声が聞こえます。私は地下牢教室の真ん中に座り、目の前にいる、1枚の紙で顔を隠している何かからされる質問に答えていました。
―貴女の―名―は―――?
声はよく聞こえません。ですが、私は躊躇いもなくはきはきと答えていくのでした。
「私の名前は花咲リクといいます。今日はよろしくお願いいたします」
――自――紹――――。――――――?
「はい。私の特技は――で、趣――は―――です。将来は―――になろうと考えています。動物が全般的に大好きで、昔は白い蛇を飼っ――ました」
――が―――?
「今までは極々普通の生活を送っていました。何事もなく、多くもなく少なくもない友人に囲まれて。幸せな日々を過ごしていました」
―――今までは――?
「はい。今までは。
………今は? 今は……、」
―――――。それ―は、最後の質―です。
――貴女がもし魔法を使えたら何をしますか?
その質問に答えるか答えないかの瞬間、私が見ていた『夢』が一気に変質しました。
私は広い空間の中、1人で立っていました。はたと首を傾げ、周りを見渡します。
見ると目の前には大きな扉。近付いて扉に手を触れさせると、重たそうな扉は何の制限もなく、ゆっくりと開いていきました。
扉の隙間から流れ込む空気が酷く冷たく、私は思わず肩を震わせます。それは中に入るのが躊躇われる位の、突き刺すような寒さでした。
「リク」
聞こえた声に、はたと顔を上げて、寒さも忘れた私は扉の中に入っていきます。声はよく知るものでした。
扉の先には1つの人影と、隣には大きな蛇の姿がありました。
見覚えのある姿に私は声をかけようとしますが、何故か私の声は出ません。乾いた呼吸音だけが口から溢れ出しました。
いつの間にか身体が少しも動かなくなってしまった私は、どうすることも出来ずに静かに立ち尽くします。
そんな私を見て、目の前の人は切れるような笑みを浮かべていました。
「魔法省ではよくも邪魔をしてくれたな。
予言は粉々に砕け落ち、あれが俺様の手に入ることはなくなった」
言葉だけでは怒っているようにも聞こえましたが、彼から怒りを感じることはありません。
私は声が出ないまま、身動きも出来ないまま、静かにその人を見つめていました。
目の前の人は楽しそうに動けない私の頬に触れます。私の驚いている姿が、彼の赤い目に映りこんでいました。
「だが、今度は手にする」
赤い目は獲物を見つけた蛇の瞳でした。
†††
目を覚ました瞬間、目の前の赤が無くなりました。―――無くなりました?
ソファに座ったままだった私は伸びをして、隣で眠っているフェインに視線を移します。
どうやら久しぶりにしていた杖のお手入れの途中で、私達は眠ってしまったようです。
眠っている最中、何か夢を見ていた気がしましたが、よく思い出せません。
目を閉じてみると、赤色だけが浮かんできましたが、それが何の赤だったかまでは思い出せませんでした。
去年の終わり頃、私は身体と『魂』が完全に剥がれ落ちました。
通常ならばそのままゴーストになってしまうのですが、傍にいたリドルくんのお陰で何とか元の身体に戻る事が出来たようです。
ですが、まだまだ本調子という訳にもいかないようで、あの水のようにも見える薬を定期的に飲みつつ、自宅での絶対安静を言い渡されてしまいました。
それから…、薬の効果もあるのでしょうが、夢を見ても、全てを覚えていることは、殆どなくなってしまいました。
今まで、見ていた夢を殆ど覚えていただけに、この思い出せそうで全く思い出せないこの感覚が酷く苦手でした。
そして、今日の夢は、特別覚えていたかったような…?
私は握ったままだった杖を近くの棚に置きます。欠伸を噛み殺しながらもう1度伸びをします。
長い時間眠ってしまっていたようです。夕食の支度をするためにも起きなくてはいけません。
私が伸びをしたその動きがフェインに伝わってしまったようで、彼がゆっくりと目を覚ましました。私ははにかむような微笑みを向けます。
「おはようございます、フェイン」
「シュ」
短く答えたフェインは私の身体に擦り寄るようにして、頭を私の膝の上に乗せます。私は静かに彼の頭を撫でました。
今、この家の中にいるのは私とフェインだけでした。
私の保護者であるリーマスさんは、活発化している騎士団のお仕事で暫く家に帰ってきていません。
リーマスさんは今、他の…、世間にあまり知られていない狼人間の方々と一緒に暮らしていると聞きます。
闇の勢力側に大勢の狼人間がついてしまうことを阻止するためです。
他の狼人間さん達に、騎士団との関係性を悟られないためにも、リーマスさんは家に滅多に帰ってきませんし、基本的に連絡もありません。
リーマスさんの安否が気になっても、私からは知るすべもないという歯痒い状況でした。
1人で過ごす家の中は異常に広いように感じられました。
ぼんやりとフェインを撫で続けているとコンコンと窓を叩く音。
窓の方を見ると、新聞を咥えた白フクロウが窓を叩いていました。私は微笑みを浮かべて、フクロウにお金を渡して新聞を受け取りました。
新聞には、連日起きている殺人・誘拐事件のことが書かれています。
その中には、ドラコくんのお父さんであるルシウス・マルフォイさんが死喰い人だということで投獄されたという記事も載っていました。
ショックが大きかったのでしょう。ドラコくんとしていた文通の返事が無くなり、私はより一層、寂しい思いをしていました。
連日続く恐ろしい事件に、世間は疲弊しきっていました。
ページをめくります。中には死喰い人が現れた時の対処法などが書かれていました。ですが、これは実際にはあまり役には立たないでしょう。
本当に死喰い人と対面した時、出来ることは酷く限られているのでしょうから。
「いいねぇ、『盾の呪文』『目くらまし呪文』『付き添い姿くらまし呪文』…。確かにオススメの呪文だ」
新聞を覗き込んでいた私の隣に、突然、リドルくんが姿を現しました。
あ、そういえば、この家の中には私と、フェインと、リドルくんもいましたね。
リドルくんが知ってしまったら怒ってしまいそうなことをそう思いながら、私は隣に現れたリドルくんに寄り添います。
成長したら闇の帝王になっている筈のリドルくんは魔法省が出した公報を眺めながら、微笑みを浮かべています。私も一緒に覗き込みながら文字を眺めました。
「リドルくんはこの公報をどう思います?」
「まぁ、『盾の呪文』なら多少は身を守れるだろうが、奇跡が起きて精々1回。
それ以上は闇祓いではない限り、無理だ。死ぬだろうね」
「………そうですか」
リドルくんは不安げな私を見て、ニコリと微笑んで私の肩を引き寄せました。
「リクは心配しなくてもいいよ。何もしなくてもいい。僕がついているからね」
麻薬みたいな甘い声を聞きながら、私は目を閉じます。
フェインが威嚇するようにリドルくんに何かを言い、リドルくんも鬱陶しそうにフェインへと何かを言い返しました。私は頬を膨らまします。
「仲良さそうですね、リドルくんとフェインは」
「冗談」
「シャー!」
声を揃えたリドルくんとフェインに、私はクスクスと笑みを零しました。