識が睡魔に持って行かれようとします。
「少し、眠ったらどうだね」
やっぱり変です。おかしいです。スネイプ先生は意地悪で、私をいつも減点して。なのに、なのに、こんなにも優しい先生は、私は知らないんです。
私は目を閉じて、スネイプ先生の身体に自分の体重を預けてしまいます。
それでも、しっかりと私を支えてくれている先生は、どうしようもなく大人の方で。私はどうしようもなく小さな子供のままで。
「スネイプ先生………」
呆然と呟いたあと、私の意識は深く深く沈んで行きました。
†††
私の髪を撫でてくれるその手が優しくて。表情を緩めた私は薄く目を開けながら、大好きな人の名前を呟きました。
「………りーます、さん……?」
手が止まります。
私がしっかりと目を開けると、人影が見えます。私の髪を優しく撫でていたのは、赤い目をしたリドルくんでした。
一気に意識が覚醒した私は、どうやら一緒に寝転がっていた様子のリドルくんに飛びつくようにして彼を抱きしめました。
「リドルくん! 無事だったんですね!?」
「それは僕の台詞。1度剥がれたのはリクの方だ」
呆れたリドルくんの声を聞きながら、私はふと、ここが医務室ではないことを思い出します。
黒で統一された質素なお部屋は、どうやらスネイプ先生のお部屋のようで。
意識が眠ってしまう前にあった出来事を思い出した私は、頬を真っ赤に染め上げながら困惑を隠しきれないでいました。
スネイプ先生じゃないみたいでした。スネイプ先生なのに。
私は思考を振り払い、リドルくんを抱きしめたまま、ベッドの上で身を起こします。そして彼に質問を投げかけました。
「あの、リドルくん…、スネイプ先生はどこに…?」
「『アイツ』のところだ」
リドルくんは一瞬だけつまらなさそうな表情を零しましたが、それも一瞬だけに終わり、すぐに満足そうに私の髪を撫でてくれました。
「………ヴォルデモートさんのことです?」
「うん。報告とやらに行ったよ」
その言葉を聞いて私は表情を暗くします。ヴォルデモートさんはスネイプ先生を信用しています。ですが、全くの無傷で戻ってきてくれるかどうかはわからないのです。